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日本史についての雑文その182 王権の正統性
さて、このように「天岩戸神話」で「天」を象徴する存在として認知された天照大神が次は天皇家に対して「日本を統治するように」という「天命」を降せば、それで日本書紀の当初の編纂目的は達成されます。ならばさっさと初代天皇の神武天皇に天照大神が天命を降せばいいのですが、天命というものは理由もなくいきなり降すようなものではないのです。
ここでシナの史書ならば易姓革命が起こって、悪逆非道の行いをして徳を失った前王朝を倒した者に「天命」が降って目出度し目出度しとなるのですが、日本の場合は天皇家の王朝が最初の王朝ですので、なかなかそういうわけにもいきません。

だいいち、そのような形の「天命降下」というものは当時の日本人の王権に対する考え方の現実とあまりにも落差がありすぎて、もし無理に易姓革命による天命降下の歴史などでっち上げて、それが正式な国史として残るというようなことがあれば、国内における天皇家の王権の正統性に疵がつく恐れもありました。

やはり当時の日本において現実に王権の正統性を保証していたのは易姓革命思想ではなく、「首長霊の体現者としての君主」という像であり、それはやはり祖霊信仰をベースとし、祖霊たる首長霊と子孫である君主が一体化する秘儀を通して王権の正統性が継承されていたのでした。また、その秘儀で使用される王権を象徴するレガリア、つまり神器が王権が正統に継承された証とされたのです。
つまり日本の君主像は非常に宗教的君主のイメージが強く、血統と宗教性が重んじられたのであって、シナ史書のように易姓革命の後に「天命」が降ったというような記事を日本書紀に書いただけでは、とても天皇家の統治の正統性を日本人側に納得させることは出来ないのです。シナ人に見せる分にはそれでいいのかもしれませんが、国史ですから日本人も見るわけですし、それが官製の正式な日本の歴史として認識されてしまうのですから、そんな記事しか無いような状態では、天皇家の権威は低下して、それこそ本当に易姓革命が起きてしまいかねません。
やはり、天皇家の統治の正統性を強調するためには、日本書紀の中には2種類の記事を盛り込まなければならないのです。すなわち、シナ人向けには易姓革命に関する記事、日本人向けには首長霊秘儀に関する記事です。そして、この2つの記事の両方に「天神」たる「天照大神」を絡ませることによって、易姓革命の記事のほうでは「天命降下」による王権の正統性を、そして首長霊秘儀の記事のほうでは「首長霊たる天神の体現者」としての王権の正統性を、それぞれ示すことが出来て、これでシナ人にも日本人にも双方に向けて天皇家の日本統治の正統性をアピールすることが出来るというわけです。

そして、現実の日本においての最初の王朝が天皇家の王朝であったので、つまり王朝交替の事実が無い以上はさすがに易姓革命をでっち上げるのは無理があり、そこでまずは、神武天皇以下の実在の天皇たちに実際は歴史上存在しなかった易姓革命をやらせることは断念して、そのかわりに、あくまで架空の話として、神代の巻において、天神に易姓革命をやらせることにしたのです。そうして天神自体が「天命」を受けた「有徳」の存在となり、その有徳の天神を首長霊として継承する秘儀を天皇家の祖霊が行い、その秘儀が現在においても代々天皇家において行われているということになれば、現在、つまり日本書紀編纂時の天皇家は「天命を受けた有徳の君主」であり、なおかつ「首長霊たる天神を体現し一体化した君主」でもあるということをアピール出来るのです。
このように日本書紀の作者は考えたのであり、「天神による易姓革命神話」と、「首長霊継承秘儀神話」を日本書紀に盛り込むことにしたのです。その「天神による易姓革命神話」が「国譲り神話」であり、「首長霊継承秘儀神話」が「天孫降臨神話」なのです。
全体的な構成としては、「国譲り神話」で易姓革命によって天神が天命を受け有徳性を獲得し、「天孫降臨神話」でその天神の有徳性を天皇家の祖霊が受け継ぎ、本来の天皇家の祖霊神話である「日向神話」に繋がるということになります。そして「日向神話」の最後の部分でその系譜が神武天皇に繋がることが示唆されて、そこで神代の巻は終わり、人代の最初の部分である神武天皇紀に移行するのです。

「日向神話」は天皇家、つまり神武天皇ことイワレヒコの一族である海人氏がもともと保持していた神話であり、本来は天皇の年代記である日本書紀の冒頭に付される神話はこの「日向神話」のみで十分であったはずなのです。
「日向神話」は、皇祖であるニニギが山の神に醜いイワナガヒメと美しいコノハナサクヤヒメの両方を嫁に貰うのだがイワナガヒメを嫌い返してしまったために呪いを受けて子孫の寿命が短くなってしまう話、コノハナサクヤヒメが早く妊娠したのでニニギが貞操を疑ったためコノハナサクヤヒメが潔白を証明するために炎の中で出産する話、そうして生まれた山幸彦が兄の海幸彦の釣り針を探して竜宮へ行きその後で兄を懲らしめる話、山幸彦と結婚した海神の娘が妊娠出産するが出産を覗き見た山幸彦に怒って娘がサメになって子供を残して海に帰ってしまう話などで構成されており、最後に山幸彦の子のウガヤフキアエズの子がイワレヒコであるということを示唆して終わります。
ここにおいては山の神や海の神が出てきて海人氏一族にその支配権を委任していく物語構成になっており、狩猟採集民と海洋漁労民で構成される縄文的世界における古層に属する王権起源譚として纏められています。天皇家、つまり海人氏がこうした神話世界を保持していたということは、太陽や鳥をトーテムとするアジア全体に分布する海洋民の中でも、やはり縄文時代に日本列島へ辿り着いていた旧モンゴロイド系の系譜を引く海洋民氏族であったのでしょう。
しかし、この土俗的な「日向神話」だけでは日本書紀において求められている天皇家の統治の正統性のアピールとしては不足が多すぎるので、「日向神話」の前に色々な他の神話を継ぎ足していかなければいけないのです。

ここで注意しなければいけないのは、神話の場合、継ぎ足していく場合は、前に前に継ぎ足していくことになることです。何故なら、元々ある氏族が保持している神話の場合、その神話の末尾の部分がそのままその氏族の始祖の物語に繋がっている場合が多く、その神話の後に別の神話を挿入する隙間というものが無く、そうなるとその神話に別の神話を追加する場合は必然的にその神話の冒頭部分に繰り上がって追加していくことになるのです。
そういうわけですから、神話の場合は人間の歴史とは違い時系列的に整然と並んでいるわけではなく、むしろ後のほうに元々ある神話のほうが、前のほうに継ぎ足されていった神話よりも古層に起源を持つ神話である場合が多々あるのです。
例えば日本書紀の場合、神代の最初のほうにある「天岩戸神話」で描かれている世界は弥生時代以降の水田稲作の世界観であり、神代の最後にある「日向神話」には稲作の要素は全く無く、むしろ狩猟と漁労がメインの縄文的世界観がベースになっており、「バナナ・タイプ」という人間の寿命に関連するポリネシアなど南太平洋一帯に広く見られる極めて古層に属する、おそらくスンダランド起源の神話の要素までも含んでおり、明らかに「日向神話」のほうが南方起源の旧モンゴロイドによって伝えられた古い神話であり、文章順と時系列順が逆転しているのです。

この「日向神話」の冒頭のエピソードはニニギとコノハナサクヤヒメの物語ですが、この話はあくまでコノハナサクヤヒメ一族のほうが主体の話であり、ニニギは全くその個性を発揮せずに単に状況に振り回されているだけの存在で、この相手役は別にニニギである必要は無いのです。おそらくは元々の話では何か別の神が相手役であったのを、強引にニニギを相手役に挿げ替えたのが真相でしょう。
ニニギは本来はこの「日向神話」の直前部分に継ぎ足された「天孫降臨神話」において創作された主人公なのであって、「天孫降臨神話」と「日向神話」の間の連続性を確保するために、「日向神話」の冒頭のエピソードの主人公をニニギに挿げ替えたというだけのことでしょう。
何故そう思うのかというと、ニニギの正式名はヒコホノニニギといって農耕神の属性が強いのですが、「天孫降臨神話」には農耕に関連した記述が多く、一方の「日向神話」には農耕に関する記述は皆無で、農耕神たるニニギがそこに登場するのは非常に不自然だからです。
ちなみに「天孫降臨神話」の内容ですが、これは結構簡単な話で、天照大神が自分の代わりに地上を治める者として孫のニニギを派遣することにして、数々の眷属の神々を付けてやり、数々の神器を持たせて高天原から日本列島へ降ろし、その時に道案内としてサルタヒコという神も登場し、ニニギは日向国の高千穂の峰の上に降臨することになります。ここで日向神話に繋がるわけです。
また、「天孫降臨神話」には「天岩戸神話」でも登場したウズメという女神がニニギの眷族として再び登場し、それとペアになるサルタヒコと一緒に、何故かニニギをほったらかしにして伊勢に行ってしまうのですが、どうやらこのサルタヒコという神はどうやら伊勢地方の太陽神でアマテラスと同根の神のようで、どうやら「天孫降臨神話」と「天岩戸神話」のモチーフは両方とも伊勢地方の土俗的な神話で、それにそれぞれが日本書紀編纂時に別の要素を加えて成立していったのではないかと思われます。つまり、「天孫降臨神話」の原型もやはり「天岩戸神話」と同じく水田稲作の要素の強い世界観のものであり、ヒコホノニニギという名の神はそこに登場するのが本来のあるべき姿なのでしょう。
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