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日本史についての雑文その129 文明の草創期
5、100年?125年 C文明の草創期前期(+)/B文明の爛熟期前期(?)

この時代においてはC文明が社会への影響力を増しつつ成長していくことになります。ただ、まだこれが一気に大きな流れになって新文明の時代を築き上げるまでにはC文明の力が蓄積されていないので、この時代においてはC文明自体の成長が前の時代よりも更に外来の刺激を強める作用を及ぼし、その強まった外来の刺激を受けつつ様々な形に変化していき、社会の各方面にバラバラに働きかけるようになり、社会に複雑な作用を及ぼすようになります。

まずB文明の求心力が落ちてきたところに外来の刺激がこの時代には脅威といえる程に増大し、新たな求心力が求められ始める時代であり、それに対応してC文明が社会への影響力を要求されるようになり、更なる具体的な理論構築が必要となり、外来の刺激も受けて、前の時代までのC文明の要素を更に発展させて、新文明の時代を準備する精神的理念のようなものがまとめられていきます。
そしてまた、前の時代までに変質してきたB文明の様々な要素とこの時代のC文明の様々な要素とが合体して、B文明の様々な成果という形でまとめられていく作業が進行するのもこの時代の特徴です。このようにしてC文明の要素は社会に深く関与していくようになり、社会を動かす経験を積んでいくことになるのです。
これらの様々な要素は既存のB文明の積み上げてきた成果であると同時に、新たなC文明を形成していくパーツの原型でもあるのですが、これらはまだまだバラバラの存在であり、1つにまとまって社会を変革していく巨大パワーにはなり得ていません。
一方、既存のB文明のほうは前の時代の反動政策を引きずってC文明との乖離を大きくしていき、現実への対応力を低下させ、新しいC文明勢力からの反発を招き、C文明の独自の発展によってB文明のほうが置き去りにされる傾向が強まります。C文明側からB文明側への抵抗運動のような形も見えてくるようになります。
もちろんこのC文明側の抵抗運動といってもB文明の成果と一体化した形での抵抗ということになり、つまりB文明を維持しようとする努力がB文明の成果自体を裏切るような形が次第に見えてくる時代でもあるということです。
このように、B文明としては、この時代は成果が明らかになってくる一方で、B文明を維持していく求心力は徐々に低下していく時代であり、C文明のほうも未だバラバラな状態であることも考え合わせると、この時代は社会から求心力というものがどんどん失われていく時代であり、国家がバラバラな状態になりつつあるのだと言えるでしょう。
こういう時代に人格形成期を送った世代は、その大部分は、このバラバラな弛緩した状態がこの時代においては実害を発生していないため、むしろB文明の挙がりつつある成果を享受することに懸命になり、次の時代でも更なる成果を得ようという意識を持ち、あまり危機感を持つことはありません。実際はこうした油断が次の時代の混乱を招くことになるのですが。
しかし一部には、この時代の社会のバラバラな状態に危機感を感じて、次の時代においては新たな求心力を作っていこうとする人達も現れてきます。


6、125年?150年 C文明の草創期後期(+)/B文明の爛熟期後期(?)

この時代においては、まずは前の時代から引き続きC文明が社会への影響力を更に増していき、それにより外来の刺激を更に強めて、それを受けてC文明が更に社会の各方面に影響を及ぼして、各方面においてB文明の積み上げてきたものと合体して一種の慣習的なものとしてB文明の成果を形成していくという相乗効果を繰り返し、その結果、とうとうこの時代においてB文明の成果がハッキリした形で現れてきます。この時代は一見したところ、既存のB文明が最高の繁栄を見せているように見えます。
しかしこのような相乗効果による急成長が繰り返される過程で、C文明はどんどん発展し、外来の刺激も強くなり、その反面既存のB文明は現状に対応できなくなっていき、社会矛盾が表面化するようになり、新旧文明のせめぎ合いによる混乱も生じるようになって世の中は騒がしくなっていきます。
こうしてB文明を維持しようとする求心力が失われていくと、社会はますますバラバラな状態になっていき、それを収拾しようとしてそれに代わる新たな求心力を求めて、前の時代においてC文明から生まれた新しい精神的理念を政治的理念に昇華させようという動きも出てきます。これにより、C文明がB文明の在り方を否定的に解釈する原理を持つようになっていくのです。これはまだ明確な革命イデオロギーというわけではなく、単に衰弱したB文明の求心力に代わる新しい求心力を求めて世の中を安定させようという試行錯誤に過ぎないのです。
しかし、B文明による社会支配体制をあくまで維持しようという勢力はこれらの動きに警戒感を強め、この時代終盤になって、C文明勢力を押さえつけてB文明の矛盾を一気に克服しようという反動攻勢をかけますが、この時期には既にB文明の成果はC文明の要素と不可分の関係となっており、C文明を否定することは自らのB文明の伝統をも否定するに等しい状況になっており、この反動攻勢は失敗します。
ここにおいてB文明の主導原理は決定的に行き詰まり社会への統制力を失い、しかしC文明のほうも未だ社会を統制できるほどのものでもないので、一時的に社会から求心力が失われ、混乱状態に陥ります。そのように社会が脆弱性を増したために外来の刺激が強まり、脅威といえるレベルにまで達します。
こうした社会的危機や対外的危機に対応して、C文明側から新しい精神的理念や政治的理念を持った新興勢力が現れてくるようになり、B文明の成果を使って事態の打開を図ろうとするようになります。この動きが新しい文明を作っていくパワーに繋がっていくのです。
こうした新興勢力のパワーは外来の刺激を受けた社会変革のエネルギーに由来したものであるので、このパワーが台頭することによって日本の伝統的価値観にとっては一種の危機的状況が出現します。また、対外的危機感の高まる中でこの新興勢力の持つ理念の求心力を高めていくためには伝統的価値観の裏打ちが必要でもあることからも、この新しい理念は外来的性格と伝統回帰的性格を併せ持ったものとなるのです。但し、この伝統回帰はB文明が積み上げてきた伝統とはやや異質なもので、それよりも根源的なものに回帰したものになりがちです。
つまり、この新しい理念だけで新文明が作られた場合、伝統の継承という意味では危機的状況が到来することになるのです。しかし実際にはこの後のほうの時代においてB文明の成果も有効活用されて新文明は作られていくのであり、またB文明のエッセンスはC文明にも消化吸収されていくのであるから、伝統は継承されていくのです。ただこの時代から少しの間、伝統の継承という意味での混乱期があるというだけのことです。
この時代はこうして社会が混迷へと向かっていくところで終わりますから、この時代に人格形成期を送った世代は、大部分の人は既存の価値観を見失い混乱した状態に陥ります。そうした中で危機感や問題意識を強く持った一部の人達が新興勢力を形成して、新文明を建設していこうとするのです。そして次の時代に入ると他の大部分の人達も危機感を強く持つようになりますから、次第に新興勢力と理念を同じくして新文明建設に参加していくようになります。
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