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日本史についての雑文その91  道徳的退廃
それにしても、このアヘン戦争で注目すべきはイギリスのあまりの無法ぶりです。
植民地獲得競争は欧米諸国にとっては国家サバイバルのために不可避のものでした。だから植民地獲得は欧米諸国にとっては必要性に迫られてのものでした。
しかし、そもそも1648年のウェストファリア条約において主権国家間の平等は確認されていたのであるし、欧米人の多くが信奉しつつあった民主主義の原則においても、人間は人間であるというだけで平等な権利を持っているはずではなかったのでしょうか。

それなのに、欧米諸国がこのように非欧米諸国や非欧米民族に対してこのような不平等な取り扱いをして良いものなのでしょうか。ましてや、そのような不平等を強要するために麻薬密売を利用して戦争をふっかけるなどという不法が罷り通っていいものでしょうか。

人類の歴史上、多くの狂気の行いが繰り返されてきました。人間は己の信じるもののために行動してきましたが、その信念はしばしば狂信となり、多くの残虐を為してきました。
ほとんどの戦争はそうでありましたし、弾圧や虐殺、民族浄化などもなされました。その狂信も、宗教的なものであったり民族的、あるいは個人的な恨みの感情である場合もありました。
しかし、それらは愚かな結果は残しはしましたが、全て行為者はそれが「善」だと信じ込んで行動したわけです。いや、だからこそ人間は恐ろしいし、愚かなのだとも言えるのですが、ともかくも彼らはまだ純粋だったわけです。
十字軍の蛮行もキリスト教の聖地奪還という目的を誰もが「善」だと信じて狂気へと突き進んでいったのであり、スペインによるインカ帝国の蹂躙のような極度の悪行にしても、彼らスペイン人侵略者たちは本気で異教徒には生きる資格が無いと信じていたようなのです。それは目を覆うばかりの狂気ではありますが、本人達の心には曇りは無かったことでしょう。そういう意味で「純粋なる狂気」といえます。

しかし、この19世紀の植民地獲得競争時代の欧米人の行動は、もはや「純粋な狂気」の名にすら値しません。彼らはそもそも理性万能主義によって、もはや神など信じていませんでした。麻薬密売を神の王国実現のための手段として「善」とみなすほどの狂気も、もはや持ち合わせてはいなかったのです。
彼らはそれを「悪」だと感じたのです。しかし「悪」だと分かっていて、結局それを止めることはしなかったのです。それは結局、善悪の判断を放棄したことと同じことなのです。この清国のケースだけに限りません。世界中で、彼ら欧米人は同じようなことをやっていたのです。例えばアメリカは西部開拓地ではインディアンを虐殺していました。
欧米諸国は自らの国家の存続、繁栄、他国から落ちこぼれず生き残っていくために、仕方なく植民地を求め、そこで手段は問わず収奪を行っていったのです。手段など選んでいては競争に敗れるのです。彼らは自分達の行為が善悪でいえば「悪」であることは理解していました。理解した上で、「仕方ないこと」として割り切ってそれを行っていったのです。
こうした善悪の判断の放棄とは、つまり道徳の放棄です。名誉や徳義など顧みられることの無い世界です。こうした19世紀の欧米諸国の植民地におけるメンタリティは「狂気」ではなく、「道徳的退廃」と形容するのが適当でしょう。

何故、彼ら欧米諸国は19世紀に入ってこれほど道徳的に退廃していったのかというと、それはナポレオン戦争以降、これも国民軍思想導入のためにやむなくとはいえ、民主主義の要素を取り入れていったからです。
アヘン戦争開始時のイギリス議会が格好の例であるように、どんなに不徳な決議であろうとも、それがたとえ僅差であろうとも、一旦多数決で可決してしまえば、それに対して道徳的判断を差し挟む声は急速に萎んでいくのです。そうすることによって、社会から道徳性が次第に失われていくのです。これはまさにバークが危惧していた事態でした。
ちなみにイギリスは1832年の第一次選挙法改正でブルジョアジー層に広く選挙権を開放しており、1839年のアヘン戦争開始の是非を審議した議会においては数多くのブルジョア層の議員が議席を占めていました。アヘン密売などの植民地での商売によって利益を得ていた資本家階級こそがこのブルジョア議員達の背後にいたのです。
民主主義というものはこのように道徳的退廃をもたらすものなのです。

同様の事例が、普通選挙を導入した1830年代のジャクソン時代のアメリカにおいて、その普通選挙で選ばれた議員達によって構成された連邦議会で可決されたインディアン強制移住法です。
これはインディアンから強制的に土地を収奪して西部に追放するというとんでもない悪法であり、連邦最高裁判所の判事であったジョン・マーシャルは違憲立法審査権を行使して、このインディアン強制移住法を合衆国憲法に照らして違憲であるという判決を下したのですが、多くの白人アメリカ国民は西部進出のためにこの法律を歓迎しており、この世論に迎合したジャクソン大統領はマーシャルの判決を無視して平然とこの法律を施行したのです。
ちなみに、ジャクソン大統領は民主党であり、ジェファーソンの系譜に位置するかつての反連邦派、つまり民主主義派だったのに対して、マーシャル判事はハミルトンの後継者を自他ともに認める代表的な保守主義者だったのです。
アメリカは民主主義の行き過ぎを警戒する立場の保守主義によって建国された国家だったのですが、この1830年代のアメリカにおいては既に民主主義派のほうが民意において保守主義派を圧倒していたのであり、それによってこうした道徳的退廃の極みのような悪法が罷り通ってしまっていたのでした。
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