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日本史についての雑文その106 天皇と民族主義
そうした危うい状況に対する処方箋の意味も込めて、何故、第二次大戦時の日本におけるヘーゲル型全体主義体制が「擬似的」なものに終わり、不完全なものにしかならなかったのかについて考えてみることは有意義でしょう。これについて考察する限り、現在においていくら全体主義的勢力が画策しようとも、やはり日本の完全な全体主義化は困難であるという点と、同時に、どういう部分が守るべき部分で、どういう部分が危うい部分であるのかも見えてくるものです。
日本におけるヘーゲル型全体主義体制が不完全に終わった理由はやはり、まずは日本に天皇が存在したので民主主義が不完全なものであったからでしょう。全体主義というものは民主主義の究極の進化形ですから、例えば革命フランスやワイマール共和国のような民衆政体しか権力機構の無いような「完全な民主主義」からはジャコバン独裁やヒットラー・ナチズムのような「完全な全体主義」が生まれるのですが、近代日本のような天皇大権と民衆政体の合体した君民共治体制という「不完全な民主主義」からは「不完全な全体主義」しか生まれないのです。
つまり、ヘーゲル型全体主義が日本において国家神格化の道具として利用した「現人神=天皇」こそが、皮肉なことに日本の完全な全体主義化に対するブレーキ役として機能したということになります。
だからこそ、戦後における日本のマルクス型全体主義化を目論んだ共産党勢力は執拗に天皇の排除にこだわったのであるし、それを阻止しようとするアメリカ占領軍は天皇の地位の保全にこだわったのです。特にアメリカ占領軍は「日本の完全な民主主義化」を謳い文句としていただけに、「民主主義を不完全化する」役割を果たす天皇を温存することになったのは実に皮肉なことであり、いかに占領軍の言う民主主義というものがいかがわしいものであるのかの証ともなったのでした。
また、天皇の全体主義体制に対する「毒性」の強さを知っているからこそ、現代のヘーゲル型全体主義体制構築を望む創価学会およびそのシンパとなった一部の大衆民主主義勢力は、なんとか天皇抜きの形での救済神話を創造しようとするのですが、そのためには天皇自体が邪魔であるので、陰に陽にその無力化や排除、権威の失墜を志向することとなるのです。

つまり、我々日本人が日本の全体主義化を阻止するためには、まず「法による支配」のもとでの天皇の権威と究極的な国家元首としての権力を保持するようにして大衆民主主義と拮抗させるようにして、その上で天皇を国民の良識と伝統的道徳観に基づく存在と規定し、決してカルト的な歴史法則主義の運命論や救済論と関連させてはいけないということが大事です。
これは奇しくも、昭和天皇が1946年の年頭に宣言した、いわゆる「人間宣言」と言われているものの内容とまさしく一致するのであり、昭和天皇はさすがに戦前戦中の歴史の脈絡を全て正確に把握されておられたということが分かります。
すなわち、天皇の地位は初代神武天皇以来の二千年以上に及ぶ国民との歴史的、伝統的な親愛と君民共治の関係、そして「五箇条の御誓文」という一種の慣習法に基づいて発せられた近代日本の建国宣言というべき、神々に仮称された伝統的国家国民との誓約とによって裏付けされているのであって、決してカルト的な創世神話や終末思想、救済教説などに依存するようなものではないのです。
もちろん日本民族の先祖が保持してきた神話は私たちにとっては大いに親しむべきものではありますが、それはあくまで神話であって歴史的事実ではないのであり、そういうものを現世の権力の根拠とするような愚を犯してはならないのです。そんなことをせずとも、日本の天皇は二千年以上にも及ぶ世界でも類を見ない、ほとんど神話的と言ってもいいほどの長大な国民との紐帯の歴史的事実の積み重ねを根拠としているのですから。

もう一つ、第二次大戦時の日本のヘーゲル型全体主義が不完全なものに終わった理由は、それは近代日本においては真の意味での民族主義というものが根本的には存在しなかったからでしょう。
民族主義というものが無ければ、「民族精神の救済」というものに国民の求心力は生まれませんから、そのヘーゲル哲学にはナチズムのような魔力は生じず、単なる完全統制主義の徹底、言い換えれば単なる軍国主義に終わるのであって、その被害は国民精神の完全なる破壊には至らず、単に軍部や官界の腐敗堕落という被害に限定されるのです。それゆえ、敗戦後も結果的に国体の破壊に至らず、軍部の解体というダメージに止めることが出来たのでした。
何故、近代日本においては民族主義が存在しなかったのかというと、近代日本が対外的な危機を迎えた時代において、既に長らく民族が国民とほぼ一致していたからであり、日本民族の危機は日本国家の危機として対処可能で、国家から見放されて民族集団が危機に瀕するようなケースが生じなかったからでした。
また、日本国家が優先的に保護すべき民族は日本民族だけであり、日本民族よりも日本国家に優遇される他民族が存在したわけではなかったので、日本国家内部においても日本民族主義などというものが発生する余地は無かったのです。
つまり、国家に完全に頼りきることの可能な状況においては、民族意識程度のものは生じても、全体主義の契機にもなり得るほどの「民族主義」というほどのものは到底生じないということなのです。幕末の危機においても、高まったのは国家主義であって民族主義ではなかったのです。
それゆえ、民族精神の救済を謳い上げた完全なるヘーゲル型全体主義国家であったヒットラー・ナチズムにおいてはユダヤ民族絶滅政策がとられたのに対して、第二次大戦時の日本においては「五族協和」という、同盟国ナチスと正反対の政策がとられることとなり、更にはユダヤ人保護政策までとられたのでした。

ただ、「長らく民族と国家がほぼ一致していた」という近代日本の特性が思わぬ落とし穴も生むことともなりました。つまり、民族と国家という2つの概念がほとんど同一のものと見紛うぐらいに重なり合っていたために、日本人自身にとって「国家」と「民族」の概念の峻別が曖昧になってしまい、実際は「国家主義」に基づいて思考し行動していたにもかかわらず、それが「民族主義」に基づいた思考や行動であるかのように勘違いしてしまうケースが多々あったのです。
そのあたりの日本人のいい加減さが、民族主義を煽ってヘーゲル型の全体主義化を進めたい勢力の付け入るところとなり、実際には国家主義に基づいて行動している多くの日本人に対して、貴方の行動は民族主義によるものだと吹き込み、あたかも民族主義というものが日本において偏在しているかのように偽装したのです。
こうして戦前の日本では、実質的には民族主義としての実体すら備えていない「大和民族主義」などという幻想が一人歩きするようになり、有識者ですらも「国家主義」と「民族主義」の概念をいい加減に混同して使用し、民族主義というカテゴリーで論説していながら実際には国家主義やナショナリズムについての論説であったりするケースが多かったのです。このあたりの区別の曖昧さを未だに引き摺って「我々、大和民族の云々」などと言っている人も多く存在します。
こうしたいい加減さが、日本人をして日本という国の立ち位置を見誤らせることとなり、第二次大戦前における数々の選択ミスを引き起こすこととなったのでした。
日本という国は、特に近代日本という国家は、そもそも民族主義によって成り立った国家なのではなく、国家主義によって成り立ったのであり、また、その中心たる天皇も、民族主義イデオロギーによってその正統性が保障される存在なのではなく、国家主義によって正統性が保障される存在なのです。そのあたりの峻別が曖昧であったことが、擬似全体主義の浸透する余地となってしまったのでした。

いや、日本ももともとは古代において民族主義によって建国された国家のはずであり、天皇も民族主義的な君主であったはずだ、というような反論もあるかもしれませんが、これはおかしな話です。何故なら古代においてはまだ「民族主義」などというイデオロギーは成立していないはずだからです。
古代においてももちろん「民族意識」というほどのものは存在したはずですし、それは古代日本の建国の契機にもなったでしょう。また「民族意識」であれば近代日本の成立時にもそれなりの役目を果たしたことでしょう。しかし「民族意識」と「民族主義」とでは根本的に意味合いが違うのです。
「民族主義」は、近代西洋において成立した民主主義と不可分の関係にあるイデオロギーであり、それゆえに、民主主義の進化形である全体主義に転化する危険性を秘めているものなのです。「民族意識」にはそのような危険性はありません。何故なら、古代日本や幕末日本においては西洋風の民主主義などというものは存在しませんでしたので、それと不可分の関係にある危険な民族的イデオロギーなどというものは成立し得なかったからです。
明治以降、日本にも近代西洋の民主主義というものが入ってきて、民族主義というものが成立する可能性は生じたとはいえますが、先述したように、そもそも日本においては民族主義というものが生まれる土壌は乏しいのであって、結局はそういうものは本質的には生まれなかったのでした。

現在においても、日本民族の大規模集団が海外において大規模な民族迫害を受けて生存権の危機が生じているという現実があるわけでもなく、日本国内においても在日朝鮮人問題などはあるものの、それでも日本民族に対する組織的な迫害が明らかに生じているわけでもないのであって、大和民族主義というものは発生する余地は無いと見ていいでしょう。
それゆえ、近代日本においては、自称「民族派」などと名乗る集団や個人というものは、だいたいは先述のような「国家」と「民族」の区別もつかない勘違い派か、あるいはヘーゲル型全体主義体制を志向するものか、あるいはグノーシス的な信仰にのめり込んだものであると見做して差し支えないように思われます。
外国や他民族に対して言うべきことを言うのは当然必要なことですが、他民族に対して感情的な排斥感情を持ちすぎるのは全体主義の危険な罠です。
幕末期と第二次大戦期の二度において排外主義が高いレベルにまで達して民族主義が煽られたことがありました。幕末期にはグノーシス的教説から派生した尊皇攘夷思想によって煽られたのであり、第二次大戦期には明らかにヘーゲル型全体主義体制を目指す勢力によって煽られました。しかし両度とも、結局は民族主義の発生にまでは至りませんでした。日本民族にはもともとそうした土壌は無いからです。
しかし、それでも十分に排外感情高揚によって擬似全体主義体制の出現という危機的状況は生まれたのであり、やはり排外主義は警戒すべきものでしょう。日本の全体主義化を目指す集団は必ず今後も排外主義を煽ろうとしてくるであろうと予想されますから警戒は不可欠ということになります。
民族主義の土壌の無い日本に比べ、シナや朝鮮などにおいては民族主義が発生しやすい条件が揃っています。また、日本国内のマイノリティー民族である在日朝鮮人にも民族主義が発生しやすい状況があります。こういった民族主義が反日主義を媒介にして更に過激化して全体主義化する可能性も高く、それは既に近代の歴史において繰り返されてきたことであり、そしてそうした全体主義化は必ず、当該民族や当該国の一般民衆にとって悲劇的な結果をもたらしてきただけでなく、日本にとっても歓迎されざる事態をもたらしてきたわけですから、今後もそうした周辺諸国や在日外国人の民族主義を殊更に煽ろうとする動きには警戒の目を向け続ける必要があるといえます。
特に、最近はシナ民族主義や朝鮮民族主義が高まり、これが排外的感情となって日本民族への民族迫害が生じる可能性も無いとは言い切れません。しかも戦後日本政府における歪んだシナ朝鮮への譲歩主義が行き過ぎた時、日本国内においてシナ朝鮮民族による日本民族への民族迫害が生じる可能性もあります。もしそこまで至らなかったとしても、そうした事態が生じたかのように騒ぎ出す者が出てきてその扇動がある程度信憑性をもってしまう場合もあるかもしれません。そういう場合には、日本においても大和民族主義などのようなものが生じる危険性は否定できないでしょう。
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