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日本史についての雑文その133 文明の改革期
13、300年?325年 C文明の改革期前期(?)/D文明の黎明期前期(+)

この時代は、前の時代の終わりに、成長の頂点で矛盾が表面化して行き詰ったC文明を再生させるための試行錯誤が繰り返される時代です。
そもそもC文明が行き詰ったのは外来の価値観を主導原理として急成長を遂げたために文明システムそのものに大きな矛盾が生じてしまったからであり、これを根本的に解決して再び社会を成長路線に戻すためにはC文明に替わる新しい文明システムを構築しなければいけないのでした。

しかし早急に新しい文明を構築することは無理でしたし、具体的にどのような文明を作ればいいのかも全く暗中模索の状態でした。
そこでさしあたりはC文明の補修を行い再生させて、新しい文明が出来上がるまでの時間稼ぎをしておいて、その間に新しいD文明を構築していこうということになります。そうやって文明から文明への継承をスムーズにして、間に断絶を作らないようにするのです。
そこでまずはC文明の補修ということで、前の時代に発生した諸々の問題点の収拾が必要となります。だいたいこれだけでこの時代の前半は費やされます。ただ、こうした営み自体がC文明の再生や新文明の構築に関するヒントになったりします。
そしてこの時代の後半になると、C文明の再生のために試行錯誤が行われます。まず旧文明であるB文明のエッセンスによって日本化されたC文明の、元来の外来価値観だけではなく伝統的価値観に基づいた新たな文明の主導原理が固められます。つまりC文明自体をリニューアルするというわけです。
そうしてC文明の主導原理をリニューアルした後、文明の再生計画の方針を固めたところでこの時代は終わることになります。
その計画の方針とは、簡単に言えば「C文明再生のための原点回帰」と「新規D文明の創出のための進取」の二本立てということになります。
原点回帰とは確立期前期の精神、つまり創業精神に立ち返るということです。これはどういうことかというと、C文明の主導原理を外来価値観一辺倒のものから伝統的価値観も加味したものに改めることによって修正期後期のような失敗のコースには歩まないようにしておいて、その上でC文明を確立期前期の創業時からやり直すことで、C文明の余命を少しでも延ばして、D文明が育ってくるまで少しでも時間稼ぎをしようということなのです。
そもそも確立期前期の時代精神というものは形成期終盤に固められた「外来思想と伝統的価値観の習合」がそのまま受け継がれたものであり、それがその後、新文明体制建設のために外来思想に偏していったのが修正期の急成長の末の破綻を生んだのであり、ここでC文明の主導原理を外来価値観と伝統的価値観に基づいた元来のものに回帰させて、そのままブレさせないようにして歴史をやり直してみることで時間稼ぎを図ることが可能になるのでした。
そうやって稼いだ時間を使って新規D文明を創出していくのですが、そのためにまず必要なことが進取なのです。新規D文明のベースは、あくまでB文明のエッセンスによって日本化されリニューアルされたC文明なのです。これはこの時代においてはこの文明しか存在しないわけですからまずこれがベースになります。このネオC文明に新しい要素をどんどん取り入れて新しいD文明の要素になりそうなものを探すのです。
その新しい要素は何処に求めるのかというと、前の時代である修正期の急成長によって今まで存在しなかった新たな階層や社会集団や文化が勃興してきているはずなので、そこに新規D文明に繋がる新しい要素が隠れている可能性が高いといえます。また、修正期の急成長によって外界との接触が増えて、今までとは違ったタイプの外来の刺激が生じてくる可能性が高いのであり、それを新規D文明に取り入れる新しい要素として使うことも出来ます。
そもそも修正期の高度成長というものの文明史的な存在意義とは、このように修正期の次の改革期において、次の新たな文明を創出するための新たな要素を生み出すためにあるのではないかとも思えます。
このように、新規D文明というものは、ベース部分は日本化されたC文明であり、それに新しい要素や外来の要素を付け加えて作られるのであって、D文明は元来、伝統と進取の両面を併せ持ったものだといえます。伝統の上に新しい要素を様々に取り入れてみるという試行錯誤によって新文明は模索されていくのです。
このように、C文明の再生方針と新規D文明の創出方針の2つの計画のグランドデザインが定まったところでこの時代は終わり、次の時代にこれらの計画が実行されていくのです。
この時代に人格形成期を送った世代は、こうしてやっと定まった文明再生計画を次の時代において成し遂げていこうと考えるようになります。
ちなみに、後で詳しく触れることになるかと思いますが、現在2007年というのはこの改革期前期にあたっています。2000年?2025年がこの国民国家文明の改革期前期の時代にあたりますから、現在はこの時代の前半期であり、ここまでの国民国家文明、つまり1850年ぐらいから時代を作ってきた近代文明の時代に溜まったツケや歪み、まぁその中でも特に戦後日本、つまり国民国家修正期に溜まったツケが最も多く深刻なのですが、それらがこの時代の前時代である修正期後期、つまり1975年?2000年の時代に一気に噴出してきたのを受けて、そうした歪みをひとまず是正して国民国家文明を補修している段階ということになります。これがあと5?6年ぐらいしてきたらなんとか目処がついて、2012年ぐらいから、国民国家文明の再生や新文明の創出に向けての道筋をつけるための試行錯誤が始まることになるのです。いや、というよりも、我々がそのようにしなければいけないのです。
これから2025年までにこうしたことを成し遂げていくためには、現在20歳代?40歳代の世代が特に奮起していかなければいけないわけですが、この世代は悪しき戦後教育の弊害をモロに受けている世代でもありますので、なかなか先行きは厳しいと言えます。
しかしここをなんとか乗り切らねば先祖にも子孫にも申し訳が立たないわけで、この現在20?40歳代の世代の中でも指導的立場にいる人達の責任は重大で、最悪でも自分達だけの力ででも強引にこの時代を乗り切って、やるべきことをやって次の時代を次の世代に引き渡さなければいけなくなってくるでしょう。もちろん私自身もその一人であるという自覚を持っていますが、出来るだけ多くの人がそうした自覚と覚悟を持っていただきたいと願っております。


14、325年?350年 C文明の改革期後期(+)/D文明の黎明期後期(+)

この時代は、前の時代に方針の決まった文明再生計画を実行していく時代ということになります。この計画は「C文明再生計画」と「D文明創出計画」の2つの計画に分かれていますが、この時代における実際の実行においてはこの2つの計画は渾然一体のものとなります。
すなわち、B文明のエッセンスを取り込んだことによって日本化されたC文明の文明原理を伝統的価値観に則ったものにリニューアルすることによって、C文明の社会への浸透力や影響力をより強固なものとして、社会に伝統的な「法による支配」を確立します。
そして、そうした新たな社会への統制体制を使って社会に関与していき、修正期の急成長によって生まれてきた新興階層や外来刺激などに働きかけて社会の構造改革や意識改革を進めて物質的にも精神的にもニューフロンティアを開拓して、こうした新しい文明要素をC文明の新たに伝統的価値観に則った主導原理によって統制していきます。
こうしたC文明再生の営みの中に新規D文明の創出計画が組み込まれて統制されているのがこの時代の特徴であり、こういったC文明再生計画の主流から洩れた新規D文明の息吹は先覚者の個人的サークルにおいて保持されることになりますが、まだこの時代においてはその影響力はほとんどありません。
どうしてこの時代においてはC文明再生計画の中にD文明創出計画が組み込まれて、D文明の要素がC文明再生のために使役させられて統制されているのかというと、それはまだこの時代においてはD文明の力が微々たるものであり、それゆえにC文明によってD文明が統制可能になっているのです。
むしろ、D文明にとってもC文明の庇護によって生育することが出来るのは有利であるし、C文明もこうしてD文明と一体化することによって新規の要素も取り入れることが出来て、C文明の再生も社会の変化に沿ったものとなり、上手くいくようになるのです。
ただ、これはあくまでD文明がまだ弱体であるから成り立っている状態なのであって、D文明が自律的発展をすることが出来るようになれば、このような関係は本質的には成り立たなくなりD文明の統制は不可能になるのですが。
とにかく、こうしてC文明の再生事業は、確立期前期の精神に立ち返り「新たな創業」という姿勢を示しつつ、打っていく手は未来に向けた先進的な方法論であるという、保守性と革新性の絶妙のバランスのとれたものとなっていくのです。
そしてこの革新性、つまりD文明由来の部分が社会に作用して、この時代から少しずつ社会の変質が始まっていくことになるのです。
こうしてC文明再生のための改革が一気に進められ、その成果が現れてC文明がひとまず再生される頃にこの時代は終わることになりますが、この時代に人格形成期を送った世代は、やっと成果が現れてきた改革に自信を持つようになり、この勢いで再び社会の成長を取り戻そうとして、次の時代においても更なる改革路線の継続を図るようになります。
ちなみに、この現在の国民国家文明のサイクルにおいてこの時代に相当するのが2025年?2050年ですから、この改革期後期という重大な転換期を担う世代は、現在2007年においてはまだ大半が産まれておらず、一番上の世代でもまだ10歳にもなっていない子供達ということになります。つまり、今の時代の子供達、私達の子供達がこの時代の未来の担い手達なのです。現在において教育再生が絶対的に待った無しである所以といえるでしょう。
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