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日本史についての雑文その138 文明の残滓期
23、550年?575年 C文明の残滓期前期(?)/D文明の修正期前期(+)

前の時代の最後においてC文明はその影響力を完全に失いましたが、社会に影響力を及ぼさなくなったとしても、その文明の残滓というものは残るものであり、それが濃縮されてエッセンスとなっていくのがこの時代です。
この時代に社会の中核を担うようになる世代は、この前の時代の人格形成期においてもう既にC文明的価値観の影響をほとんど受けていないのですが、C文明的価値観の影響を残していた両親や祖父母に思いを馳せるように、客観的にC文明的価値観について向き合う人が少数ながら出てくることになります。そういう人によってエッセンスが抽出されていくのです。

エッセンスはその文明の精神的な核の部分が純化されたもので、社会に働きかける力は無いが、人間の精神に直接影響を与えていく力があるのです。
この時代においてはC文明の残滓が消えようとする間際に、D文明の中にそのエッセンスが取り込まれていきます。つまり外来思想に偏重したD文明に伝統的価値観を重視したC文明のエッセンスが取り込まれることによって、D文明の日本化への道が開けるのです。
ただ、ハッキリとD文明が日本化されていくのはまだ後のことで、この時代においては単にエッセンスを取り込んでいくというだけのことであり、D文明の主導原理は相変わらず表面的には外来価値観偏重なのです。
この時代にC文明のエッセンスがD文明に取り込まれていくのはどうしてなのかというと、抵抗勢力の消滅した状況において外来の価値観のみを社会の主導原理としていくことは社会を不安定化させることに繋がるので、社会を安定させて成長路線に乗せていくためには、D文明の外来価値観とセットで、伝統的価値観に繋がるC文明のエッセンスも社会に浸透させていくことになったからです。
エッセンスならば、直接に社会に影響を及ぼすものではないから安全ですし、C文明のエッセンスならば、前の時代の終盤以降、人々の印象も強かったので多くの人に受け入れやすかったというのもあります。
こうしてD文明の外来価値観とC文明のエッセンスが共に社会に浸透していくようになると、それらは一般社会レベルにおいては水面下で同一化していくのであり、それが次の時代には内部で化学変化を起こしていくようになるのです。つまり、D文明の中に取り込まれたC文明のエッセンスがD文明を日本化していくのです。
この時代はそうした状況に至る一歩手前の段階で、D文明の外来価値観とC文明のエッセンスが共に社会に浸透していき、社会を安定させるために自然的に相互補完的に機能するようになっていき、一般社会のレベルでは一体化していきつつある時代なのだということになるでしょう。ただ、まだ化学変化を起こすまでには至っていないと言っていいでしょう。
この状態は、D文明の外来価値観はハッキリとした体系として存在し、一方でC文明のエッセンスは漠然とした精神のようなものでしか存在していませんから、一見するとC文明は呑み込まれて消滅し、D文明の原理だけが存在しているように見え、D文明が完全勝利したように見えます。
実際はこの時代の安定はC文明のエッセンスも共に普及していることに依拠しているのですが、それはなかなか意識されることはなく、D文明の外来価値観の力のみによってこの時代の安定や成長がもたらされていると思う人が多いのです。特にこの時代に人格形成期を送った世代にはそういう傾向が強く、次の時代もD文明の力で安定成長を持続していこうと思うようになるのです。


24、575年?600年 C文明の残滓期後期(?)/D文明の修正期後期(?)

この時代は、D文明の中に取り込まれたC文明のエッセンスが内部で熟成して化学変化を起こしてD文明を日本化していく時代です。そうして、日本化されたD文明という新たな価値観を生み出すのです。
この時代において社会の中核を担う世代は、もうその人格形成期においても全くC文明の影響を受けていないのですが、前の時代で親の世代の一部が抽出してD文明の中に取り込んだC文明のエッセンスについて興味を示し、その熟成に関与するような人達も少数ながら現れてくるのです。
何故この時代においてD文明が日本化される必要があるのかというと、もともと外来価値観を主導原理としたD文明は日本の実情に合わないところを無理に合わしてきた部分があったのですが、新文明建設後の急成長の結果、社会の状況が激変してD文明の元来持つ矛盾が増幅されてとうとうD文明は制度疲労を起こし、それによってこの時代の後半には成長も停滞し社会の安定も損なわれるようになったのです。
それに対する処置として、D文明の主導原理を伝統的価値観に則ったものにしてD文明を日本化して、日本社会との摩擦によって生じる無駄なリスクを低減させる必要が生じたのです。そしてそのために既にD文明内に取り込まれていたC文明のエッセンスによってD文明内で化学変化を起こし、D文明を日本化していくことになったのです。
しかし、これはあくまで応急処置的なものであり、D文明は既に自らの達成した急成長のツケで制度疲労を起こしてしまっているのですから、多少摩擦リスクを減らしたところで事態の根本的解決には至らないのです。
問題の本質は、急成長の結果、社会成員間の関係が複雑かつ濃密なものとなり、それによって生じるトラブル解決のために日本社会に根ざした道徳観が必要であるのに、外来価値観に依拠したD文明の体制下では道徳観は衰退していくということなのです。
D文明の制度疲労の原因はそれであり、矛盾の本質もそこにあるのです。それらが表面化してしまった以上は、D文明のみの影響下での道徳観の復活は困難なのであり、D文明とはまた別個の、伝統的価値観に則った新たな文明を立ち上げることによって道徳観を復活させて急成長後の社会混乱に対処していく必要があるのです。
このD文明の日本化というものも、D文明の再生のみを目的とするのではなく、日本化されたD文明を母胎にして更に新たなE文明を生み出すということが更に重要な目的ということになるのです。
この時代に人格形成期を送った世代は、その多くの人は行き詰まりや混乱に当惑し、次の時代もしばらく暗中模索の状態に陥りますが、一部の人達はこうした文明の再生のサイクルの本質を理解して次の時代には試行錯誤していくことになり、徐々にそれを理解していく人も増えてきて文明は再生方向へ向かうことになります。
こうしてD文明はもともとのD文明とは違った存在に再生し、C文明のエッセンスはD文明に伝統的価値観を継承して、新しく再生したD文明の中の要素として昇華して、その姿を消すことになります。ここにおいてC文明は完全に消滅することになるのですが、次の時代においてはこのC文明のエッセンスを引き継いだ再生D文明から次の新しい文明であるE文明が生まれてくることになるのですから、C文明は消滅しても後代にそのエッセンスは確実に伝わっていくことになるのです。

以上、文明サイクルの600年間を25年間ずつの24時代区分に分けて、その文明の生まれてから消滅するまでのストーリーを説明しました。
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