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日本史についての雑文その141 外来文化の受容
このように600年間の文明サイクルの連鎖を見渡してみると、常に定期的に繰り返されるパターンとして、とりあえず外来文化を入れておいて、その後で日本の実情に合わせて改良していくというパターンです。一言で言えば、外来価値観と伝統的価値観の相克相生の歴史ということになるでしょう。
この、外来文化を受容してそれを日本化していくということを繰り返すというのが日本における文明サイクルの特徴的な性格で、そうした外来文化の大胆な受容と、それをまた容易く換骨奪胎してしまうことが可能であるのは日本本来の伝統的価値観がしっかりしているからなのですが、その日本の伝統的価値観自体が、外来文化の受容と日本化のたびに何度もリニューアルされてきたことによって改良強化されてきているのです。
伝統的価値観のリニューアルといっても全く一新されるわけではなく、その核の部分はだいたい不変で、外来文化のほうが日本化されて日本の伝統的価値観の血肉となりカンフル剤となるのです。
伝統的価値観の核の部分まで損なうことなく、それでいて伝統的価値観に大きな変化をもたらすという、その絶妙な外来文化の刺激量の調整は日本文明の最も得意とすることですが、それが可能である基本的な条件は、日本が島国であったからでしょう。
島国であるので、日本に人間が行くためには海を越えて行かねばならず、大量の人間が一度に日本に侵入してくるということが困難であったのです。これは近代以前には絶対的な障壁でしたが、近代以降は海軍や空軍の技術の発達によって軍事的には大きな障壁ではなくなりました。しかし、それは日本自体も強力な海軍や空軍で武装すれば相殺されますし、仮に日本を軍事的に完全に屈服させたとしても、それでも一度に大量の人間を日本へ移送することには多大な困難が伴い、それを可能にするためには国家規模の大計画が必要であり、あえてそのようなことを行う必然性もほとんど無いことから、近代以降においても島国であることは日本への人間の大量移動にとっての大きな阻害要因であるという状況には大きな変化は無いのだといっていいでしょう。
日本のように四囲を海に囲まれているというのは最大の自然の要害を手にしているということです。この海という自然の要害を活用して、「文化は入れるが人は入れない」という日本側主導の選択的浸透膜のようなものを持つことが出来たのです。
例えばこの膜の選択性を非常に大きくしたのが江戸時代の鎖国政策で、人は完全に遮断し文化の移入も大部分制限しました。その一方で、古代の渡来人受け入れなどのように積極的に人も受け入れた場合もありました。しかしその選択性の大小は大した問題ではなく、ここで重要なのは、この選択性の調節の制御権が100%日本側によって掌握されていたということなのです。

日本のように自然の要害に守られていなければ、外来文化を受け入れるということは、それはそのまま外来民族による侵略や支配、そして民族自体が消滅するというリスクを受け入れることに直結します。
実際、ユーラシア大陸にはそうやって消えて行った民族が数多くありますし、民族自体は消えなかった場合でも、伝統的文化が断絶したり多くが失われたり、根本から変質してしまったりした例が数多くあります。
そして、そうやって消えたり伝統的文化が断絶してしまった民族も、そうでなく無事に生き残った民族もひっくるめて同じように、大陸においては外来文化の受容に対する極度の警戒心を抱くようになったことのほうが当たり前になったということのほうがここでは重大なことです。つまり、自然の要害の障壁の不足を精神的障壁で補うようになったということです。
このように外来文化の受容に対して強固な精神的障壁を設けることによって、外来文化の受容能力は低下します。それが更に高じると、頑迷な排外感情や対外差別感情、蔑視感情を伴うようになります。そうした状態の典型例がシナ文明の中華思想というものです。中華思想の本質は弱者の被害感情と対外拒絶感情なのです。
これはシナ民族が特別に弱かったという意味ではなく、実際の軍事的な強弱とは無関係なのであって、大陸国家であるという地理的要因がシナ民族の精神を対外的に臆病なものにさせたことによって、シナ民族の精神に潜在的に弱者意識が植え付けられたという意味です。その裏返しが対外蔑視感情なのであり、対外拒絶感情なのです。
だから、シナ民族の対外恐怖感情に基づく排外感情や対外蔑視感情はシナが強国となった場合にも緩和されるということはなく、むしろこの弱者意識はシナ民族国家が周辺国に対して相対的に軍事的強国である場合のほうが悪い作用を及ぼすのだといえるでしょう。

まぁシナの話は置いておいて、日本の場合はこれと逆で、自然の要害が十分に足りているというアドバンテージによって日本側主導の選択的浸透膜を持つことが出来たお陰で、外来文化受容にさほどの警戒心を抱く必要が生じず、精神的余裕が生じて、むしろ安心感を持って大胆に外来文化を受容していくことが出来たのです。つまり日本においては自然の要害という障壁が過度の精神的障壁を取り払う作用を生じ、外来文化の受容能力を向上させたのです。
ただ外来文化をやたらと何でも受容して外来文化のみに染まりきってしまっても、それは日本の伝統的価値観の喪失ということになってしまいますから、そこは上手く取捨選択して受容していかないといけないわけです。その取捨選択を日本側主導で進めるためにも海という障壁は有効だったのであり、むしろそうした地理的アドバンテージを活かして、外来文化の受容時の「良きものは受け入れて悪きものは撥ね付ける」という取捨選択の試行錯誤を取り返しのつかない失敗に至ることなく延々と繰り返してきたことによって、そうした取捨選択というもの自体が日本文明の核を構成する要素となってきたことのほうが注目すべきことでしょう。
そのように外来文化の取捨選択というものが日本文明の伝統であり核となってきたからこそ、現代のように海が文化伝達の障壁とはなり得ない高度情報化社会においても、日本文明がそれほど変わることなく「良きものは受け入れて悪きものは撥ね付ける」という外来文化を取捨選択して受容する濾過能力を保持しているのだといえます。

ただ、そうして受容した外来文化をそのまま受け入れるだけではあまり意味は無いのであり、まずそもそもそのまま受け入れるということ自体が困難で、日本流にアレンジしなければ本格的に受け入れること自体が出来ないのです。ここまでは大体どの民族どの文明でも行うことなのですが、海という障壁による安心感で大胆な外来文化受容が可能になった日本においては更に一歩踏み込むことが可能になったのです。
それは、受け入れた外来文化によって日本の伝統的文化自体を、核の部分は保持したまま変革していくという方法でした。これは日本文明自体の外来文化受容時の「良きもの」のみを容れるという取捨選択能力と、受容した外来文化を完全にコントロールすることが出来る能力について絶対的な自信が無いと、なかなか出来ないことでした。
日本人は海という障壁をアドバンテージにして、この外来文化をコントロールして日本文明をリニューアルしていくという高度な能力を、長い歴史の中で何度も何度も繰り返し実地体験を積んでいくことによって磨き上げていったのです。

外来文化を「良きもの」のみを輸入するのであれば、その「良きもの」を使って日本の伝統文化自体を「より良きもの」に改良していくことが出来るはずなのであるし、そもそもこの島国にわざわざ自発的に外来文化を受け入れてきた理由としては、そうした建設的な目的というものが存在したはずなのです。つまり、日本人には、文明を常に「より良きもの」に改良していこうという志向があるということなのです。
しかし、そもそも島国に住んでいれば外来文化など本来は受け入れる必要は無いわけで、向こうからやって来ることはほとんど無いのだし、やって来ても拒絶しておけば面倒も苦労も無いのです。日本の伝統的価値観のみをずっと保持したまま安穏としていれば、それはそれで平和なのです。島国で生まれた人間なんて普通はそんなものでしょう。変に向上心など持っているほうが不自然なのです。
ところが、この日本列島に住んでいた人達は、自らの伝統的文化以外にも多様な文化が外部に存在し、それらを取り入れることで自らの文化を改良し向上させられる可能性があるということを知っていたのです。これだけでも異様なことではありますが、更にそこで、自らの文化の改良や向上を望んだということが、まったく島国の住人らしからぬ発想なのです。
日本列島の住人が特に貧しく惨めであったというのなら、改良や向上を求めるのも理解できなくはありません。しかしどうやら古来から日本列島は豊かであったようなのです。いや特に際立って豊かであったというわけではありませんが、とにかく食うには困らなかったようなのです。普通は島の住人などは衣食が足りれば向上心など持ったりはしません。しかしどうやら日本列島の住人は衣食が足りても文明の改良のための向上心を持ったようなのです。それは歴史を見れば明白です。

伝統的価値観はもちろん重要です。文明にとって最重要要素だと言ってもいいでしょう。私もそれはこの拙文でも嫌になるほど繰り返し述べてきましたし、伝統的価値観を蔑ろにして外来価値観のみを妄信する連中を口を極めて罵ってきました。
しかし伝統的価値観も完全無欠なものではなく、多くの欠点もあります。ほとんど迷信や因習としか言えないような要素もあります。いや迷信や因習でも構わないのですが、それが民衆の生活にとって有害である場合は困りものです。そうした欠陥は是正して伝統的価値観も民衆にとって「より良きもの」へと改良し、それでいて伝統的価値観の核の部分は損なうことが無いのだとしたら、それは幸いなことです。
もちろん外来文化には問題点はありますが、良い面もあります。良い面を日本化して取り入れて伝統的価値観の欠陥部分の是正に役立てることが出来る可能性はあるのです。その上で問題点も同時に入って来てしまい、それが弊害を発生させるとしたら、その弊害部分を是正すればいいのであり、もし弊害部分が是正出来ないのなら、それはその時に考えて、やはりその外来文化の受容は諦めるなり何なり検討すればいいのです。そうした試行錯誤や努力をしていくことが大切なのです。
そうした文明改良の努力を全く放棄して伝統的価値観を絶対不変のものとして妄信する者は、外来価値観のみを妄信する者と同じくらい思考停止の愚か者であり、真の意味で文明にとって有害な存在なのだと言っていいでしょう。
日本文明が真に素晴らしいのは、伝統的価値観が変わらず保持されていることや、外来文化の受容能力が高いことの何れでもなく、いやそれらはそれらでそれぞれ素晴らしいのですが、真に最も素晴らしいのはこれらの両方の能力を駆使したうえで、伝統的価値観を損なうことなく常に文明を改良し続けてきたことなのです。いやもう一歩踏み込んだ表現をすれば、伝統的価値観を損なうかもしれないというリスクを覚悟しながら、それでも文明改良の情熱を持ち続けたことが日本文明の真に素晴らしいところなのだということになります。

ただ、そうした文明改良の情熱が仇にならないようにするためには、外来文化が伝統的価値観を損なうことなく適正な改良のためだけに効果を発揮させるようなマニュアルが必要なのです。
そのためのマニュアルを試行錯誤していくためには、この海という自然の要害に囲まれた島国という安全な環境が必須であったのですが、同時にまた、この島国という環境ではそうした文明改良の情熱というもの自体がそもそも生まれにくいというのも事実なのです。
この矛盾を解くためには、そういった文明改良の情熱を持った人達が外部からこの日本列島にやって来たと考えるのがいいでしょう。それも1種類ではなく何種類もの民族集団が日本列島に渡ってきたのではないでしょうか。時期的には一斉ではなく随時バラバラに渡ってきて、それぞれがバラバラに居住し、次第に民族集団同士が邂逅し外来の刺激を与え合い、それによってそれぞれが文明を改良していきながら、いつしか共通の日本文明といえるようなものを保持するようになっていったのではないでしょうか。
もちろんそれには膨大な年月が必要であったのでしょう。では、その長大な時間の歩みを振り返っていってみたいと思います。
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