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日本史についての雑文その130 文明の形成期
7、150年?175年 C文明の形成期前期(+)/B文明の衰退期前期(?)

この時代の初期において対外的危機と社会危機のレベルが更に一段上がり、国家体制そのものの危機が生じ、それに対応して社会体制の根本的変革を求めるラディカルな革新思想が生まれます。ただ、この革新思想は求心力を高めるために伝統回帰色もいっそう強いものとなっています。

これはつまり前の時代の終盤に出てきたC文明の新興勢力の保持していた理念を更に進化させたものですから、この革新思想が広まるのと連動してC文明の新興勢力の勢力も広がっていきます。そしてこの革新思想によって、前の時代においてはバラバラであったC文明の新興勢力やB文明の成果が次第にまとまって一大勢力を形成していくようになります。
そうしているうちにもますます危機も深まっていくのですが、そうした中、この時代の前半において新興勢力の中から更に革新的な先駆者たちが現れて、新興勢力の革新思想をベースにして更に独創的なアイデアや外来の新しい思想を取り入れて、新しいC文明を基礎とした新しい体制を構築する基本理念のアイデアを示し、そのアイデアを実現すべく先駆者が先頭を突っ走り時代を牽引し始め、それに新興勢力がついて行くという構図が出来上がります。
もちろんそれは簡単な道のりではなく、支配原理としては形骸化したとはいえB文明の勢力は多く残っており、体制の変革に抵抗します。また先駆者と同じC文明勢力の中にもB文明の成果を援用しつつ漸進的改革を志向する勢力もあり、先駆者の革新的方法論と対立します。
これらの守旧勢力と先駆者+新興勢力の激しいせめぎ合いが展開され、次第に先駆者のほうの勢力が優勢になっていき、この時代の終わりには、先駆者側が決定的に優勢な状態を作り、守旧勢力を抑え込みます。
これら守旧勢力は必ずしも悪で排斥されねばいけないものというわけではないのですが、この危機の時代にあっては、既に統制力を失っているB文明の支配体制を早急に解体して新規のC文明の支配体制に切り替えることによって混乱期を最小期間にとどめるためには、先駆者たちの革新的方法論のほうが適当であるということになります。
この守旧勢力とのせめぎ合いを早急に勝ち抜くために先駆者側は外来文明の力を利用することになります。そういう経緯でこの時代に形成される新文明の体制においては外来文明の影響が強くなり、伝統的価値観はやや軽視される傾向となり、この時代の終わりまでには伝統的価値観やB文明の遺風などのほうを重視する傾向はほとんど無くなります。
このように旧来の価値観は軽んじられる傾向となる上に、この時代はC文明がB文明を凌駕していく時代ですから、B文明は主導権を奪われてどんどん混乱し活力を失っていくことになり、伝統の継承という見地では危機的状況ということになります。
しかし、そもそも先駆者も、その母体となった新興勢力も、B文明の成果を土台として出現してきたのであり、その行う新文明建設の事業も、この時代においても実際の現場においてはB文明の成果を有効活用して行われていたのであり、B文明の成果はしっかり継承されているのです。ただこの時代においては先駆者の先進性が目立つので、新興勢力によるこうした地道な文明の継承は目立たなくなっているだけです。
この次の時代には先駆者はやや後退して一般の新興勢力の動きがメインになってきますので、B文明の成果の有効活用も確認されるようになります。ただ、この後しばらくの時代において外来の新文明重視の傾向が続くのもまた事実であり、B文明の成果はしばらく日陰の存在として残存していくことになります。
この時代はこのように新しいC文明の体制のスタイルが形成されていく激動の時代であり、ここで人格形成期を送った世代は、この時代を牽引する先駆者の思想に共感し、次の時代においてもその流れを引き継いで新文明建設に献身しようという思いを強くすることになるのです。


8、175年?200年 C文明の形成期後期(+)/B文明の衰退期後期(?)

この時代は、C文明の先駆者と新興勢力が前の時代に引き続き新文明の体制を作り上げていきます。守旧勢力とのせめぎ合いはまだ続いていますが、この時代に入ると先駆者側の優位はもはや動かず、むしろ先駆者や新興勢力同士の主導権争いが主になってきます。
このようにしつつ着々と新文明の体制は形成されていくのですが、この時代になると先駆者の先進性に新興勢力の他の者たちも追いついてきて、新興勢力のほうが新文明形成の主役になってきます。そうやって新文明形成事業の担い手の裾野が広がるにつれて新しい文明スタイルが社会に広く浸透していくことになります。
そして新興勢力が先駆者に追いつくようになると、先駆者の過激路線のほうが少し後退して、この時代は新興勢力のやや穏健な手法のほうがメインになってきます。その新文明形成の手法としては、外来文明の力を有効利用して新文明の推進力としつつ、同時にB文明の成果も有効利用して新文明の普及力を高めていくということになります。
こうしてB文明の成果も新文明の中に水面下で受け継がれていくことになるのです。そして同時に、B文明はその成果を新文明形成のために全て放出して、その力を完全に失っていくことになるのです。
このようにして新興勢力は守旧勢力をどんどん駆逐していき、この時代の後半にはB文明は社会を動かす力を完全に喪失し、その基盤となる社会制度も崩壊します。
しかしそうなってくると少し困ったことが起きてきます。もともとこの新文明形成の膨大なエネルギーとその過剰な革新性は、守旧勢力を早急に駆逐して早めに新しい秩序を作るための一種の必要悪のような存在であったので、そのエネルギーを向ける先である守旧勢力が消滅してしまったことによって、そのエネルギーを持て余すことになってしまい、新興勢力の内輪争いや海外への侵略行為、また外来文明が強くなりすぎて伝統破壊が行き過ぎたり、そういう余計なことを引き起こすことにもなったりします。
そこで、そうした行き過ぎを是正するために、この時代の後半においては伝統的価値観による中和が行われることになります。つまり新文明の圧倒的なパワーや攻撃性の源は外来文明の力なのであって、そうした部分の行き過ぎを鎮めて程よくバランスをとるためには、日本古来の伝統的価値観と習合させて折り合いをつけるのが良いわけです。
こうしてこの時代の後半に外来文明と伝統的価値観の習合が成立して新文明がやっと落ち着いてスタートを切ることになるのです。しかしこの後の時代においてもしばらく新文明の更なる建設のためには随時、外来文明の力が必要になるので、外来文明はまだ取り入れられることとなり、それにつれてまだ葛藤は生じていくことになるのですが。
とにかくこのように外来文明と伝統的価値観の習合によって新文明が晴れて形を整えてスタートしたことによって、ひとまず内部の危機は乗り切ることに成功し、それに引き続いて対外的危機も克服し、前の時代の最初に生じた国家的危機は、この時代の終わりにおいて、とうとう克服されたのでした。
この時代に人格形成期を送った世代は、この時代において危機や混乱が克服されたことに安堵し、再び世の中が混乱しないように新文明を磐石のものにしていこうという意思を強く持つようになります。そうして次の時代には、このスタートした新文明の体制が本格的に建設され整備されていくことになります。
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