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日本史についての雑文その172 華夷秩序
こういうわけですから国内支配を強化したい皇帝は対外積極政策に出ます。そうやって帝国の商業圏を拡大しようとすると必ずトラブルも増加します。外国からの物産をシナ帝国内へ運ぶ交易路を妨げる勢力が現れることが多々あります。いや、先方から見ればシナ帝国のほうが立派に侵略者なのですが、シナ皇帝には国境という概念がありませんから、まぁそんなことを言っても仕方ないことで、シナ皇帝は交易路の邪魔者を排除するために戦争を起こすことになります。
そして戦争に勝利し、邪魔者を排除してその地域を皇帝直轄地に組み込めば、その皇帝によって新たに未開の野蛮人の地が文明の地の仲間入りをしたことになり、なんとも有徳の皇帝であると評価されることになります。そして邪魔者が排除されて外国の物産がスムーズに帝国内に入ってくるようになりますから、商業利権が拡大して皇帝財産は増加していきます。こうして外征の成功は象徴的にも実利的には皇帝専制体制の強化につながるのです。
ただ、これは外征した土地の更に先に豊かな物産地帯がある場合のことで、外征対象地が物産の通過点である場合のパターンです。こういう場合は外征した土地を直轄地にしてしまったほうがいいのです。その方が物産がスムーズに帝国内に入ってきますから。
しかし外征した土地の先に物産地帯が無く、物産地帯そのものを外征した場合は、外征した土地は皇帝直轄地にはしないほうがいいのです。何故なら、直轄地は皇帝によって収奪されるばかりになり、経済発展が見込めなくなるからです。そうなってしまうと、せっかくの豊かな物産地帯が台無しになり、結局はシナ帝国、いやシナ皇帝にとっても不利益になるのです。
ですからそういう場合は、戦争で勝利して屈服させた外国を服属国としてシナ皇帝への臣下の礼をとらせて、自治権は認めて郡県制は及ぼさず、経済発展は自由にさせておいて、多くの貢物をシナ皇帝に対して納めさせることにするのです。そうすれば、シナ人民に対してはその外国がシナ皇帝の徳を慕って臣従したというアピールをすることが出来るし、莫大な貢物はシナ帝国内の商業ネットワークに乗せることも出来ますし、そのまま皇帝のポケットに入れることも出来ますし、なんにしてもシナ皇帝の専制体制の強化に繋がるわけです。
そして外征などにならずに友好的に取引関係に入った外国については、相手に利益の大きい取引をして取引量を増大させ、シナ帝国内に入ってくる物産の量を増やしてシナ帝国内の商業利権を拡大して皇帝財産を増加させる一方で、その友好国に交易の利益の見返りに友好の挨拶に帝国の首都へ来させて、それを国内的には皇帝への臣従の礼として宣伝するのです。こうして遠方の野蛮人も皇帝の徳を慕って臣従してきたというアピールを行いつつ、皇帝財産も潤うというわけです。

つまり、シナ帝国を中心とした華夷秩序の世界観の中では、世界はシナ皇帝の直轄地、服属国、友好国、蛮地という4つのタイプに分けることが出来ることになります。これらのうち文明人の住む中華の地といえるのは直轄地だけですが、残る3つの地域は全て野蛮人の住む夷の地ですが、その中で直轄地に次いで文明度が高いのは服属国で、次いで友好国、最も文明度が低いのはシナ皇帝と取引関係の無い蛮地ということになります。

直轄地は郡県制が敷かれた皇帝直接支配領域で、皇帝直轄都市である「県」を皇帝直轄軍である「郡」が治安維持にあたるのです。文明の地として名誉は高く与えられていますが、実際はひたすら皇帝の収奪の対象であり、そこに住む人民の実態は奴隷で、経済発展や政治的発展も見込めません。ひたすら皇帝に尽くして働く強制収容所のような場所だと言ってもいいでしょう。
友好国との実利の少ない交易で発生した帝国財政の赤字は大抵はこの直轄地の人民からの収奪によって補填されます。この直轄地の人民がこのような過酷な境遇に堪えているのは皇帝の有徳という建前が機能している間だけで、外征などが行き詰って皇帝の徳に陰りが見えた場合は、この直轄地の人民は一気に反社会性を増し、反乱などを起こすようになります。

服属国はシナ帝国に本当の意味で服属している属国でその国王はシナ帝国の皇帝と主従関係を結んでいます。言うなれば漢帝国初期のシナ大陸における漢以外の諸王国もこの服属国に相当し、武帝によるシナ帝国建設以降は、これら諸王国の概念がシナ帝国周辺に拡大して適用されるようになったとも言えるでしょう。
服属国は自治権を有しており、皇帝直轄軍ではなく服属国の国王軍が治安維持にあたります。シナ皇帝の経済支配も受けていませんが、定期的に決まった量の貢物をシナ皇帝に献上し、服属儀礼を示さなければいけない義務があります。そういうわけで、政治的には一応自治は達成しているのですが経済的負担が大きいので経済的な発展はなかなか苦しい状況にあります。
そして、この服属国の更に遠方にシナ皇帝と交易する地域が出現した場合は、この服属国を物産が通過する際に服属国における交易の税が発生して物産が目減りすることになり、それを嫌うシナ皇帝は服属国を滅ぼして直轄地にして、その新たな交易先の物産がスムーズにシナ帝国内に入るように図る傾向があります。

友好国はシナ帝国と交易を行う独立国で、シナ帝国に外征の余力の無い時代には周辺国に交易路の治安維持を肩代わりさせるために、皇帝は周辺部族の指導者にやたらと王号を乱発して友好関係を築きます。だいたい少しの品物を提供したら多くの品物が返ってくる実入りの多い交易関係を提供され、その見返りにシナ皇帝への友好の挨拶、つまり「朝貢」のために使節を皇帝のもとに送り、それがシナ帝国内では臣従の礼として宣伝されることでシナ皇帝の国内向けの有徳性のアピールになります。
こうして友好国は交易によって莫大な利益を得るので経済的に発展しやすく、政治的発展にもつながります。このようなシナ側の損失の多い交易によって発生するシナ側の赤字はシナ帝国直轄地からの収奪で補填されますが、あまりにもこの友好国との交易による赤字が多い場合は、シナ皇帝はその友好国との交易を断念するか、あるいは外征に出る余裕が生じれば外征を行ってその友好国を屈服させて服属国として、シナ側が黒字になるような交易関係に転化する傾向があります。
また、この友好国の更に遠方に新たな交易対象地が出現した場合は、シナ皇帝はこの友好国を服属国や直轄地にしようとする傾向があります。基本的には、友好国との交易はシナ帝国財政の負担が大きいので、シナ帝国側としてはあわよくば常に友好国を屈服させて服属国にしたいと思っていると見ていいでしょう。

そして蛮地はシナ帝国の皇帝に対して「朝貢」を行っていない国や地域で、シナ帝国側からは皇帝の徳を理解しない全くの野蛮人の土地と見なされますが、実際はそうとも限らず、実質的に対等な外交関係を成立させている場合もあります。しかしシナ帝国の建前としては皇帝が世界唯一の支配者となっていますからそうした対等な外交関係の存在を認めるわけにはいきませんから、正式な外交関係の無い野蛮人という括りで扱われることになります。
そして外交関係が無いからといって交易関係が無いとも限らず、皇帝直轄の商業ネットワークから外れた私貿易が盛んに行われることもあります。しかしこの私貿易は皇帝の統制外の貿易であり、皇帝以外の第三者に商業利権がもたらされることになり、皇帝専制体制にとって脅威となるものですので、皇帝によって取り締まり対象になります。
そしてそのような迷惑な私貿易を行う蛮地は皇帝にとっては疎ましい存在なのであり、また皇帝の徳を受け入れない国の存在は国内的にも体裁が悪いものであるので、皇帝はなんとかこの蛮地を友好国や服属国にしてシナ帝国中心の世界システムの中に組み込もうと図る傾向があります。

だいたい華夷秩序について説明すればそのような感じになりますが、シナ帝国というものは常に、蛮地を友好国に、友好国を服属国に、服属国を直轄地に呑み込んで膨らみ続ける宿命を持っているといえるでしょう。それは経済的な理由にも拠りますし、皇帝の有徳をアピールするためでもあります。そしてその両方の理由とも、皇帝専制支配体制の維持のためという点で共通しているのです。つまり皇帝制度を続ける限り、シナ帝国は外征によって膨張し続ける宿命にあるのだといえるでしょう。
いや、仮にシナが皇帝制度でなくなったとしても、これだけ古代からの長い年月をこのような特有の国体と宿命をもって過ごしてきたために、シナ国家には侵略的性向が染み付いてしまっており、外征無しには政権や国家が維持できない状態になっているといえるでしょう。
もちろんシナ帝国にも勢いの盛んな時期もあれば勢いの無い次期もあり、外征どころではないような時代もありました。そういう時代にはシナ帝国の侵略的性向は消えていたのではないかという見方もあるでしょう。
しかしそれは違うのであって、シナ帝国の勢いが無い時代というのは、シナ帝国の領域が狭くなっているので、直轄地、服属国、友好国、蛮地という何重ものドーナツ状の同心円の一番内側の直轄地の輪が小さくなって、その分外側の服属国、友好国、蛮地の輪がそれぞれ大きくなっている状態なのであって、同心円全体の大きさは何ら変わっておらず、その同心円全体こそがシナ帝国から見れば、いずれは皇帝が支配する「全世界」の大きさそのものなのです。
ですから、再びシナ帝国が勢いを増した時には、一番内側の直轄地の輪がどんどん大きく外へ向かって広がってきて他の同心円の輪を呑み込もうとしていき、それに押されるようにして服属国の輪も外へ広がってきて、友好国や蛮地の輪はどんどん狭く外側に追い詰められていくのです。そのようなことを繰り返すのがシナ帝国の歴史であり、シナ帝国の侵略的傾向には大小の波はあり、そのたびに形態は変えていきますが、本質的にその侵略的傾向が消えることはないのです。

こうしたシナ帝国の外部への侵略的傾向、内部での経済的不公平傾向、人民からの収奪傾向、外国資本への依存傾向、積極外交の内政引き締めへの利用傾向など、こういった特有の傾向は、現在のレッドチャイナにおいても顕著であり、シナ帝国の国体は表面的な体制の看板が変わっても不変なのだといえます。
実際、上記の漢時代に確立されたシナ帝国の内外政策の在り方は、現在のレッドチャイナ政府の施政方針と不気味なほど酷似しており、やはり国体というものはそうそう簡単に変わるものではないものだと実感されます。
いや、シナの場合、それを国体と呼ぶべきかどうか微妙なところではあります。何故なら、このような商人頭のような君主と奴隷同様の人民しか存在しないような中間組織を欠いた社会が果たして国と呼称するのが適当なのか、やや疑問に思われるからです。帝国はあくまで皇帝の利益追求の装置であり、人民は帝国の公民ではなく、皇帝にとってあくまで搾取の対象でしかないのです。領域国家というよりは、国境なき商業ネットワークこそがシナという存在の本質なのではないでしょうか。それゆえ、シナにおいては一般的な国家では理解できないレベルの内政の残酷性と外交の侵略性を示すのです。

それゆえに、シナ帝国は最初は内戦から始まり、内戦を勝ち抜いた勢力が王朝を立てて以降は外征に転じ、外征のエネルギーが尽きると暴政への不満が噴出し暴動や反乱が頻発します。しかしそもそもシナ帝国の経済とは地域社会や中間組織に基盤を置いたものではなく、常に皇帝によって人民が搾取されるように宿命づけられており、帝国の経済規模が大きくなればなるほど、帝国の版図や交易相手国が拡大すればするほど、皇帝はひたすら肥え太り、人民はますます窮乏するように出来ているのです。
そして、かなりの程度までの人民の窮乏は帝国の経済のマイナス要因にならないということも特徴的なところで、人民の苦しみの上に帝国と皇帝は繁栄するようになっているのです。ですから窮乏した人民による暴動や反乱が甚だしくなってもなかなか帝国は倒れずに反乱に対する弾圧はエスカレートして社会不安のみが膨れ上がり、それがとうとう限界値を超えた時、繁栄と腐敗の絶頂で帝国は急速に崩壊するのです。
そして内戦が再び生じてその混乱の中で王朝は倒れて、その内戦を勝ち抜いた勢力がまた新たな王朝を建てるという、そういうサイクルを繰り返すのです。そういうわけで、シナ帝国が成立して以降のシナ大陸では、外征、内戦、暴動、反乱、弾圧など、争乱の絶えない年はほとんど無いという状況が現在に至るまで2千年以上続いているのです。

言うなれば、シナ帝国というものは一種の植民地帝国ということになります。ただ近代西洋の植民地帝国と違う点は、近代西洋植民地帝国の場合、自国の商人を富ませるために海外植民地の人民から搾取するのに対し、シナ帝国の場合、皇帝が自分だけを富ませるために海外の商人と結託して自国の人民から搾取する体制になっている点です。
いや、皇帝にとっては「自国民」というものはあくまで「県」という自分に直轄する商業エリアの特権的な組合員だけのことを指すのであり、その城壁の外に住む土民たちは「夷」に過ぎず、城壁の外は皇帝の国である「県」の植民地に過ぎないのであって、そこに住む「夷」たちは皇帝にとっては搾取の対象でしかないのでしょう。
そして皇帝にとっての国である「県」というものは国境の規制は受けずに増殖する無国籍都市ネットワークであり、その組合員は外国人でもなれるわけで、つまり皇帝と結託すれば外国商人はシナの膨大な人民を植民地の民として搾取の対象に出来るわけで、言うなればシナ皇帝というのは海外商人から見れば、シナという巨大な植民地の総督のようなもので、シナで人民から搾取するためにはシナ皇帝の許可が必要で、逆にシナ皇帝に取り入れば搾取はやり放題となります。
そういうわけでシナの支配者と世界の金持ち企業とはとても仲良しになるのです。また、帝国主義時代にはシナは半植民地の状態に陥りましたが、実際はその前からシナ皇帝の植民地のようなものであったわけで、シナ皇帝が西洋植民地国家と手を組んで人民からの搾取をエスカレートさせていただけのことです。
ただ、海外商人にとっていいことづくめなのかというとそういうわけでもなく、シナ帝国は周辺諸国をじわじわ侵食していく傾向がありますから、シナ皇帝と結託して調子に乗ってシナ人民から搾取しているうちに、いつの間にか自分達の国がシナ帝国に呑み込まれ、自分達がシナ皇帝の手先の官僚たちに搾取される可能性もあるわけです。東南アジアなどで華僑が幅をきかせて現地民を圧迫しているのも、元々はその国の商人がシナ皇帝と結託してシナ人民から搾取していたのが、シナとの取引が多くなっていった結果いつの間にか華僑に乗っ取られてしまったのです。最近はアメリカなどもシナ帝国に乗っ取られつつある側面もあるようです。このようにシナ帝国と付き合うのはなかなか大変なことなのです。

シナ帝国においてはこのように人民に対するかなり永続的で強靭な搾取システムが根付いているため、社会全体が非常に不道徳的な形で固定化しており、人民に対してもまさに西洋の植民地においての場合と同じように愚民化政策が徹底して取られ、いや、より徹底して永続的に愚民化政策が行われてきたので、人民もそうした不道徳かつ不合理な歪んだ社会構造を納得してしまっている部分があり、現在のレッドチャイナや、シナ帝国型の小中華思想国家である北朝鮮などにおいて、あまりにも甚だしい非人間的搾取体制の下で黙々と服従する人民を見て外部の人間は不可解に思うことが多いのですが、それはそもそも国家観がこれほど異常なものなのだからです。
そして後に異民族王朝がやたらとシナ世界を征服して版図に組み込もうとするようになりますが、これはシナ文化に憧れたとか、シナの豊かさが目当てだったとか、そういうことではなくて、シナ世界ではこうした搾取システムが常に固定化されていたので、シナ世界を支配すればシナの人民から搾取し放題だということが分かっていたからで、そうした搾取目当てにシナを欲していたのです。
つまり、シナは彼ら異民族の王たちにとってドル箱であったということで、シナを征服したがった異民族の王達は、要するにシナを自分の植民地にしたかっただけなのです。シナ皇帝になればシナを植民地にすることが出来るということを知っていたのです。

なお、特にシナ帝国の侵略的傾向において特徴的なのは、同一王朝において、あるいは過去の別王朝において、一度でも、直轄地でも服属国でも友好国でも、とにかくシナを中心とした華夷秩序の版図に組み入れた地域に関しては、それが華夷秩序の外に出て行ってしまった後でも、シナ皇帝は異様なほどにその回復、つまり再侵略に執念を燃やすことです。
これはどうしてなのかというと、シナ帝国においては「版図の広さ=徳の大きさ」であり、一度はシナの版図であった土地を失ったままでいるということは、過去の皇帝に比べて徳が足りないということを示しているのであり、それはその皇帝の有徳性、つまり支配の正統性を大いに揺るがす要素となるからなのです。
そういうわけで現在もレッドチャイナは台湾への侵略に妄念を燃やし、チベットや東トルキスタンを解放しようともせず、沖縄を虎視眈々と狙っているのです。それが可能であるか不可能であるかはともかくとして、そういう姿勢を放棄するということは、シナ帝国の後継国家としてはシナ全土の人民への植民地支配の正統性を放擲するに等しい行為ということになるようなのです。
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