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国民覚醒の兆候 第三部 鳥取激闘編 第8話    街宣車復活
2/5に鳥取県民文化会館の梨花ホールで部落解放同盟主催のシンポジウムがあり、1500人もの人が集まりました。ちなみに有料だったようなのですが、どうやら明らさまな動員だったようです。
まぁ部落解放同盟の集会はいつも組織動員なのだそうです。私も試しに事前に電話してみたのですが「どちらの所属ですか?」といきなり質問されて面食らいました。個人では参加する人はいないのでしょうか。
慌てて「米子市役所です」と適当に答えたら、全く不審がられなかったのも驚きました。やはり市役所や県庁などに解放同盟の組織が浸透しているというのは本当だったんですね。まぁ、そんなのは地元の人には常識なんでしょうけど、私は実際にそういう事実に触れたことは無かったので驚いたのです。
しかし動員をかけること自体はいいのですが、一人1000円とはいえ有料なのですから、そのお金は何処から出るのでしょうか。動員をかけておいて自腹ということもないでしょうし、まさか役所の経費が使われているなどとは考えたくはないのですが。

まぁ、シンポジウムの内容は、色々な差別事件について紹介して、とにかくこうして差別が存在している以上、人権条例は絶対に必要なんだという、そういう内容でした。
しかし、紹介されていた差別事件のうち、鳥取県の事件は1つしか無く、しかも全てざっと見てみても、差別落書きだとか、地名総監だとか、中傷ハガキだとか、こんな条例が必要になるほどの事件とは思えないものばかりであり、また、この条例が果たしてこのような差別事件に有効であるのか疑問に思うようなものでした。
つまり部落解放同盟はこのシンポジウムで人権条例の立法事実について証明したかったみたいなんですが、到底証明できていないわけで、「とにかく差別は存在するんだ」というドグマがまず存在して、そこから議論が始まるので、立法事実の証明など、もともと無理な注文なのです。
逆に、糾弾会の自慢話のような話を延々としていたようで、このような凶暴な組織に糾弾会のお墨付きを与えるようなことをしたら、ますます恐ろしいことになると憂慮を深くしました。
どうも「差別が存在する以上、多少手荒なことをしても仕方ない」という凝り固まった固定観念があるようなのです。非常に狂信的なものを感じました。

人権条例が苦しい状況になっていることについては、とにかく「修正してでも施行する」という方針が基本のようで、6月施行延期についても絶対拒否という姿勢ではありませんでした。もし仮に施行延期になっても早期に施行させるという、割と柔軟なスタンスのように見受けられました。
これは「修正など一切受け入れられない」「何がなんでも6月施行」などのような現実無視の暴論よりは逆に怖さがあり、現実的に打てる手は全部打ってくるんだろうな、という印象を受けました。「とにかく結果的に人権条例さえ施行されればいい。施行さえすれば後はどうにでもなる」というような不気味さを感じたのです。
どうも解放同盟が本気で巻き返しを図ってくるようです。とにかく1500人をあっさり動員してくる組織力があるわけで、我々の集会とはえらい違いです。この組織力はやはり脅威です。一般には大した影響力は無いかもしれませんが、県会議員などには大きな影響力を及ぼすでしょう。
集会の最後にも、来場している1500人に向かって、県会議員や県当局に対して抗議の電話、つまり凸をするように呼びかけていたようです。
私たちもいつもやっていることですが、同じことを組織を挙げて行うわけですから、その鬱陶しさは比較になりません。県会議員はほとんどがもともと推進派ですから、簡単に解放同盟の凸になびいてしまうでしょう。
かといって、こちらも手をこまねいているわけにもいきません。結局、鳥取の県会議員の場合は、理屈で説くよりも、どっちが力が強いか判断してもらうしか、説得の手段は無いようなのです。となれば、こちらも全力で凸するしかありません。
そう判断して、鳥取スレにおいて、「県会議員への凸を強化すべし」という方針を提案したのです。

そして2/6には2月県議会の日程も含めた今後の活動スケジュールを発表しました。
凸の強化もいいですが、解放同盟の攻勢に対抗するためのこちらとしての切り札は、なんといっても陳情署名でした。
この陳情署名の提出を出来るだけ効果あるものにしたい。それは県議会に与える直接的な影響という意味でももちろんそうだが、出来れば県内マスコミにも注目してもらい報道させて、それによって県内世論に訴えるものにしたかった。
部落解放同盟が本気で乗り出してきた以上、今までのようにネット有志によるゲリラ戦的な凸攻勢だけでは歯が立たないのです。なんとしても県民の世論を動かさねばならなかったのです。県民全体が動けば、部落解放同盟といえども封じ込めることは出来ます。
ただ、今までそれが出来てこなかったから、解放同盟の横暴を許してきてしまっているのですが。
とにかく、まずは、せっかく集めた署名提出をマスコミに注目させるために、2/20に署名提出日を繰り上げることにしました。繰り上げることによって提出時の署名数は減るので、繰上げには反対意見もあったのですが、繰上げでカウントから外れるのは平日分であって、もうこの頃は平日到着分は少なくなっていたのであまり関係なく、2/20に例の共産党系の連絡会が署名を提出すると聞いたので、いっそ合同で提出したほうが見た目の署名数も増えてマスコミも喜んで取材して大きな扱いにしてくれるのではないかと考えたのです。
そういう方針を固めて、マスコミにも取材に来てくれるように要請して、連絡会との交渉は名無しさんにお願いしていたのですが、後になって連絡会の署名提出が2/21に変更になってしまったのですが、もうこちらとしてもマスコミに言ってしまっていたので、そのまま2/20提出ということにしたのです。

結局、連絡会のほうから合同での署名提出は断ってきたので、もう無理に日程を合わせる必要も無くなったという事情もあります。どうも連絡会は私たちに対する警戒感が強いらしく、とうとう県議会期間中、連携することは出来ませんでした。
ただ、かといって邪魔するでもなく、足を引っ張るということもなく、時にはこちらに有利なネタで共産党に機関紙に記事が掲載されたり、なんとなく暗黙の協力関係のようなものはあったというのは、何か面白く感じます。
まぁ、こっちとしても本音ではあまり共産党とお近付きになりたくはなかったので、この微妙な距離感がお互いちょうどよかったのかもしれません。まぁとにかく、日本国のど真ん中が腐ってきているのですから、せめて右と左がしっかりしていく必要はあるでしょう。
こういうところでも、微妙に「右も左もあるものか」的な協力関係が築けたのかもしれません。まぁお互い、次の機会には敵同士ということは十分あるでしょうけど。

まぁ紆余曲折はありましたが、署名提出日は2/20と決まりました。
そして、署名提出をこの2/20だけで終わらせるのではなく、その後、県議会が始まってからも集め続けて、3/20にも提出しようということにしました。
せっかく署名が集まってきているのですから、これを終了させるのは惜しかったし、2/20に署名提出して、そこで満足してスレの勢いが落ちてしまうのがイヤだったという事情もあります。まだまだ県議会は続くのであって、解放同盟も攻勢してきている以上、こちらの勢いが落ちるのは得策ではありません。

陳情署名というのは、正式には陳情書に添える署名簿のことで、陳情書提出の場合、必ずしも署名簿が必要というわけではないが、署名簿があったほうが重みはあるといえます。
県議会に提出する陳情書というものは、普通は県議会開会日の夕方5時までに提出され、そうすれば数日後の常任委員会の場でその陳情案件をどう処理するべきか議論され、その結果が議会最終日の本会議に送られ、採決に付されるということになります。
もし議会開会日の夕方5時に陳情書の提出が間に合わなかったとしたなら、これらの手続きは次の県議会の日程に回されることになりますから、2月県議会でこの陳情をどう扱うか決めてほしいのならば2/24の夕方5時までに陳情書を提出しなければならないのです。
だから、最初は私たちも2/24に陳情書と陳情署名を提出するつもりでいたのであって、それが上記の諸事情で2/20に繰り上がったのです。もちろん2/20提出でも2/24提出でも同じことでした。
ただ、そこで3/20提出というのが有効なのかどうかが問題だったのですが、これはあくまで2/20に提出した陳情書に添える署名簿の追加分という位置づけということにしました。これならなんとか正当性はあり、しかも3/24の採決にも影響を与えることも出来ると考えたのです。
ただ、実際のところ、そもそもこの「条例の速やかな廃止を求める陳情」というものが県議会で「はいそうですか」とすんなり可決されるとも思えず、却下される可能性のほうが高いということで、そうなると、署名の実際の有効性というものにとことんまで厳密に拘る必要というものは無かったのです。
どちらかというとこの追加署名は、スレのモチベーション維持のためと、県議会に対して「ほら、まだまだ条例反対の声はこんなに集まっているよ」とアピールしてプレッシャーを与え、進行中の県議会での議論に影響を与えることが真の目的であったといえます。だからこそ、鳥取スレ上で毎日、署名数の更新を行っていたのです。県議会関係者や推進派もスレは見ていたでしょうから。
ただ、そうはいっても、やはり提出するわけですから、一応理屈の通った有効性というものは用意しなければならず、それが「2/20提出の陳情書に添えた署名簿の追加分」という位置づけだったのです。

とにかく、まずは2/20の第一回署名提出に向けて署名を少しでも多く集めていくことが当面の課題でした。
この時点での総署名数は3717名分。2/20提出日まで残り14日でした。
マスコミ受けを考えるなら、どうしてもあと1300名分を集めて五千名の大台に乗せたかった。週末の署名OFFの時に多くの署名が集まったのですが、その土日は2/20まではあと4回。しかし最近は土日もその増加分は1日平均200名分を切っていました。
今のペースでは五千の大台に乗せるのは至難の業。もうそろそろ現地で限られたスタッフが地上戦で集めて回る署名数は限界に近づいていました。
ここはやはり、鳥取スレを盛り上げて、ネット経由で全国から署名をどんどん送っていくしか手段は無いのです。そして、そのために街宣車が必要だったのです。
街宣車を走らせて、停止街宣でガンガン県議会を批判して、条例廃止を求める署名をネットラジオや収録映像を通じて全国に呼びかければ、必ず署名となって返ってくるのです。そうやって全国からの増加分を加えて、そのうえで、現地組が最後に死力を振り絞れば、なんとか五千の大台に届くと判断したのです。

この2/6には片山知事が定例会見で「条例見直しに期限は設けない」と県議会側の要求を受け入れないことを再度強調しました。
さらに追い討ちをかけるように2/8に読売新聞は全国版で鳥取人権条例を採り上げて「鳥取人権条例、人権擁護法案再考への教訓だ」という社説を掲載しました。
これによって鳥取人権条例はまた全国で注目されることになり、全国からの署名を集めようとしていた矢先の私たちには助け舟となりました。
また、「人権擁護法案再考への教訓」として、法案阻止の方向にも繋げた論理構成をしてもらえたことで、これはそもそも私にとっては条例反対運動をしている主目的でしたから、大変有難かったです。
そして、続いて2/9には、鳥取県を除く中国地方4県の弁護士会が条例の抜本的見直しを求める意見書を県議会に送付してきたのです。これによって、「いっそ他県の弁護士を呼んできて委員会に入ってもらえばいい」などという意見も一部ではあったのですが、そういうことも言いにくくなったのです。
このように、人権条例を取り巻く状況は日に日に推進派にとって厳しいものになっていったのですが、おそらくますます水面下での解放同盟の画策は激しくなっていっているのだろうと感じました。

そうした中、私をはじめ鳥取スレの面々は街宣車の準備作業に取り掛かりました。
2/7にはtaroさんが街宣関係の許可申請をさっそくやってくれました。
今回の第二次街宣のコンセプトは「周知」というよりはむしろ「圧力」でしたが、さらに「署名の宣伝」という要素も追加されました。
それをふまえて、2/7から連呼ファイルの原稿作成に取り掛かったのです。看板やステッカーは前回街宣と同じものを使いまわしましたが、連呼ファイルはコンセプト変化に合わせて新作を作ることにしたのです。
連呼ファイル原稿は私が原案を作り、ほぼ原案通りで決定しました。完成したのが2/8の深夜だったのですが、実際はほとんどレスもつかず、前回の喧々諤々と比べれば寂しい限りでした。
まぁ、ゼロから作った前回と違い、今回はノウハウの蓄積もありましたし、原案も推敲を重ねたものでしたし、実際出来上がった連呼ファイルはいい出来だったので、問題にするようなことではなかったのでしょうけど、私もこの頃少し焦っていたのです。

とにかくこれから2/20までの間に鳥取スレを拠点として、ネット経由で多くの署名を集めなければいけないというのに、肝心の鳥取スレに人がいないのです。
この原因は、やはり前回街宣終了後、やや間延びしたということもありますし、報道だけ見ていると反対派が相当有利な状況で、油断している人が多いというのもあったでしょう。実際は解放同盟が動き出したことを受けて、こちらとしても危機感をもって署名のラストスパートをかけなければいけないという、それなりに必死な状況だったのですが。
やはり、そのあたりスレへの広報不足を感じたのです。全国からの署名数の伸びが鈍かったのもスレへの広報不足が原因なんだろうと感じました。
思い当たるフシはあったのです。この間延びしていた期間だって、それなりに現地は動いていたのです。トラメガ街宣だって2回やったのです。1回はネットラジオ中継失敗しましたけど、映像は撮っていたのです。しかし、その映像がスレにUPされてきていないのです。おそらく多くのROMの人は「あれ、街宣やってないんだ」と思っていたでしょう。それで危機はもう去ったと解釈した人もいたでしょう。
街宣映像の編集やUPはイラネさんにお願いしていたのですが、年明けからイラネさんが多忙で映像製作に手が回らないらしいのです。
この状態のまま街宣車が復活しても、街宣活動自体がスレで十分に広報されず、結果的に全国からの署名増加につながらないでしょう。
これは早急になんとかしないといけないと思い、2/9に映像編集ソフトを購入し、私が映像編集まではやることにして、そのデータをイラネさんに送り、イラネさんは映像のUPだけすればいいという態勢を作りました。
とにかく、街宣をビデオカメラで撮影したらすぐに私が編集し、それをイラネさんが出来るだけ早く鳥取スレにUPするということにして、多くの人に出来るだけリアルタイムに近く街宣の声を届けることにしたのです。こうでなければ署名数の増加は見込めません。
こうして、第二次街宣を開始できる態勢が整ったのです。ちなみに、この時点での不足金は29万円にまで減っていました。

ちなみに、鳥取スレが過疎っていた別の原因ですが、これは鳥取スレに限らず、他の人権関連スレ全般の現象だったんですが、1月から2月にかけて、皇室典範スレが異様に盛り上がっていて、そっちに多くの人が流れていっていたのです。
それが2/7の紀子様御懐妊発表でピークに達して、その後、潮が引くように減っていったのです。
ですから、私が焦りまくっていた時期はちょうど皇室スレから鳥取スレに人が帰って来つつあった時期だったわけで、あるいは独り相撲だったのかもしれませんが。

2/10の夕方、神戸の業者に行って街宣車を引き取りました。
前回と同じ白のカローラライトバンで、同じ看板、同じステッカーをつけており、懐かしい鳥取街宣車がそこに復活していました。
前回も街宣車を引き取った後、その画像をスレにUPしたところ、大変スレが盛り上がったので、今回も同じようにしてみようと思い立ち、今回はビデオカメラもありましたから動画で収録し、ついでに買ったばかりの映像編集ソフトの練習も兼ねて、テロップも入れたりBGMもつけたりして、ちょっとした予告編映像を作ってスレにUPしてみました。
すると、なかなか好評で、第二次街宣も開始前日から盛り上がってきました。
さぁ、あとは戦闘開始を待つだけです。

翌日、2/11の早朝、宝塚から街宣車に乗って鳥取方面へ出発。とりあえずこの日は米子へ向かいました。
この日は米子で日本会議の集会があり、ここで条例反対署名を集めさせてもらうことになっており、現地組はこっちに向かっていたので街頭署名OFFは無く、私もここに街宣車を届けて、そこからINさんが運転して鳥取へ向かうという算段だったのです。
翌日2/12が鳥取での停止街宣初日ということになっていたのです。
まぁ、そういうわけでしたので、この日の私はとりあえず街宣車を米子に届けて、その後、連呼ファイルのセッティングや、ボンネットにニワトリステッカーを貼ったりして、翌日からの街宣のための最後の準備をすることとなりました。

日本会議の集会には多くの方が来ていましたが、その駐車場の一角に「人権条例はいらない」と掲げた街宣車を停めて、連呼ファイルのチェックなどをしていました。
思えば、日本会議にも人権条例に賛成した県会議員がたくさん所属しており、今日も来ているのだろう。
「よく署名集めがOK貰えましたね」と受付に行って保守お嬢さんに聞いたら、いや、実はブースも設けて署名を集めるのは急遽ダメになったらしく、会場内で各自に記入してもらうことになったという。ならば、私がやることなど無いわけで、仕方ないから受付付近でお茶を飲むことにしました。
相変わらず、推進派県議に気を使ったりしているわけです。仕方ないなぁ、と思いながらも、それでもやっぱり最初の頃とはだいぶ空気が変わってきている印象はありました。
条例に賛成した県会議員さんは署名集めのことや、駐車場に停まっている街宣車のことなどについて、いったいどう感じているのだろう。
そう、ぼんやり考えていると、今岡さんのグループにいた顔見知りの人がやって来て「あんた、やったなぁ!とうとうひっくり返したなぁ!」と褒めてくれました。
しかし、まだひっくり返ったわけではないし、私がひっくり返しても意味は無いのです。やはり県民が、そして国民がひっくり返したということにならないといけない。
そのための戦いが明日からまた始まるのです。推進派の巻き返しは、県民や国民に、最後の最後に立ち上がり戦うチャンスを与えてくれているのかもしれません。
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