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日本史についての雑文その131 文明の確立期
9、200年?225年 C文明の確立期前期(+)/B文明の解消期前期(?)

この時代は新しくスタートしたC文明の体制を磐石なものに整備するために、強力な推進力で次々に施策を打ち出して創業が行われる時代です。
この時代の創業の担い手達は、前の時代の先駆者や新興勢力ではなく、新興勢力から生まれてくる新しい勢力であり、旧文明であるB文明体制を出自とする新興勢力とは違い、この新しい勢力はB文明体制をほとんど知らない世代であり、新興のC文明体制を出自とする、まさに「新文明の申し子」といえる勢力であり、新文明勢力と呼ぶことにします。

彼ら新文明勢力は、前の時代の混乱や危機を嫌い、新文明がそういう状態に逆行しないようにするために新文明を磐石なものにしようとします。
そもそも前の時代やその前の時代において混乱が生じた原因は、端的に言えば、守旧勢力と新興勢力が相争ったからです。もちろん争ったのにはそれなりの事情があったのですが、そうした事情が解決してしまったこの時代から見れば、とにかくそれらの勢力は混乱の元凶のようなもので、それら勢力さえ消えてくれれば混乱が生じることはないというふうに見られることになるのです。簡単に言えば創業を志向する時代においては、混乱期の人材はもう厄介者扱いしかされないということです。
つまり新文明勢力から見れば、守旧勢力と新興勢力は共に排除の対象となるのですが、この時代においては既に守旧勢力はほとんど力を失っていますから、新文明勢力の主要な敵は新興勢力ということになります。つまり新文明勢力は、攻撃性の強い新興勢力が再び混乱を引き起こさないように押さえつけて、新文明を安定させていこうとするのです。
しかし新興勢力は前の時代において絶大な実力を誇っていたのであり、侮れない強敵です。それを押さえ込もうというのですから、新文明勢力には新興勢力を更に超える強大なパワーが必要になってきます。新興勢力のパワーの主要な源泉は外来文明の力でしたから、新文明勢力もまた、それに対抗していけるだけの外来文明の力を備える必要がありました。
こうして、この時代においてもやはり外来文明の要素は大いに取り入れられることになり、外来文明の力を使って新文明の建設が進められていくことになるのです。
前の時代の後半にせっかく外来文明と伝統的価値観のバランスをとって新文明をスタートさせたのですが、またここで再び外来文明偏重の傾向が始まることとなったのです。新興勢力も外来文明の力には頼っていましたが、もともとB文明体制の中から生まれてきた勢力でしたからB文明に保持されていた伝統的価値観にも繋がっていたのですが、この新文明勢力の外来文明偏重傾向は旧文明に関わりが薄いだけに、より純粋なもので、伝統的価値観を軽んじる傾向がより強かったのでした。
この時代の前半においてはまだ新興勢力も新文明勢力と拮抗した力を持っていたのですが、後半になってくると次第に新興勢力は新文明勢力に押さえ込まれるようになっていき、それに並行してB文明の原理の社会への影響力も減少していくことになります。そして社会では外来の価値観が重んじられ、伝統的価値観が軽んじられるようになっていきます。
ただ、もちろん良い面もあるのであって、そうやって新興勢力を押さえ込むことによって混乱の要因を排除して新文明の基盤は整備され安定していくのであり、新文明は成長への準備段階に入ることが出来るようになったのです。
こうした時代に人格形成期を送った世代は、徐々に成果を挙げつつある新文明建設事業を次の時代も引き続き、完全な安定を得るまで進めていこうと思うようになります。


10、225年?250年 C文明の確立期後期(?)/B文明の解消期後期(?)

この時代は前の時代に引き続き、新文明勢力によって新興勢力を押さえ込んで新文明を建設していくという事業が進められます。それに相まって外来の価値観が重視され、伝統的価値観は軽んじられる傾向は強まっていきます。
ところが、この時代の前半の比較的早い段階で、新興勢力は完全に力を失い、新文明勢力に対抗することは出来なくなります。そうなると、新文明は完全に安定し、新文明建設も一段落して初めて本格的に新文明建設の収穫を享受することが出来るようになります。そして収穫を享受することによって新文明の有難味が多くの人々に実感されるようになり、新文明であるC文明は本格的に定着していきます。これでもう簡単には以前の混乱状態には戻らないようになったのです。
こうなると新文明勢力としても外来文明の力を過剰に必要とはしなくなりますので、外来の影響を管理独占していこうとするようになり、次第に制限していこうとするようになります。しかし外来の価値観を重視する傾向は止めることはなく、それは新興勢力を抑えていくために継続していくことになります。
そういう状況ですから新興勢力やそれに連なる旧来のB文明の価値観、伝統的価値観の影響力は更に急降下していきます。それにひきかえ新文明勢力の勢いは最高潮に達し、そもそも比較の対象にすらならないぐらいの懸隔が生じるのですが、新文明勢力は新興勢力を攻撃するクセがついていますので、実力差が歴然として以降も、新興勢力を抑圧し続けることになります。
新文明勢力にとっては新興勢力を叩くのは元来は新文明の安定のための手段であったのですが、新文明が安定してしまった後は、新興勢力を叩くことそのものが目的化してしまうようになるのです。
こうして、この時代の後半においては、新興勢力やそれに連なるB文明の価値観に対するやや過剰な攻撃姿勢が目立つようになり、それによって新興勢力側も苦しむようになり、かえって社会が不安定化するようになるのです。そしてこの時代の終盤には、追い詰められた新興勢力側が再び危機の時代を演出して自分たちの居場所を作ろうとして時代を逆行させようとするのです。つまり形成期前期への復古を試みるという逸脱を起こすようになるのです。
この時代の終わりには、こうした新興勢力側の試みは、もちろん時代の流れに完全に逆行したものですから失敗します。それによって新興勢力は消滅し、新興勢力の保持していたB文明の価値観もそのパワーをこれで完全に放出して、その社会への影響力も完全に喪失してゼロになります。
しかしB文明の価値観は最後にこうして存在感を示すことによって次の時代にその残滓を残すことになり、そのエッセンスの需要を喚起することに成功するのです。
そして、こうした新興勢力の逸脱的な反撃を受けて、新文明勢力は新興勢力への過剰な抑圧方針を反省することになり、強圧的な方針は改めて、達成した安定状況の中で外来の価値観を調和的に普及させつつ、新文明の安定成長を促す路線へシフトすることになります。こうしてこの時代は終焉し、次の時代に切り替わるのです。
この時代に人格形成期を送った世代は、初めて新文明の収穫を享受した世代ですから、新文明やその主導原理となっている外来の価値観の正当性と将来性は強く確信し、更なる収穫を求めて安定と成長を望むようになりますが、この時代の終盤に起きた逸脱を教訓として強圧的方針には否定的となります。そして、この逸脱事件の際に垣間見た旧文明の価値観の鮮烈な印象は心に焼き付いて次の時代に持ち越すことになるのです。
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