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日本史についての雑文その42  社会の質的変化
幕藩国家改革期が終わった後の1750年から1800年、つまり18世紀後半という時代とはどういう時代であるのかというと、変化が進行していく時代ということになります。
幕藩国家形成期に信長秀吉によって形を作られ、確立期において家康によって建設された幕藩国家のシステムが修正期の終わりには制度疲労を起こして使い物にならなくなったので改革期に大幅にリニューアルしたのです。つまりシステムに大幅な変更を加えたのですから、その後は以前とは違ったものに変化していくはずなのです。

一方で、リニューアルが終わって落ち着いた状態ですから安定した状態にもなっているのです。安定しつつ変化していく時代という感じでしょうか。変化といっても、成長というよりは変質という表現のほうがしっくりするでしょう。
改革期以前の変化は「見た目の規模の成長」でしたが、この改革期以降の変化は「内的構造の変質」という感じだからです。表面的には安定した状態でありながら水面下で社会の変質が進んでいる時代とでも言うのが適切でしょうか。

ではこの改革期の後の50年間を「変質期」とでも呼ぶとして、この変質期を更に前半と後半に分けた場合、前期25年間は文明サイクル300年間の中で最も安定した時代ということになるでしょう。非常に安定した状態でありながら、水面下で社会の変質は進行していく時代というわけです。
そして変質期後期25年間は、社会の変質が表面化して大きな影響が出てくる時代ということになります。

改革期が第二の創業ということになるならば、改革期は第二の確立期ということになります。となるとそれに続く変質期は、確立期に続く修正期に対応することになります。
しかし両者が違っている点は修正期は高度成長時代であったのに対して、変質期は低成長時代である点です。そして社会の質的変化は変質期のほうが実はより劇的であるのです。
そして、修正期も変質期も最後は行き詰まりを迎えるのですが、修正期の場合はその後に改革期がやってきて文明を引き締め直し、建て直しが行われました。しかし変質期の後にはそれとは全く逆の展開がなされるのです。
それは時代の流れが違ってきているからでしょう。文明が成熟し成長してくるにつれて文明のもともと内包する矛盾が大きくなってきて、その矛盾のもたらすダメージを緩和するために文明の変質を図ったことにより、余計に矛盾が大きく育ってくることになり、そのギャップがもうどうにもならなくならないくらい大きくなってくるのです。

そして、この変質期においては、これに先立つ改革期、つまり黎明期において生まれた新しい文明が広く知られるようになり、この変質期の後半にはその新しい文明が表面化してきて、その活動が始まってくるので、このあたりから社会を動かす主導権を新文明のほうに奪われ始めることになるのです。
この変質期と重なる新文明の普及し表面化してくる時代を、新文明が未だに現実社会を動かすまでには至っていないがその動きは明らかになってくる時代という意味で、新文明の胎動期と呼ぶことにします。
胎動期の前期25年は、新しい文明が水面下で広まっていく時代で、胎動期の後期25年は、新しい文明が社会の表面に現れ、その存在を皆が知るようになる時代ということになります。社会への影響も生じてくるようにはなりますが、まだこの時期は積極的に社会に働きかけようという方向性は無いといっていいでしょう。
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