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日本史についての雑文その126 時代区分
過去の歴史から現在に活かせる教訓や道徳を見出そうとする場合、現在に生きる我々のような生身の人間が歴史を参考にするためには、それを神やロボットの歴史ではなく、生身の人間の織り成す歴史として観察しなければいけません。
神やロボットの行動を我々人間が参考にすることは困難だからです。やはり人間は人間の行動を参考にするのが最も適しているのであって、過去の歴史も、我々と同じように感情も欲望もあり、我々と同じような寿命を持ち成長し死んでいく、生命ある人間が代々受け継いできた歴史物語として理解したほうが、我々生身の人間が応用しやすいものとして把握できるのです。

そうなると歴史事象も時代も、あくまで人間によって動かされるものとして捉える必要があります。例えば江戸時代が約250年あったからといって、250年生きる人間はいませんから、江戸時代を人間ドラマとして把握する場合には、250年を一つの塊の単位として切り取るわけにはいきません。やはり人間の歴史として捉える場合には、人間のライフサイクルに合わせて考えるのが最適であろうと思われます。
だいたい一人の人間が社会に最も濃密に中核的に関わるのは、人格形成を終えた25歳ぐらいから老境に差し掛かる50歳ぐらいまでの約25年間です。もちろん個人差はあり、それより早くから活躍する者もいれば、それより老境に至ってますます盛んな人もいるでしょうが、だいたい平均的にはこんなものであろうかと思います。いわゆる働き盛りというやつです。
そういうわけで私はここまでの文中で時代区分の最小単位として25年単位で分けてきました。もちろんその時代に活躍する人達各自の生年や年齢はバラバラですから、例えば1550年時点で15歳の者もいれば25歳の者もいるのであって、厳密に全員にしっくりと適用できるようなものではないのですが、例えば1550年に何か大きなインパクトのある事件があったとしたら、その時点でちょうど25歳の働き盛りに入ろうという者達を刺激して、そのあと25年間ほどの時代に影響を与え、他の年代もそうした時代というものに引っ張られ参画していくということは考えられるのです。そういう意味で、あくまで目安として25年単位の時代区分を採用したのです。

そうした25年を一つの時代区分として、それらの時代区分が何個も連なって歴史を形成していくことになるのですが、それぞれの時代区分にはそれぞれ特有の行動パターンがあり、その繋がり方にはちゃんと脈絡があるのです。Aという時代の結果として、それに続くBという時代が生じてくるのであって、AとBが全く無関係に断絶して生じるということはないのです。必ず原因と結果というものがあり、そうやって生じた結果がまた、その次の結果の原因ともなるのです。そうやって歴史は連なっていくのです。
そういった原因と結果の繋がり方によってそれぞれの時代区分の特有の展開のパターンというものが規定されてくるのです。25年単位ということであれば、最初の25年は祖父の世代、次の25年は親の世代、その次の25年は子の世代ということになります。だいたい親子の継承では親は子に強い影響を与えるもので、それが類似を生じる場合もあれば、状況によっては強い反発を生じる場合もありますが、いずれにしても親は子に強い影響を与えるものです。それに比べて祖父は孫にそれほど強い影響は与えず、孫の代になると祖父の世代の呪縛からは比較的自由となります。
そうなると、親子二代を合わせた50年間というものが強い類似性のある塊ということになります。だいたい祖父が創始したものを親が受け継ぎ、祖父の創始時の精神を理解しない孫によって全く違うものに変質させられるというのがよくあるパターンですが、初代から二代目への継承はまだその事業が上り調子なので肯定的に行われるが、50年も経って三代目への継承の頃になると、事業の綻びも出てくるようになるので反発が生じて継承も否定的に行われ、先代のやり方を否定することによって新しいやり方への変更が生じるのだといえます。
ですから、25年が最小単位としながら、その25年の時代区分を2つ合わせた50年というのが類似性の強い時代単位ということになり、例えば形成期という時代が50年間あり、その前期と後期の25年間ずつに分かれるということになるのです。

そうやって繋がっていく時代区分として、私がここまでの文中で安土桃山時代から江戸時代にかけての時代をトレースしながら分類してきたのが、形成期前期、形成期後期、確立期前期、確立期後期、修正期前期、修正期後期、改革期前期、改革期後期、変質期前期、変質期後期、爛熟期前期、爛熟期後期という、12個の25年ずつの時代区分であり、そして、これら全部を合わせて300年の一つの大きな文明サイクルの単位と考え、その文明を幕藩国家文明と命名したのです。
そして、この300年の文明サイクルが終われば、また次の新しい300年の文明サイクルが繋がっていくのではないかとも思うのですが、その場合、古いほうの文明はいきなり消えてしまうのではなく、先述の爛熟期後期の後に引き続き、衰退期前期、衰退期後期、解消期前期、解消期後期、残滓期前期、残滓期後期というように、次の文明の前半部分と同時進行して25年単位を6期重ねて150年をかけて消滅していくと考えました。正確に言えば新文明の中にエッセンスが吸収されていくという形です。
文明が消えていく過程がそういう経過を辿るのだとすれば、ならばそれとは逆に、文明が生まれてくる過程だって、いきなり形成期前期において文明が出現するのではなく、それに先立つ文明の後半部分と同時進行して、徐々に新文明が育ってくる過程があってもいいということになります。すなわち、黎明期前期、黎明期後期、胎動期前期、胎動期後期、草創期前期、草創期後期というような25年単位を6期重ねた150年間というものを仮定したわけなのです。
つまり、1つの文明の生まれてから消滅するまでの寿命というものは、黎明期前期、黎明期後期、胎動期前期、胎動期後期、草創期前期、草創期後期、形成期前期、形成期後期、確立期前期、確立期後期、修正期前期、修正期後期、改革期前期、改革期後期、変質期前期、変質期後期、爛熟期前期、爛熟期後期、衰退期前期、衰退期後期、解消期前期、解消期後期、残滓期前期、残滓期後期という25年単位の時代区分を24個積み重ねた600年間ということになり、このうち最初の150年間は先行する文明サイクルの後半に同時進行して存在し、最後の150年間は後に続く文明サイクルの前半に同時進行して存在するのであって、中核部分の300年間がこの文明の時代にあたるのだということになります。

そして、例えば形成期前期において幼少時から人格形成期を送った世代は、この形成期前期の社会の影響を大いに受けて人格を形成し、そして成人してから形成期後期の時代を築いていくのですが、そこには形成期前期の時代精神が何らかの影響を与えているのです。ただ、それが肯定的影響なのか否定的影響なのかについては、各時代ごとに違ってくるのです。
また、各時代区分の末期、つまりある時代区分から次の時代区分に移り変わる時、それぞれが変化変転の時期であり、ある種の危機が訪れるということになるのですが、これらは先人たちの努力によって切り抜けて次の時代区分へバトンを渡してきたのであって、時代の変化は努力もせずに成し遂げられるような必然や運命などのような安易なものではなかったのです。
そしてそうした各時代ごとの変化の時にあたって、伝統的価値観や文明の成果や遺産を脈々と受け継いできたのであり、そうやって文明の遺産は積み重ねられてきたのであり、今後も積み重ねられていくのです。そして、そうした継承行為において不可欠なのが健全な歴史感覚なのです。

もう少し詳細にまとめてみますと、強い類似性のある1つの時代区分の単位として50年間を設定し、それが12個連なって1つの文明の生まれてから寿命を終えるまでの文明サイクルであるとすれば、それは600年の文明サイクルとなります。
その12個の50年単位の時代区分は、「黎明期→胎動期→草創期→形成期→確立期→修正期→改革期→変質期→爛熟期→衰退期→解消期→残滓期」という順番で進んでいきます。
そして、日本史における特徴は、文明サイクルの移り変わりに関しては、1つの文明サイクルの寿命が終わってからその次の文明サイクルが生まれるのではなく、文明サイクルの移行と継承がスムーズに行われるように、古い文明サイクルの後半と新しい文明サイクルの前半が重なり合って存在していることです。
すなわち、分かりやすいように記号をつけるなら、古い順にA→B→C→D→Eという5つの文明サイクルが継承されていくとしたなら、「・・・A衰退期/B形成期→A解消期/B確立期→A残滓期/B修正期→B改革期/C黎明期→B変質期/C胎動期→B爛熟期/C草創期→B衰退期/C形成期→B解消期/C確立期→B残滓期/C修正期→C改革期/D黎明期→C変質期/D胎動期→C爛熟期/D草創期→C衰退期/D形成期→C解消期/D確立期→C残滓期/D修正期→D改革期/E黎明期→D変質期/E胎動期→D爛熟期/E草創期・・・」というふうに繋がっていくことになります。

そして、それぞれの50年の時代区分は更に前期と後期の25年ずつに分かれており、これら前期と後期は、同じ時代区分ですからその時代内容の傾向は類似性や連続性は強いのですが、その作用の正負の面でやや違いがあるのです。
同じ時代区分内の前期から後期への移行の場合は、互いに時代を構成する要素が似ていますから、だいたい明確な区切りは分かりにくく、いつの間にか移行しているような場合が多く、それとは逆に、ある時代区分の後期から次の時代区分の前期への移行の場合は、明確な区切りといえる大きな出来事がある場合が多く、時代を構成する要素が違っていますから、時代の移行の変化が分かりやすいという特徴があります。
だいたい、ある時代区分の前期の初期において何か時代を動かす事業を開始する場合、だいたいは何らかの問題点が明確になっており、それらに対して具体的処方箋として事業が行われますから、だいたいは順調に事業は進んでいくのです。
そうやって25年ぐらいが経過すると、最初にその事業を始めた世代が引退して、その子供の世代に代替わりするのです。ここからがその時代区分の後期ということになるのですが、彼らは親の世代が順調に事業を行っているのを幼少時から青年期までの人格形成期に見ているのです。そういうプラス体験の記憶が刷り込まれているので、その時代の事業に対して肯定的評価をしがちになります。
そこで彼ら息子の世代は、親の世代のやっていた通りにやれば上手くいくと思うようになります。中には親の世代に反発する者もいますが、そういう人達でもどうしても批判や反抗は表層的なものになり、親の世代の事業に対して根本的な問題提起は出来ないものです。
しかし、息子の世代は親の世代の事業を模倣するだけで、本質的な部分を理解しているわけではないのです。また、親の世代が行った事業で解決すべきであった問題点はその時代区分の前期の間に既に解消されていますから、実はもう同じことを続ける必要は無いのです。ハッキリ言って既に親の世代のやり方では時代遅れで、むしろ有害である場合も多々あるのです。しかし下手に成功体験を横目で見ていたものですから、ついつい親の世代と同じことをやってしまい、やらなくてもいいところでやりすぎてしまうのです。
そうなると、だいたい、やりすぎはいい結果を生みませんから、その時代区分の後期においては行き過ぎや失敗が目立つようになり、25年ぐらい経った頃には最終的には行き詰ってしまいます。そこでその時代区分の後期を担っていた息子の世代が引退して、その子供たちの世代に代替わりするのです。
すると今度は、その子供たちは親たちの世代の失敗体験ばかりを幼少時から青年期までの人格形成期に見ているわけですから、親の世代の事業に対してすごくマイナスイメージを持っているわけです。また、実際に事業的にも破綻しているわけですから、問題点も明確になっているので改善事業に取り掛かりやすい環境も用意されています。そういうわけで、その50年続いた時代区分は、この子供の子供の世代によって根本的事業変革が着手されることによって終焉し、新たな時代区分が始まるというわけです。そうしてまた最初の事業開始時点に戻りループするというわけです。

こういう次第で、類似した内容を持つ時代区分は2代分の50年間で終わり、時代区分が切り替わるのであり、そして、同じ時代区分内の前期と後期の間には大きな断絶感は無く、違う時代区分に移り変わる時には大きな断絶感があるのです。
ただ、これはあくまでモデルケースであって、こういうパターンは文明が比較的に安定飛行状態にある確立期や修正期や変質期に見られるパターンで、例えば改革期の場合は、初期の解決すべき問題点があまりに多く深すぎるので、試行錯誤だけで前期25年間を費やしてしまい、その後の後期の25年間も問題解決に費やしてしまい、ほとんど成功体験を実感として味わうことがありません。この改革期の成果を活かして成功体験を積み上げていくのはその次の変質期前期ということになり、その子供の世代の変質期後期に失敗することになります。
その後の爛熟期以降、衰退期、解消期、残滓期は、あまりにも問題点が多く根本的すぎて、しかも文明はもう矛盾が溜まって下り坂なので、前期や後期にかかわらず、成功体験というものがそもそも無くなりますので上記モデルケース自体が成立しません。全ての局面においてマイナス体験だといっていいでしょう。
逆に、文明が生まれてくる黎明期以降、胎動期、草創期、形成期に関しては、文明に勢いがありますし、そもそもまだ問題点が生じるほどの文明の歴史もありませんから、前期や後期も関係なく、失敗体験というものが無く、これはまた逆の意味で上記モデルケースが成立しません。この場合は全ての局面においてプラス体験だといっていいでしょう。

そうなると、事業が順調に推移する場合を(+)として、順調に推移しない場合を(?)と表示するということにして時代区分の前期後期を全てその順境逆境を一覧にしてみると次のようになります。
黎明期前期(+)→黎明期後期(+)→胎動期前期(+)→胎動期後期(+)→草創期前期(+)→草創期後期(+)→形成期前期(+)→形成期後期(+)→確立期前期(+)→確立期後期(?)→修正期前期(+)→修正期後期(?)→改革期前期(?)→改革期後期(+)→変質期前期(+)→変質期後期(?)→爛熟期前期(?)→爛熟期後期(?)→衰退期前期(?)→衰退期後期(?)→解消期前期(?)→解消期後期(?)→残滓期前期(?)→残滓期後期(?)。
これで(+)の順境の時代が12個、(?)の逆境の時代が12個で、順境と逆境が同数ということになります。

こうした文明サイクルの体系自体が、そもそも幕藩国家文明の歴史を人間の継承していくものとしてトレースしていくことによって私の構想したパターン仮説に過ぎないのですが、これが時代の趨勢や傾向を読み解くヒントとなり、歴史から教訓や道徳を見出して伝統的価値観を受け継いでいき、健全な歴史感覚を維持していくために有意義な道具として使えればいいと思っています。
そういうわけで、この文明サイクル体系のパターン仮説を次は実際の古代からの日本の歴史に当てはめて検証しつつ、日本史全体をトレースしていこうと思っています。
そしてその文明サイクルの各時代区分のそれぞれの特有の展開パターンを発見するために江戸時代の歴史をトレースしてきたのですが、その作業がひとまず終了しましたので、まずは仮説ではありますが、今までの江戸時代のトレースから推測される、それぞれの時代区分の特徴と、そのそれぞれの間の関係性などについてまとめていきたいと思います。
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