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日本史についての雑文その58  大政委任論
しかし、このように幕府に政治向きのことで朝廷が意見してくることは前代未聞のことですから、幕府側としては衝撃を受けました。もちろん幕藩国家修正期から生じた水戸学による勤皇思想は幕府全体、いや武家社会全体に浸透していましたから、皇室を軽んずる気持ちなどは毛頭無かったのですが、政治に口出しをしてくるとなれば話は別です。
朝廷が政治に口出ししてくるようになり朝廷と幕府の間で意見の相違が常態化するようになれば、朝廷が反幕府勢力の拠り所になってしまう危険があります。

そこで、老中筆頭の松平定信は翌1788年に大政委任論というものを表明します。それは、日本の国の土地や人民は朝廷からの預かり物であり、幕府はこれを支配する権限を朝廷から全面的に委任されているのであるから、幕府は政治的な権限を有し責任を負っているというものです。
幕府のスタンダードの学問であり、定信も大いに推奨していた朱子学を基盤とした勤皇思想が水戸学ですが、それは、天皇による統治が途切れることなく続いてきた日本こそ真の「中華」にふさわしい国家であるという思想でした。
この水戸学が当時の武家社会のスタンダードの教えで、要するに天皇の存在が日本のアイデンティティーになっているのですから、天皇の権威は動かしがたいものとなっていました。
もちろん定信自身が朱子学の信奉者でしたから、天皇の権威を疑う考えなど毛頭無かったでしょう。ただ、政治的権限の部分での混乱を避けるために、権威と権力の整理をつけようと思い、水戸学を補完するために大政委任論を表明したのです。

水戸学は、一見天皇の統治を正当化しているように見えて、実際は天皇の存在をもって朱子学の教えを正当化するための思想になっているのです。そして朱子学が幕府の官学であることによって、結局は天皇の権威をもって幕府の支配を正当化するための思想という仕組みになっているのです。
これを更にハッキリと分かりやすい形であらためて表明したのが大政委任論なのです。ここにおいても朝廷の支配権を認めて明確に天皇と将軍の君臣関係を規定していますから天皇や朝廷の権威は上がっていますが、その天皇から政治的権力を全面的に委任されている幕府が権力は独占し、その権力は天皇の権威によって裏付けられることによって確固たるものとなり、それによって幕府の権威も上がるわけです。幕府の権威が上がれば、それより上位の朝廷の権威は形式的なものとなり、朝廷や天皇は祭り上げられるだけの存在となり、実質的権力は無く、ただ幕府の権威と権力を裏付けするだけの存在となるのです。
つまり大政委任論もまた、朱子学や水戸学の範囲内の産物であり、朱子学や水戸学を補完して、天皇の権威をもって幕府支配を正当化するための考え方であったということになります。
あくまで天皇というものは朱子学的世界の中で解釈されるべき存在であるという考え方でもあります。
この大政委任論は、光格天皇による幕府の失政への異例の責めという事態に対しての幕府側としての回答であり、政治向きのことは幕府に一任していただくという意思表明でした。
もちろん直接天皇に向けて表明したわけではありませんが、そういう考え方を天下に表明して再確認したのです。そして同時に、定信はこの大政委任論を使って幕府の権威回復も図ろうとしたのです。このあたりはなかなかの政治的手腕といえましょう。
朝廷による幕府の失政への責めによって幕府の権威が低下する恐れのある事態であったのですが、それに対して大政委任論で切り返すことによって幕府の権威を上昇させて、更に江戸時代後期の政治的課題であった幕府による中央集権化の理論的根拠ともしたのです。
この大政委任論によれば、土地も人民も一元的に朝廷の所有物で、それらに対する政治的権限もまた朝廷から一元的に幕府が全権委任されているということになっているのですから、そこには天領とか藩領という区別も存在しないわけで、日本の全ての土地や人民に対する権力は幕府に集中させることが出来るわけです。

しかし、この大政委任論が成立するためには、あくまで天皇という存在が朱子学的世界の中で解釈されるべき存在に留まっていることが前提条件となります。
もしそうではない天皇像がスタンダードになるようなことになれば、大政委任論は引っくり返り、単に「日本の土地や人民は全て朝廷の所有物」という言説のみが求心力となり、逆に朝廷による中央集権化が可能になってくるのです。そうなれば、この大政委任論は逆に幕府にとって仇となりかねないのです。
何故なら、「大政」が幕府に「委任」されているのだとしたら、幕府に政治遂行能力が無くなったら「大政」を朝廷に「奉還」するのが筋であるということになってしまい、大政委任論は究極的には大政奉還論に行き着くことになるのです。
そして、そうした朱子学的価値観とはまた別の天皇像に関連した事件が同じ1788年に始まったのです。それが尊号事件でした。
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