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日本史についての雑文その137 文明の解消期
21、500年?525年 C文明の解消期前期(?)/D文明の確立期前期(+)

この時代の初期においては、C文明は社会を動かす直接的な力というものは既に失っていますが、その社会の動向への間接的影響力はまだかなり残っており、理念としてのC文明はまだまだ侮れないものがあります。
しかし過去の弊風を排除して新規D文明を不可逆的に磐石なものに整備していこうとする新文明勢力の人達はこうしたC文明の影響力を嫌うようになります。

また、そうしたC文明の価値観を保持している、形成期において主導的役割を果たした新興勢力を排除しなければ彼ら新文明勢力の新文明建設は進まない状態であったので、どちらにしてもC文明の影響力はこの時代においては攻撃対象となり、減退させられていく宿命にあったのでした。
そしてまた、そうした強引な新文明建設事業を推進していく原動力として外来の価値観が重視されるようになりますので、ここでまた再び外来文明偏重傾向が生じて、伝統的価値観に連なるC文明の遺風は抑圧されていくことになり、その影響力を減らしていくこととなるのです。
こうしてこの時代においてC文明の影響力は次第に減少していき、この時代の終わる頃には当初の半分ぐらいにまで減少するようになります。
ただ、そうやってC文明の遺風が消え去っていく反面、新規D文明体制の建設事業は着々と進み、社会は安定してきて、成長への準備段階に入ることが出来るようになるのです。
なお、この時代に社会の中核を担った世代は、この前の時代でまだC文明の価値観の影響力を保持した親の世代に薫陶を受けて人格形成期を送りますが、同時にその時代はC文明的価値観が時代遅れになりつつある時代であり、C文明的価値観の影響を受けながらも、同時にそれに対して懐疑の念を抱いて人格形成を果たしてきた者が多いといえます。そういう者たちの多くがこの時代に入ってからの展開を見て、更にC文明的価値観の影響力から脱していく過程がこの時代だといえるでしょう。
また、この時代に人格形成期を送った世代は、大部分の人はこうした建設事業の明るい面を歓迎し、次の時代にも同じようにして安定と成長の達成を望むようになり、C文明の影響力の減少を嘆くような人は少数派であると言っていいでしょう。


22、525年?550年 C文明の解消期後期(?)/D文明の確立期後期(?)

この時代においても前の時代に引き続き、C文明の影響力が更に減少させられていくことになります。それは具体的には、新文明建設事業の一環として、新文明勢力による新興勢力に対する撲滅作戦が熾烈になっていくことによって、C文明の影響力を行使することの出来る新興勢力そのものが全く無力化されていくということでした。
しかし、この時代の早い段階で、新興勢力は新文明勢力に対抗するような力を失うことになります。そうなると新文明建設事業としては、これ以上、新興勢力を攻撃する必要は無くなってくるのですが、この時代になると既に新興勢力の撲滅自体が目的化するようになっており、新興勢力への過剰な攻撃が継続されます。
そうなると、この時代の終盤になって新興勢力側も最後の反撃を試みることとなり、伝統的価値観に繋がるC文明の成果の残存影響力を全て放出して、時代を形成期前期の混乱状態にまで一気に引き戻して新興勢力の存在価値を回復しようとします。
こうして、片や極端に伝統的価値観を偏重する新興勢力と、片や極端に外来価値観を偏重する新文明勢力という、両極端の価値観に社会が分裂するようになり社会が不安定化し、少し混乱状態に陥ります。
この混乱の結果、新興勢力は消滅し、C文明は全てのパワーを使い果たして、C文明の社会に対する影響力は完全に失われます。こうして新文明勢力が完全勝利を収めて、外来価値観がD文明体制における唯一絶対の価値観となったように見えます。
しかし、この最後の混乱状態においてC文明の影響力は一気に社会全体に撒き散らされることとなり、その担い手である新興勢力は力を失って影響力を社会に及ぼしていくことは出来なくなりますが、社会の成員一人一人にC文明の残滓を刻み付けて、社会にC文明のエッセンスを残留させることに成功することになるのです。
そして、新興勢力やC文明の影響力が完全消滅することによって、極端な外来価値観のみを社会の主導原理としていくことは社会を偏ったものとして不安定化させることになり、次の時代においてはその解決が求められることになるのです。
こうした問題点は最後に噴出したものの、この時代においては新規D文明の建設が完了しその収穫も得られるようになります。
なお、この時代に社会の中核を担う世代は、この前の時代においてC文明的価値観の影響力が弱まっていく中で人格形成期を送りますから、この時代においてもC文明的価値観の影響力が消えていくことに大部分は抵抗することはなく、そういう意味でもこの時代はC文明の影響力の解消期なのだといえます。
また、この時代に人格形成期を送った世代は、次の時代には更なる安定と成長を求めるようになりますので、C文明の影響力の消滅自体については特に感慨は無く、外来価値観の優位は素直に認めるようになります。
ただ、終盤の混乱はやはり印象に強く残り、あまり極端な強行方針によって社会を不安定化することはあまり歓迎されなくなり、寛容が求められるようになります。そして、混乱時に示されたC文明の最後の散り様には人々は強い印象を覚えるようになり、C文明のエッセンスはいつの間にか人々の心に植えつけられることになります。
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