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日本史についての雑文その334 顕幽相生体制
もともと天武天皇が作り上げた「天皇」という君主像は「神」たる天智の血統と「帝王」たる天武の血統を引くことによって正統性を保つ存在でありました。それが桓武天皇の代になって血統的には「神」たる天智の血統だけを引くようになり、「帝王」たる天武の血統は継承しなくなりました。そこで桓武は新たに「帝王」たる資格を得るために儒教的な君主像への接近を図りましたが、ちょうど8世紀末の日本は「東夷の小帝国」を維持する必要性を失おうとしていたために、そもそも「天皇」には「帝王」的な要素は不要になり、儒教的君主像や「帝王」的要素では「天皇」の正統性の根拠にはならなくなったのでした。それでも儒教的君主像、つまりシナ皇帝のような君主の在り方の導入そのものは桓武天皇のつけた道筋に沿って継続されて、それが嵯峨朝においては先述の「表面的なシナ化」という形になってきていたのです。
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日本史についての雑文その333 嵯峨朝の宮廷改革
つまるところ、律令制に代表される8世紀前半に確立された古代日本の統治システムは、シナ大陸から輸入したものを日本で実施していくために、幾分やっつけ仕事で微修正を施して、多少の不具合には目を瞑って強引に日本という国に押し付けてきたようなもので、元来日本の文化や伝統に合致したものではありませんから、8世紀後半になってその統治システムが本格的に軌道に乗ってくるにつれて、日本という国の現状に合致しない部分で軋みが生じるようになってきて、それが上は天皇の在り方から、下は租税の未納問題まで、様々な分野でのトラブルとなって表面化してくることになったのです。理念優先でやってきた国作りを現状に沿ったものに改める時期に差し掛かってきたといえます。
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日本史についての雑文その332 薬子の変
だいたい800年ぐらいから825年ぐらいまでが律令国家文明の改革期の前期にあたり、8世紀末の律令国家文明の修正期後期において行き詰った律令国家文明を再生させるための試行錯誤が繰り返される時代ということになります。まずこの時代の前半は、8世紀末に引き起こされた混乱を引きずって、その収拾に追われることになります。
前の時代から引き継いできた混乱の当面の最たるものは平安京の造営と蝦夷征討戦争でした。これについては805年に桓武天皇が中止を決定し、平安京造営は即時中止、蝦夷征討に関しては811年あたりまでに順次収束させていき、813年には嵯峨天皇によって「中外無事」が宣言されて太宰府管内以外の全国の軍団兵士制が廃止されるまでになります。だいたいこのあたりまでがこの改革期前期の前半に相当します。

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日本史についての雑文その331 律令制の行詰まり
こういう状態で時代は8世紀最後の四半世紀、だいたい桓武天皇がまだ山部親王という名で皇太子になった773年頃以降の時代に入っていきますが、この時期は律令国家文明の修正期の後期にあたり、743年の墾田永年私財法の施行以後、律令政府の税収も増え続け、この時代の初めのほうはその安定成長路線の延長線上の時代であり、そうであるからこそ、桓武天皇による長岡京や平安京への相次ぐ遷都、そして蝦夷征討戦争などの出費も可能になったのでした。
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日本史についての雑文その330 軍団兵士制
このように8世紀終盤の桓武天皇の時代に「天皇」の「神」と「帝王」の側面のうち、「帝王」の側面の正統性が確立できなくなっていたのですが、「帝王」というのは天武天皇のような日本を統一しシナ帝国に対抗していくような中央集権国家を維持していく力の象徴であったはずで、その正統性を桓武天皇がいつまでもグズグズ確立できていないというのは実は一大事であり、桓武にそれが出来ないのであれば、別の実力者が日本の統一を維持するために「帝王」として立たねばならないはずなのです。中央集権制の統一国家を維持するためには「帝王」的な求心力は必要なのですから、桓武が不甲斐ないのであれば取って代わる者が現れて当然であるしそれが自然の流れというものなのです。そういうものがいわゆる「天命」というやつであり、そうして易姓革命というものは起きるものなのでしょう。
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日本史についての雑文その329 「神」と「帝王」
それにしても、784年の長岡京遷都の際にはあれほど「帝王」としての儒教的正統性に拘っていた桓武が、805年に平安京の造営を中止してしまう段階では、ずいぶん変節してしまったように見えます。いったいその背景にはどういう事情があるのでしょうか。
そこで再度、日本の「天皇」という地位について振り返ってみます。「天皇」という語はもともとはシナにおける神様の名前で「天帝」に匹敵する神格を表すものでした。シナ皇帝に対抗する意味でこの「天皇」という呼称が最初に外交文書で使われたのはカシキヤヒメ大王の時代の608年のことであったようで、その後、君主号として「天皇」が正式に使われたのは668年の天智天皇の時が最初であったのですが、これもシナ皇帝への対抗上のことで、それほど深い意味合いがあったというわけではなく、通常の場では「大王(オオキミ)」と呼ばれていたと思われます。

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日本史についての雑文その328 平安京遷都
東北地方の蝦夷は、律令国家建設当初は日本がシナに対して「日本もシナ帝国のように朝貢国を幾つか従えた小帝国である」と自己主張するために、朝廷に対して貢物を献上する服属国という位置づけでありました。日本は唐に対しては新羅も渤海も蝦夷も隼人も日本の服属国であるという建前を通していたのです。これは唐と対等な立場で渡り合おうという日本の基本的スタンスでした。
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日本史についての雑文その327 長岡京遷都
770年に称徳天皇の突然の死を受けて61歳で即位した光仁天皇は天智天皇の孫でありましたが、天武天皇と持統天皇の血筋を受けてはいませんでした。日本という律令制中央集権国家の元首としての「天皇」の実質的始祖は天武で、皇位は天武と持統の子である草壁皇子の子孫が継承していくという原則が存在した中で光仁が即位出来たのは、光仁が草壁系皇族の末裔である井上内親王を妻としており、夫婦間に他戸親王という草壁系の血を引く20歳の後継者がいたからでした。だから光仁即位とほぼ同時に井上内親王は皇后とされ、他戸親王は皇太子となったのです。つまり光仁は他戸即位への繋ぎ役として草壁系皇統を重視する保守派貴族たちに担ぎ出された存在であったというわけです。
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日本史についての雑文その326 神仏混淆
このように律令政府が奈良仏教に求めたものはその教説ではなく、呪法であったわけです。そもそも仏教というものは本来はそうした呪法や法力で御利益をもたらすようなものではなかったのですが、日本の為政者がそういうものだと誤解していた面はあり、また仏教側ももともとインドやシナにおける布教のためにそういった要素も取り入れていたのも事実でありましたので、そうした誤解や期待を受けることになったのも仕方ないことでもありました。
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日本史についての雑文その325 南都六宗
奈良時代は仏教が盛んな時代というイメージがありますが、それは律令政府が仏教を保護したからで、庶民にとっては仏教はあまり馴染みの深いものではありませんでした。奈良時代の仏教はいわゆる南都六宗といわれますが、この呼び名は平安時代になってから京都の平安京を拠点にした平安二宗(天台宗・真言宗)に対比して、奈良の旧平城京を拠点としていた6つの宗派を総称して呼んだものです。つまりこの6つの宗派は都が平安京に遷った後も平城京に取り残されたのであり、それは桓武天皇がこの6つの宗派に平安京に拠点を築くことを禁じたからでした。
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日本史についての雑文その324 万葉集
奈良時代というのは文化面でもシナ文明の模倣が進んだ時代でありました。その象徴といえるのが漢詩の流行でした。漢詩というのはその原型は歌謡で、歌ったり演奏したり踊ったりするものだったのですが、後漢時代の末期から三国時代初期に、魏の創始者である曹操とその子らによって、この歌謡から詩のみが分化して朗読されるようになり、その朗読用の詩文として文人たちが五言詩を書き連ね始めました。五言詩というのは漢字五文字でもって一句となし、それを何句も書き連ね読み連ねていくもので、この頃は何句連ねても自由でした。他に四言詩、六言詩、七言詩などがありましたが、五言詩が主体でした。その後、三国時代から南北朝時代にかけて漢詩は宮廷芸術として確立されました。
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