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日本史についての雑文その103 ヘーゲル弁証法
そもそもグノーシス主義とは何なのか?
よくキリスト教の初期の頃の異端の一派でグノーシス派というものがあったというふうに言われますが、これは誤りで、実はグノーシス主義という、キリスト教よりも起源の古い宗教・思想が地中海世界に勢力を持っており、初期キリスト教のほうがこのグノーシス主義の教義の影響を受けて、現在の教義を完成させたというのが本当のところのようです。つまりキリスト教こそがグノーシス主義の分派であるともいえるのです。

グノーシス主義は物質と霊の二元論に特徴があり、認識によって真の神に到達できるという考え方でした。その起源はおそらくオリエントであり、人間の世界把握の様式として古くから時間や空間を超えて偏在し、ユダヤ教やギリシャ哲学とも密接な関係を持ち、初期キリスト教思想の形成に大きな影響も与えました。
グノーシス主義の教義は「反宇宙的二元論」といいます。これは、地上の悲惨な生の現実を否定し、この現実世界を「悪」と見做すという点が特徴的です。物質で作られたこの世界が「悪の世界」であるならば物質も「悪」であり、物質で作られた肉体も「悪」であります。それに対して、霊こそは真の存在であり、霊の世界こそが「善の世界」であるとしたのです。
つまりグノーシス主義においては肉体よりも霊魂のほうが優越しており、人間は肉体を去って霊魂となるほうが真実の存在となるということになります。そこでグノーシス主義では悪なる肉体から解放された善なる霊魂が事物を統御し悪の世界である現世を善なる世界へと救済するという神話的モチーフが生まれました。

こうしたグノーシス主義の善悪二元論と救済思想が世界各地に広まっていったのです。キリスト教、特にその黙示録思想はまさにその最たるものですし、イスラム教も同様です。また、グノーシス主義はペルシアのゾロアスター教の教義にも大きな影響を与え、その太陽神であるミトラを唯一神としたミトラス教という救済宗教を形成し、これはキリスト教普及以前にローマ帝国で広く信仰されました。一説によるとミトラス教と習合することによってキリスト教は世界宗教となったともいわれます。
また、このミトラ信仰は東方にも広がり、マイトレーヤ信仰となっていきました。マイトレーヤの語源はミトラで、マイトレーヤ信仰が仏教と習合して弥勒信仰となりました。これが末法思想となり、シナにおいては白蓮教となり、日本においては浄土信仰、そして浄土真宗や日蓮宗となったのです。
これらの宗教の特徴は、現世を悪と見做す善悪二元論と、霊的なものによる救済を説く教えでした。こうした世界各地の救済宗教の起源がグノーシス主義であり、これらの宗教はグノーシス型宗教といっていいでしょう。

こうしたグノーシス主義の神話的モチーフを哲学的に合理化させたのが古代ギリシャの哲学者であったプラトンでした。プラトンはグノーシス主義の言うところの善なる存在としての「霊」を「イデア」と呼称しました。イデアは変転する現象の背後にある普遍的かつ完全不滅の真実の存在で、イデアの存在するのがイデア界で、現実世界はその影が投影されている偽りの世界であるということです。
そしてプラトンは、イデアを感知することの出来た神的レベルにあった霊魂が、堕落して現世の肉体に囚われるが、真の哲学の助けで浄化されて再び神の国へ上昇して救済されるのであると説きました。
このグノーシス主義に基づいたプラトンの思弁は、「楽園→堕落→救済」という3段構造になっており、ヘーゲルはこれを援用して「肯定→否定→否定の否定」という弁証法を考案したのです。また、このプラトンの世界観を近代哲学の情勢にあてはめて、もともと人間理性が真実を認識出来ていた理想社会が失われて、近代的人間の分裂状態に陥っていたが、今後は「哲学」に助けによって再び分裂状態が統一されて人間は真実を認識するようになり新たな理想社会へと救済されるのであると見做したのです。
もちろん、この場合の「哲学」とはヘーゲルの哲学を指しているのであり、そしてまた、ヘーゲルはプラトンに心酔していたので、この失われた理想社会とは、プラトンが理想としていた古代ギリシャの都市国家アテネの姿であるとしたのです。
つまりヘーゲルは、調和した理想社会が地上に実現するまでの過程が世界史であると考えたのです。これは世界史がある特定の方向へ向けて計画通りに進行していくという考え方であり、一種の歴史進化論、歴史法則主義です。
そしてヘーゲルはその理想社会の実現がまさに今行われつつあると見做し、その担い手としてナポレオンこそ理想実現を目指す世界精神の象徴であるとして、大いに期待したのです。これが1806年にプロイセンに進駐してきたナポレオンを見た際のヘーゲルの思想でした。
つまり、ヘーゲルはナポレオンやフランス革命の思想を全く否定してはおらず、むしろ肯定しているのです。ルソー流の民主主義思想は、ジャコバン独裁の失敗によって論理的に破綻していることは明白なはずなのですが、ヘーゲルの中では、テーゼがアンチテーゼによっては完全に否定されず、テーゼもアンチテーゼもジンテーゼに昇華するという弁証法のマジックによって、ルソー流民主主義というテーゼは、現実によって突きつけられるどのような反証によっても決して否定されることはなく、ナポレオンというジンテーゼによって肯定されるのです。
これを見ても明らかなように、弁証法というものは詭弁のロジックなのです。テーゼに対するアンチテーゼがジンテーゼによって止揚されることによってアンチテーゼは消滅し、テーゼへの批判は封殺されるのであり、このテーゼがどんなにカルト的な誤った言説であってもそれに対する批判は封じられ、その信者は狂信から解放されることはないのです。
つまり弁証法はグノーシス主義という太古の神秘宗教に起源を持つ、本質的にはカルト宗教から生まれた詭弁のロジックであるので、その宗教的魔術によって、同じくカルトの教えであるルソー思想の信者は完全な思考停止に陥ることが可能なのです。
何故、弁証法においては完全な思考停止が可能なのかというと、弁証法においてはテーゼとアンチテーゼの間に生じた矛盾がジンテーゼに進歩するので、矛盾は望ましいものとされて容認され、その解決が図られることはなく、矛盾の解決を排除することによって弁証法は真理の探究を放棄しているわけであり、弁証法は真理から最も遠ざかることになるからなのです。
また、ヘーゲルは弁証法は神の力であり、弁証法の前では真理も真理ではなくなるのだと主張しましたが、このような反証不可能なものは、真理の探究を阻害するものであり、非論理的、非科学的なものとなります。このようなもので論究された国家や政治などというものは全く無内容なものとなります。それゆえ、弁証法の信者は空虚なロジックを繰り返すだけの思考停止状態に陥るのです。
このように弁証法こそは、全体主義思想への攻撃を無力化する盾として有効なのであり、それは現在においても有効であり続けているのです。特に、近代日本においては弁証法は深く浸透してしまっているので、現代の日本においても弁証法の魔力は大変に有効なのです。
何故、近代日本に弁証法が根付いているのかというと、ヘーゲルが1831年に没した後、ドイツの哲学界はヘーゲル哲学一色に染まり、全ての大学の全ての学者がヘーゲル学派という状況となったのですが、ちょうどそこへ1870年代以降、近代日本から多くの留学生がやって来て、ヘーゲル哲学を吸収していったからなのです。
近代日本は新興著しいドイツ帝国から哲学も多く学ぶ方針であったので、日本の哲学界もあっという間にヘーゲル哲学に染まっていったのです。これにより弁証法が近代日本では肯定的に受け入れられることとなり、全体主義思想に対する免疫力を著しく低下させる作用をもたらしたのでした。
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