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日本史についての雑文その64  国内市場の成熟
このように全国的に綿作をする農家が増え、特に畿内や瀬戸内の農家では米よりも綿を作る量が多くなるようになりました。しかし年貢は米で納めないといけないわけで、そういう農家では綿を売ったお金で米を買って、育てた米ではなく買った米で年貢を納めるようになっていきました。
そういう米を何処から買うのかというと、それは主に東北の農家から買ったのです。綿は南方の植物なので東北では作れませんでした。稲ももともとはそうなのですが、稲は品種改良されて東北でも作れるようになっていましたから、東北農業は稲作中心だったのです。

つまり、例えば畿内の農家では蝦夷地のニシン肥を購入して綿を栽培し、収穫した綿を問屋の工場に納品して得た代価で東北から米を買って年貢を納めるということになります。そして、そうやって作られた木綿製品が東北や蝦夷地も含んだ全国に売られることになるのです。
このように国内の各地域が原料供給地や生産地、消費市場などの役割分担をして産物の遣り取りをするというスタイルは木綿製造だけではなく全ての製造業に関連して生じ、これは欧米列強が世界規模で展開しつつあった植民地経済システムと共通した部分もあり、それによって全体的な経済発展と国内市場の成熟が完成に向かっていたのです。そしてこれは、かつて徳川吉宗が抱いた構想がとうとう完成しようとしていたということなのです。

このように国内市場が成熟して流通網が巨大化してくると、消費市場も江戸や大坂などのような大都市だけではなく、小さな村落までも消費市場化してくるようになり、生産者から大都市の卸問屋に一旦製品を納めるという従来のスタイルだけでは対応不可能となり、生産地から商人が直接市場に売りに出向くという「行商」というスタイルが生まれるようになりました。
それに相まって、江戸や大坂でも問屋を経由せずに生産地から直接市場に進出する「直買い」「直売り」というスタイルをとった在方商人が出現し、従来の問屋と対立しつつ共存するようになり、全国の経済は大都市の問屋中心の市場構造から全国に無数の地域市場が成立するというスタイルへと構造変化を起こし、近代的国内市場の形成が始まっていったのです。
この国内市場の成熟が、後に開国後に外国資本による支配を防ぎ、またその消費市場としての魅力によって欧米列強に植民地化政策よりも貿易重視政策を選択させる決め手になるのです。

このような形で国内市場を完成させることが徳川吉宗の構想であったのです。吉宗が構想し、田沼意次が実践してきた手法というものは、要するに、そうやって完成した国内市場を問屋を通じてコントロールしていくという、一種の統制経済だったのです。
ところが、この爛熟期前期に出現してきた「直買い」や「直売り」という新しい商業スタイルによって、そういった統制はもう不可能になっていったのです。結局、市場経済の成熟が幕府による経済統制を不可能にしていったのですが、そういう危険性に気づいて前もって弾圧しようとしたのが松平定信とそれに続いて政権を担当した幕臣保守派だったのですが、それも結局は失敗し、市場は権力による統制不能になっていきます。

とにかく幕府や各藩のような領主経済の担い手側は、本質的には物価が上がるのは困るわけです。武士階級は俸禄米を基本とした経済生活を送りますが、米価はむしろ安定していてあんまり上がらないのです。言い換えれば米価は上がらないのに他の商品価格が上がるということが多いわけです。
武士は米を売った金で他の商品を買いますから、米価が安くて商品価格が高いと生活が逼迫してしまうのです。もちろん領主経済も逼迫してきますが、とにかく武士階級を保護するのが大変なのです。
そういうわけで松平定信以降は幕府はデフレ政策をとっていたわけなのですが、これでは十分な税収が確保できないので、各藩や庶民に手伝金や役金を課したりして幕府財政の帳尻を合わせていました。
しかしこれが評判が悪く、特に大名の不満は大きく、幕府もその埋め合わせのために各藩に国産品の専売制度を実施する許可を与えていくようになりました。
専売制度とは各藩レベルでの統制経済の実施と考えればよく、各藩当局としても物価は安いほうがいいわけですから、藩内の生産物を全て独占的に藩当局が買い上げて、藩当局が独占的に売るというシステムを実施すれば、競合相手がいないわけですから、買値も売値も藩当局が自由に決められるので、物価を抑制することが出来るのです。
しかもその上、藩当局が独占販売できるということは、儲けも全部藩財政に入ってくるわけですから、藩としては領内の生産者から産物を安く買い叩くことによって大儲けして藩財政を潤すことも出来るのです。もし領内の生産者に支払う現金が足りなければ、藩札という藩内でのみ通用する紙幣を発行して、それで支払いをすればいいのです。
このように権力を背景とした強引な商売ではありますが、こうして藩は会社や銀行のような業務をするようになっていき、こうした実務経験を積んだ藩官僚出身の武士たちが、明治期になってから士族となり、会社経営に乗り出していくこととなり、日本近代資本主義の黎明期を支えることになるのです。

こうした藩当局による専売制度に協力したのが藩内の大商人や問屋であり、こうした経済統制策は幕府もまた江戸や大坂のような大都市の問屋を通じて実施していました。しかし生産地の農民やそれに直結した在方商人たちは、このように安く生産物を買い叩かれては困るわけです。ただでさえ肥料も労賃もまだ高い状態でしたので、出来るだけ高く売りたいところなのです。
そこで商品生産地である農村社会の利害の代弁者である村役人や富農たちは、在方商人の直買いや直売りによって商品を高値で売ることが出来るように、大都市の問屋などの不当を奉行所や藩当局に訴える訴訟を頻発するようになりました。
これは農民の正当な権利として認められていたもので、一揆のように徒党を組んでの示威行動ではなく、農村の代表者を立てての訴訟手続きでした。こういった代表者を惣代といったのですが、訴えの正当性を増すために多数の村の惣代達があらかじめ寄り合いで意見を一致させて、地域社会を代表しての集団訴訟を起こすこともしばしばありました。
こういった地域社会の寄り合いで惣代達は集団訴訟の訴えの内容の調整だけでなく、肥料の値段や労賃の取り決めなども行われました。それらの議題について惣代たちは各村の代表者として意見を述べ合い利害調整していったのでした。
特に労賃の調整については、各村内に雇用者たる富農もいれば、被雇用者たる小作農もいるわけであり、惣代はそういった各村内における利害対立も調整した上で地域社会の寄り合いに臨まねばならなかったのであり、まさに政治的な経験を積んでいったのでした。
そして時には、藩や代官の政策と農村の利害が決定的に対立した時には、集団示威行動としての百姓一揆を組織することもありましたが、この時代の百姓一揆は主張を通すための正当性を高めるために多くの村が集まって地域社会全体の一揆として大規模化する傾向にあり、そうした大規模一揆を組織する際にも、惣代たちは結束して行動したのでした。
こうした様々な農村社会における動きには、幕領や藩領などの境界線を超えて一つの生産物の生産単位としての地域社会を代表しての性格があり、こうして政治的経験を積んだ農村が集まって幕藩体制下では画期的な政治単位が形成されていったのです。
そして、こうした領主関係を超えた代表システムである惣代制度が明治維新後には、地域社会での維新を主導することとなり、そこから近代の代議制度が育ってくることになるのです。

これらの訴訟や一揆などによる農民側の主張は通ったり通らなかったりだったのですが、幕府や藩の領主権力側もこういう農民の自由経済を求める動きを無視するわけにもいかなくなっていったのであり、市場経済を権力が統制していくことは難しくなっていったのです。
まぁ、この時代においては、経済を統制しようとする領主側と、自由経済を求める農民側との間で意見の交換がこうして何度も行われるうちに、妥協点を探っていき、それぞれの地域なりの約束事が成立していくことになったのです。
これは吉宗の時代に百姓一揆が発生するようになっていって以降に地域社会で積み上げられてきた動きの成果であり、ここにきてとうとう統治する側とされる側との間でのルールが双方の合意で成立するようになってきたのであり、真の意味での法治主義が実践されてくるようになったのだといえるでしょう。これは英米法で言うところの慣習法による支配、つまり「法の支配」と同じようなものだと言えるでしょう。
こうした地域社会での積み上げを無視して反故にしようとしたのが後で出てくる天保の改革なのです。
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