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日本史についての雑文その83  フランス革命
アメリカ合衆国が建国された1ヵ月後の1789年5月、フランスでは三部会が召集されました。これは財政難に苦しむフランスのルイ16世が貴族や僧侶などの特権階級の特権を制限して課税を増やそうとしたもので、その反発を抑えるために第三身分である平民の特権階級への反感を利用するために普段は開催されない三部会を開催したのです。
しかしこの三部会の議決方法を巡って平民と特権階級が対立したため、平民側代表が国民議会を独自に発足させ、国王がこれを承認して、この国民議会で憲法を制定することになったのです。

このあたりは前年のアメリカでの憲法制定の影響を受けており、絶対王政から立憲君主制への移行を志向した動きで、国王も賛同しており、革命にまで発展する要素はまだ無かったといえます。
ところが平民側の発言権増大に警戒感を覚えた特権階級側がパリに軍事力を集めて平民側に暗黙の圧力をかけたために平民勢力と特権階級勢力との緊張が高まり、それが7月に暴発してパリ市民によるバスチーユ襲撃事件が勃発し、それに連動してフランス全土で農民による暴動が発生したのです。
これは国民の不満が想像以上に鬱積していたというのもあるでしょうが、国民議会の立憲君主制派とは別に、過激なルソー思想を奉ずるジャコバン派が下層階級を中心に相当浸透していたということでしょう。こうした下層階級の突き上げによって次第に立憲君主制派も動かされるようになっていき、革命は過激化していくこととなったのです。
その過激化を表すのが8月に国民議会で採択された人権宣言であり、これはアメリカ独立宣言よりも更に過激な社会契約説に基づいたルソー思想の具現化であり、完全な人民主権主義、平等主義を採用しており、法は一般意思、つまり人間の理性に基づくものとして、各自の自然権の行使と平等性の実現のために無制限に制定されるべきものとしたのです。
しかしこの一般意思というものは立法者という名の革命の中核的扇動勢力によってしか感知することが出来ないものなのですから、恣意的な立法を繰り返すことでいかなる暴政も可能ということになります。
こうした人権宣言の理念に基づいて、特権階級に対する財産没収などの弾圧が繰り返されていったのです。そしてそれは財産没収だけにとどまらず、暴行や殺害なども伴う恐るべき集団ヒステリー状況も生み出したのであり、しかもその対象は必ずしも特権階級とも限らなかったのであり、とにかく「革命の敵」とレッテルを貼られた者は弾圧の対象となるという逸脱を呈していたのです。
そしてこのような狂行を正当化するために乱発される恣意的な立法に対して国王ルイ16世が承認を拒んだために、革命勢力は更に暴走し、1789年10月には国王一家をベルサイユからパリに強制的に移動してテュイルリー宮殿に軟禁して、脅迫のもとで法律への承認を強要するようになったのです。

こうしたフランス革命の状況に対して批判論を展開したのがイギリスの保守主義思想家で政治家のエドマンド・バークであり、彼のフランス革命批判論によって保守主義思想は大成されることとなったのです。
バークは革命勃発の翌年1790年に刊行した「フランス革命の省察」においてジャコバン派の急進的民主主義を批判し、革命フランスへの武力行使を主張しました。
バーク自身は1756年に27歳で書いた著作で既にルソー理論を批判して、政府転覆の暴力革命に繋がる危険思想だと予言していたわけで、バークとしてはその予言が的中しただけのことだったのでしょうが、この1790年のフランス革命批判が保守主義思想をより多くの人間に知らしめることになったのでした。
バーク思想においては、啓蒙主義思想に毒される以前の、神や王や聖職者や貴族などに対する自然な尊敬の感情にこそ深遠な智慧と道徳の源泉が宿っているのであり、そうした自然な感情を国家権力によって規制し禁止したフランス革命は愚行となり不道徳なものとなり自由を抑圧するものとなったということになるのです。
だからバークは、政治的な深遠なる智慧を保持し道徳と自由を擁護するためには、そうした古来からの自然な感情を理性万能主義の攻撃から守らねばならないと主張したのです。
またバークは、ルソーの「一般意思」という概念を批判し、人間の意志による人間同士の契約を「悪の社会契約」と呼び、神の意思と各世代の国民とで繰り返されてきた契約を「善の社会契約」と呼んで区別しました。
こういう考え方は、真正の社会契約においては社会の補修や修理は許容されるが、改造は特定の一時代の国民の意思だけで決定されるべきではなく、自制されなければいけないということになり、よってフランス人権宣言は真正の契約社会に対する契約違反の暴挙であるとしたのです。
そして国家は伝統的宗教である国教によって冒涜や破壊から守られているのであって、宗教否定の思想は国家破壊を導くとして、フランス革命におけるカトリック絶滅運動を批判しました。フランスにおいてはこの狂気はこの後ロベスピエールによる理性を神として崇める理神教の創設という倒錯へと至り絶頂に達します。
またバーク思想においては、国民の権利は古来から世襲された特権なので一時代の権力者の判断で侵害されることは許されないとして、但し、その世襲の権利の保障は、古来からの世襲の国体を維持していくという国民の義務と表裏一体のものであるとしたのです。そうすることによって、その世襲の原理に基づいた自由は倫理ある高貴な自由となり、政治は祖先の叡智を活用した最高レベルのものとなるのです。
バークはこのような世襲の原理をもって、人間の知力を過信し過去を全否定するデカルトの理性主義や、ルソー思想に基づいて未来にのみ理想社会を妄想する「進歩主義」に反駁したのです。
そしてまたバークはフランス革命における私有財産の没収の立法措置について、長い年月をかけて有効と見なされた財産権への恣意的な侵害は、長い年月をかけて有効と見なされた法、つまり慣習法としてのコモン・ローの破壊、すなわち国家の政体への破壊行為へと発展するであろうと警告しました。そしてこの予言は国王殺害や共和制への移行、そしてジャコバン党の独裁などによって的中したのです。
すなわちバーク思想においては、国民が長い年月生存し繁栄してきた既存の統治機構のほうが、特定の立法者や特定の理論に基づいて作られたものや、一過性の選挙による選択よりも優れているとされたのです。
それを安易に弄るべきではないとバークは警告しました。現に三部会の制度を安易に弄って国民議会を承認したことからフランス革命は始まったのです。

考えてみればこうしたバークの言っているようなことは、本来はごく当たり前のことばかりであり、例えば江戸時代の日本人ならば誰でも了解可能なことでしょう。しかしバークがあえてこのような当たり前のことを主張せねばならなかったのは、ヨーロッパにおいて理性万能主義や啓蒙主義、社会契約説などの人工国家論のような急進的思想が生じ、その結果、フランス革命という大事件が起きたからなのです。江戸時代日本は未だこの急進的思想の荒波を受けていないわけですから、バーク思想的な保守主義的価値観が常識として保持されていたわけです。しかし日本においても明治以降はこの荒波が押し寄せてくることになるのです。
それはつまり民主主義化として肯定的に捉えられている現象ということになるのですが、しかしバークの民主主義批判論は非常に示唆に富んでいます。
バークは民衆参加の政治形態を否定しているわけではないのです。バークの主張したのは君主制と貴族制と民衆制の混合政体だったのです。バークが批判したのは、民衆が参加した形の権力が全てになってしまう「完全な民主主義」だったのです。
「完全な民主主義」においては民衆政体が絶対的権力を握ることとなるのです。実際、革命フランスにおいては立法府である国民議会が全てに優越する第一権力でした。そしてここでは多数決によって全てが決するために、多数者の専制が出現し、多数者が少数者に対して抑圧を加えるという、およそ考えられる中で最悪の圧制が実現することとなるのです。
何故最悪なのかというと、抑圧者のほうが被抑圧者に対して多数派を形成しているということは、より強大かつきめ細かな抑圧を加えることが出来るからです。これに比べれば専制君主による圧制などかわいいものと言うべきでしょう。
例えば1人の暴君による非人間的な抑圧が民衆に対して加えられる時、多くの民衆がそれに対して反対の声を上げることでしょう。そしてそれが暴政への抑止力となる可能性が大きいでしょう。しかし多数派の民衆によって少数派の者達への非人間的抑圧が加えられている場合、その暴政に対して反対の声を上げる民衆はほとんどいません。いたとしても掻き消されてしまうでしょう。よって、この場合は暴政に対する抑止力は存在しないことになります。つまり「多数者の専制」こそが最悪の暴政になるのです。
また「法の支配」の伝統からも解放された「完全な民主主義」においては多数派の意思が全てにおいて無条件に正しいものとされてしまうため、その立法や命令が道徳的であるか否かについて問われることがないのです。
そうなると、少数者がその立法や命令を悪や不道徳と見なして拒絶した場合に平然と何の躊躇いも迷いもなく多数者はそれを処罰してしまうこととなり、結果的に道徳そのものが圧殺されてしまい、道徳的に堕落、腐敗した全体主義国家が出現することとなるのです。
こうした暴政に対して通常は民衆の名誉心や評判への責任感が抑止力となるのですが、こうした政体の下では道徳心自体が圧殺されてしまうので、こうした名誉心や責任感も消滅してしまい、むしろ民衆は処罰される恐れを持たなくて済むという安心感によって積極的に暴政に参加して暴虐を楽しむようになるのです。
そして「完全な民主主義」が全ての国民に同等の投票権を与えることによって社会の平準化が進み、国民は個々で国家に直結するようになり、それによって階級や家族、地域社会などの中間組織が破壊され、そうした中間組織に宿っている伝統や慣習や権威などを喪失して自己形成できない精神的空虚な人間を量産することになるのです。
また、そうして個々に分解されてしまった個人に対しての権力による自由の侵害は非常に容易になり、全ての人間を数に置き換える非人間的システムである「完全な民主主義」の手によって簡単に人間の精神の自由や健全な道徳も無視され否定され、消滅していくことになるのです。
こうしたバークの予言通りの恐るべき事態がこの後、「完全な民主主義」の手によって革命フランスでは現実化していき、そしてそれはナポレオンという独裁者の行動によって全ヨーロッパ、果ては全世界に拡散していき、そしてまた、更なる凶暴な思想をも生み出していくことになるのです。
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この記事に対するコメント

あーあー、TBSのデモん時は手前らの不手際のせいで
大失敗に終わったよな。次のデモは何をする予定なんだ?
今ならWCEや教基法改悪とか材料は結構あるけど

まあ、やるんなら通帳うpぐらいは覚悟してからお願いね
また期待裏切ってOFFぶっ壊すなんてことはやめてほしい

【2006/12/29 01:24】 URL | ring #HQqHXCfI [ 編集]



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