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日本史についての雑文その177 歴史偽造の手法
記紀以降の日本の史書は、「続日本紀」、「日本後紀」、「続日本後紀」、「日本文徳天皇実録」、「日本三代実録」まで、「日本書紀」の系統を引く官製の国史が編纂されましたが、これ以降は官製の史書は作られませんでした。最後の「日本三代実録」は901年の完成で、887年までの歴史を記述してあります。
この時代はまさに律令国家が再編成されて中央集権体制が崩壊していく時代であり、つまり、この「日本三代実録」以降は、中央集権体制と一体化した司馬遷型の歴史記述は不要のものとなっていったのです。

また、894年には遣唐使が廃止され、907年には唐が滅亡してシナ大陸は五代十国の戦乱の時代に入っていったのであり、もともとこの一連の国史は、唐式の漢文で書かれていたり、わざわざ全ての書名に「日本」の文字が入っていたりしているところを見ると、唐に対して日本のアイデンティティーを示すための国外向け史書としての存在意義が大きく、唐が滅びた以上はこのような国史はもはや不要になったともいえます。
その後、日本では律令国家の中央集権の諸制度を氏族社会にアウトソーシングした王朝国家体制が成立し、律令国家体制導入以前の権力多重構造が復活し、分厚い中間組織が形成されるようになりました。それにつれて社会における権力が多元化したため、歴史記述も司馬遷型からヘロドトス型に変化していき、特にその歴史記述の中立性の拠り所となったのが仏教的価値観、いや日本独自の神仏習合的価値観であったのですが、それに更に平安前期以降の国風文学の物語的手法を取り入れて平安時代後期に「大鏡」が成立して以降は、日本の歴史記述は完全にヘロドトス型に変化しました。ちなみに「大鏡」は文徳天皇の治世から書き起こしており、「続日本後紀」の後を受ける形になっています。
また同時期に「扶桑略記」も成立しており、これは初代の神武天皇から院政期の堀川天皇までの歴史に関する諸文献からの引用によって構成されており、そのほとんどは現在失われていますが、どうやら律令国家時代にも、そしてそれ以降の時代においても日本人は官製史書以外にも在野の無名の歴史家たちが多くの歴史記録を書き残していたのであり、そうした伝統が結実して「大鏡」や「扶桑略記」、そしてそれ以降のヘロドトス型の歴史記述の伝統に繋がっていったということが伺えます。これは、日本社会が元来、氏族社会などの中間組織が極めて強力な社会であったことから、律令国家の中央集権体制下でも、実際はほとんど中間組織はダメージを受けていなかったからであろうと思われます。
ですから、この「大鏡」以降の歴史記述については、細かい過誤はもちろん存在するでしょうけれども、シナの史書のような絶対権力によるバイアスは、それほど大きな影響は与えていないと見てもいいでしょう。もちろん、どんな時代にも曲学阿世の徒というものは存在するもので、権力者に媚びる御用歴史家もいたでしょう。しかしその権力は絶対的なものではなく永続的なものでもなかったので、同時代の別の歴史家や前後の時代の歴史記述などと照らし合わせて、真実に近づくことは可能なのです。

だいたい、この歴史記述において「真実に近づく」ということそのものが、シナや朝鮮のように歴史記述を改竄することが当然のことであるかのような伝統が継続した社会では一般的なメンタリティーとして確立されなかったのに比べ、日本においてはそのような悪しき伝統が断ち切られたために、歴史記述において「真実を追究する」というメンタリティーが形成されたことが大きなポイントになったのです。
逆に、日本のように中央集権体制下で中間組織を保持することが出来なかったシナや朝鮮の場合は、その後も中央集権体制が続き、在野の歴史記述文化はあまり育たずに歴史記述は官僚御用学者の占有物となり、司馬遷型の歴史記述文化、つまり「王朝や体制の正当化のために平気で嘘をつく歴史記述」がスタンダードになっていきました。
つまり、シナ人や朝鮮人にとっては歴史というものは自らの体制維持のための利用物に過ぎないのであって、真実の追究などは最初から全く問題ではなく、いくらでも嘘をついてもいいし、捏造してもいいのです。例えば従軍慰安婦など存在せず、強制連行なども実際に無かったにもかかわらず、ひたすら虚言と論理のすり替えをもって日本に謝罪と賠償を要求し続けるのも、そうすることによって拉致問題を相殺して日朝国交正常化を実現し、日本からの支援によって北朝鮮の独裁政権を延命させることによって利得を得る朝鮮人やシナ人の思惑によるものなのです。こうした歴史捏造体質がシナ人や朝鮮人にとっての歴史文化の本質なのです。
そして、このようなシナや朝鮮でスタンダードとして存在する歴史捏造体質が、日本においても記紀編纂の時代には同様のものが確かに存在したのです。つまり、記紀もまた「王朝や体制の正当化のためには平気で嘘をつく」のであり、それゆえに記紀の記述は虚偽であり信用できないという見方が成立するのです。

しかし、これら司馬遷型の歴史改竄の場合、決して無差別に嘘をつくわけではなく、王朝や体制の正当化のために嘘をつくのであって、作者が嘘をついてまで正当化したい部分や狙いが分かれば、だいたい作者がどういう部分で嘘をついてくるのか、だいたい予想できるのです。逆に不必要な部分では嘘はつかず、出来るだけ真実を盛り込もうとしてくるのです。
まぁそれもあくまで「出来るだけ」であり、シナ王朝の本流の歴史に関わる部分では気合が入っており、嘘を書く時も真実を書く時も真剣なのですが、例えば日本の歴史に触れるような部分ではどうでもいいという感じがミエミエで、結構適当な記述も見受けられますが。
そういういい加減ではなく真剣に相手を騙そうとする場合は、膨大な真実の藁束の中に1本の嘘の針を隠すからこそ嘘は露見せず相手はまんまと騙されるのであって、最初から嘘の針の山を見せられても騙されてそこにわざわざ座る馬鹿はいないのです。つまり、嘘をつく者は嘘をつくべき部分以外では真実を述べるのです。全部が虚偽ということはあり得ないのです。

例えば先述の従軍慰安婦問題にしても、戦場に慰安婦が存在したことは真実なのです。そして慰安婦の募集に際して騙されて強制的に慰安婦にされた女性が存在したことも真実なのです。そして戦場の慰安婦の募集や管理に日本政府や日本軍当局が関与したことも真実なのです。また、戦時中に女子挺身隊という勤労奉仕が20万人いたというのも真実です。
しかし日本政府や日本軍による慰安婦の強制連行が存在したというのは虚偽なのです。ましてやそれが20万人であるというのも全くの虚偽です。少なくともそれが真実であるとする証拠は無いし、状況証拠的に考えても到底リアリティのある話ではないのです。
しかし、その虚偽に先立って提示されている幾つかの真実を繋ぎ合わせると、まるで日本政府や日本軍が慰安婦を20万人も強制連行したということも真実であるかのように思い込まされてしまうのです。
そして、この嘘を仕組んだ勢力が狙っているのは、日本政府による「北朝鮮政府によって北朝鮮へ強制連行された日本人拉致被害者」に関する問題提起を相殺してしまうことですから、そのためには「日本政府によって日本(の戦場)へ強制連行された朝鮮人従軍慰安婦」に関する問題提起をぶつけるのが最も効果的なのです。本当にそんな被害者が存在するのなら話は簡単なのですが、そんな被害者は存在しません。ですからその部分は嘘をついてでっち上げるのです。嘘をついてでも強調すべき最大の要点はここなのです。そしてその嘘の信憑性を増して、相手が騙されやすくなるように、それ以外の部分は真実で固めて、真実の中に嘘を隠すのです。
また、この虚構部分も全くの虚構であってはダメです。騙す側や騙される側の人間にとって一定のリアリティのあるものでなければ虚構であることがすぐ分かってしまうからです。例えば従軍慰安婦に関しては朝鮮半島においては常に実在していた歴史的事実であり、しかも朝鮮戦争の時に韓国軍は北朝鮮支配地に住む女性を強制的に拉致連行して韓国軍の兵士によってレイプさせていたのであり、それを軍や政府が直接行っていたのですから、この「日本軍の従軍慰安婦問題」が捏造された1990年代の韓国においてはその虚構は十分リアリティをもって受け入れられる下地はあったわけです。しかも実際は加害者であった韓国が被害者を装うことで自らの原罪を隠蔽する効果もあったのです。

これが、ありもしなかったことをあったかのように見せる歴史捏造の手法です。ならば、記紀が嘘をついているとしても、記紀の作者が嘘をついてまで強調したい部分がどの部分であったのかをまず読み取る必要があります。そして、それ以外の部分についてはおそらく真実が記述されているはずなのです。余計な部分で嘘を記述して文書自体の信憑性を落としてしまったら、せっかくの隠された重要な嘘が無意味なものになってしまうからです。
いや、もちろん古代のことですから事実誤認は多々あったとは思いますが、少なくとも記紀の作者はその本当に嘘をつくべき部分以外については、彼自身が真実だと認識している情報を愚直に記述しているはずなのです。また、その虚構の部分も全くの創作ではなく、元になっているネタというものは存在し、それは当時の多くの人によく知られたメジャーなネタで、そのモチーフは活かしつつ設定や登場人物を入れ替えたりしている場合が多いので、発想を変えて探せば元ネタは見つかるはずなのです。
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稚拙!お粗末

【2008/12/26 21:17】 URL | 57 #- [ 編集]



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