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日本史についての雑文その184 出雲神話
そして、その「天孫思想」という嘘と連動して機能させるために作られた嘘話が、「天神による易姓革命」という神話なのです。それが「天孫降臨神話」の直前に挿入された「国譲り神話」なのです。「天孫降臨神話」においては、天照大神(天神)からニニギに向けて「有徳性」と「天命」が継承されたのですが、その天神自身が「有徳性」や「天命」を得るためには、「天孫降臨神話」に先立って、天神が易姓革命によって悪神による日本の統治を打ち倒し、それによって「有徳性」を示して、日本を統治する「天命」を受けなければならないのです。
「天」そのものであるはずの天神が天命をいちいち受けなければいけないというのは何だかおかしな話ですが、本来のシナ的な無人格の「天」ではなく、日本書紀ではそれを人格神の「天神」にしてしまい、ある意味では非常に人間的な存在にしてしまっていますし、人格があるということは悪神というものも存在するはずであるので、善神によって悪神を一掃しておかなければ「天」としての無謬性を獲得することも出来ず、まぁ色々とシナ人に突っ込まれることが心配で、念には念を入れて、とにかく天神に易姓革命をやらせておけば大丈夫だろうと思ってこういう神話を挿入することにしたのでしょう。

ここで「国譲り神話」の中身ですが、天照大神が高天原から地上を見て悪神オオアナムチが支配しているのを憂えて、国を譲り受ける交渉をするための使者を次々に遣わすという場面から始まり、アマノワカヒコという神の裏切りと死にまつわる話、タケミカツチ神による地上の平定の話、オオアナムチやその子のコトシロヌシによる国譲りの話、出雲大社の起源にまつわる話などが繋がっています。
この場合、天神によって打ち倒される悪い支配を行っていた邪神のリーダーを日本書紀ではオオアナムチとしていますが、これは出雲神話におけるオオクニヌシで、更に別名をオオモノヌシともいい三輪山で祀られていた神で、これは天皇家が大和に移住してきた際に、大和の現地人が祭祀していた神で、天皇家も祖霊の八幡神や伊勢のアマテラスと並んで重要な神として祭祀していました。
そのオオアナムチをこの「国譲り神話」で邪神として易姓革命で倒す相手として設定したのは、この神が大和地方の有名な祟り神であったからで、悪い神というわけではなかったのですが、とにかく扱いの難しい神で、悪役をあてがうには適役であったからでした。
ただ、このオオアナムチは実際には悪い神ではないので「国譲り神話」の中では全く悪事も働かないし、天神にやっつけられる描写もありません。ただ問答をして納得して国を譲るのみです。
つまりこの易姓革命は、武力による「放伐」ではなく、徳のある人に王位を譲る「禅譲」の形をとっているのです。ただ「禅譲」ではあっても易姓革命であることには違いないので、その「禅譲」を受けた天神、つまり天照大神は「有徳」であることを「天」に認められ、日本を統治する「天命」を受けたことになり、そしてその「有徳」と「天命」を次の「天孫降臨神話」で子孫のニニギに引き継がせるのです。
そして、シナにおいても「放伐」の場合とは違って「禅譲」の場合は前王朝の最後の王も立派な人物として顕彰されることになっていますから、ここでオオアナムチが天照大神に日本の統治権を「禅譲」した形にすることで、この日本書紀編纂時の大和においても未だにオオアナムチを丁重に祀っており、また出雲大社ではオオクニヌシを盛大に祀り、三輪神社ではオオモノヌシを祀っているという現実との整合性もとれることになるのです。

つまり、この「国譲り神話」においては、オオアナムチは天照大神に統治権を「禅譲」するという台詞を言うためだけに登場するようなもので、この「国譲り神話」においてはオオアナムチは他に何もしません。要するにこの「国譲り神話」の主人公はオオアナムチではなく、いや誰も主人公ではなくストーリー自体の実体も無く、「禅譲」という形式と、それに見合った役割分担に天照大神とオオアナムチを配することを目的として創作されたパートなのであって、「天岩戸神話」や「日向神話」のように一貫したストーリーがあるわけではないのです。
だからここでは大和地方で実際に言い伝えられていたオオアナムチに関連した神話が語られるわけではなく、この「国譲り神話」ではオオアナムチは邪神としての「名義貸し」だけをしているようなもので、あとは「禅譲」という形が示されるだけということになります。
ただ、それではいくらなんでも神話として内容が薄すぎますので、他の神話や伝承、神社の縁起譚などから、神同士の争い合いを連想させるものなどをピックアップして、それらを繋げて一貫したストーリーを創作したのでしょう。「国譲り神話」はそのようにして日本書紀編纂時に統一した形としては創作されたものだと思われます。

そして、この「国譲り神話」の冒頭で地上世界がオオアナムチによって統治されているという状況が示されるのですが、そこに至るまでの経緯を説明するために「国譲り神話」の前に挿入されたのが「出雲神話」ということになります。
この「出雲神話」は神話の舞台が出雲になっているので出雲神話といいますが、大和地方で天皇家や先住部族によって祀られていたオオアナムチを中心とした神話体系とほぼ同じ世界観で描かれた神話で、大和でもほぼ同じような神話体系が伝えられて信仰されていたのでしょうけれど、おそらく出雲で伝わっていた神話が最もストーリーが魅力的にまとまっていたのでそれを採用したのでしょう。
「出雲神話」は、スサノヲがヤマタノオロチを退治して地上を支配する話から始まり、その子孫のオオアナムチがイナバノシロウサギを助けて感謝される話、オオアナムチが兄達に様々な方法で苛められ生命を落としながら復活する話、オオアナムチが根の国の王となったスサノヲに様々な試練を与えられ地上の王となることを認められる話、オオアナムチの国作りにスクナヒコナが協力する話などによって構成されます。
この「出雲神話」の世界観は、天界と地上界という垂直的対比関係によって構成される北方的な世界観とは全く違った世界観で、「根の国」という海の彼方にある異郷と日本列島によって構成される世界観で、南方的な世界観であろうと思われ、稲作の要素が薄く、ヤマタノオロチやイナバノシロウサギやワニなど東南アジア起源のイメージが多く含まれていることから、おそらく旧モンゴロイドの比較的古層に起源を持つ神話体系なのだと思われます。
ヤマタノオロチは大蛇のイメージであり、イナバノシロウサギの神話はマレー半島にあるバンビとワニの知恵比べの神話の類型です。これもおそらくスンダランド起源なのでしょうが、やや大陸的イメージがあり、スンダランドから東南アジア、シナ南部経由のルートで伝わった神話なのではないかと思われます。一方、ポリネシア方面に広がるバナナタイプ神話を持ち、海洋的イメージの強い日向神話は黒潮ルートで伝わった可能性が高いといえます。

さて、この出雲神話の神話体系の主宰神がスサノヲで、スサノヲは「根の国」の支配者であり最初は日本列島も支配し、スサノヲの後に日本列島の支配者となるのがオオアナムチということになります。
この「出雲神話」は、いかにもツギハギだらけの急造の印象のある「国譲り神話」や「天孫降臨神話」とは違って、物語としては非常に面白くまとまっているのが特徴で、もともとある程度一貫して存在する神話体系をそのまま記述したという印象で、古事記では神話部分全体の分量の大部分を占めるほどなのですが、日本書紀では冒頭のヤマタノオロチ神話以外は全部削られ、他に少しの部分が一書で触れられているのみです。
これはおそらく日本書紀編纂過程で神話伝承部分は比較的早い時期、おそらく天武天皇の時代に一旦まとまったのですが、後に日本書紀完成直前、おそらく712年以降になって神話伝承部分の中で「天皇家の統治の正統化」という大目的とはあまり関係の無い無駄な部分を削る作業が行われ、その時に出雲神話の大部分は削られたのではないかと思われます。そしてその削除作業以前の原稿あるいは口承が712年に作られた古事記の原文になったのだと思われます。
こうして、「出雲神話」→「国譲り神話」→「天孫降臨神話」→「日向神話」という日本神話の大筋のストーリーが作られ、この「出雲神話」の前に「天岩戸神話」をくっつけて、「出雲神話」の主宰神のスサノヲを「天岩戸神話」に悪神として登場させることによって、スサノヲの系譜に位置するオオアナムチも悪神という属性を持つことになり、「国譲り神話」で天神への統治権の禅譲を迫られることについての整合性がつくことになるのです。
つまり、「天岩戸神話」で天神が登場し、「出雲神話」で悪神による国作りが行われ、「国譲り神話」で悪神から天神への統治権の禅譲が行われ、「天孫降臨神話」で天神から天皇家の祖神への統治権の継承が行われ、「日向神話」で天皇家の祖神から初代天皇への統治権の継承が行われるという流れになるのです。
日本書紀完成直前に神代の巻部分の記述の絞込みを行った際に出雲神話の中でスサノヲの出てくるヤマタノオロチ神話部分と、スサノヲとオオアナムチの血縁関係を示唆する部分は削られなかったのは、天岩戸神話と国譲り神話の間でスサノヲからオオアナムチへ「悪神」の系譜の継承があったということを強調したかったからでしょう。
このように、日本書紀の編纂過程において「天岩戸神話」「出雲神話」「国譲り神話」「天孫降臨神話」「日向神話」という順番にブロックが繋ぎ合わされて、トータルとしての日本神話のストーリーが作られていったのです。これは元々は「日向神話」が神武天皇紀に繋がるものとして存在し、残りのブロックは元々はそれぞれが無関係の神話体系であったものが「日向神話」の冒頭部分に過去にどんどん遡って積み重なるようにドッキングしていったのでした。
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この記事に対するコメント

いま、薮田絃一郎著「ヤマト王権の誕生」が密かなブームになっていますが、それによると大和にヤマト王権が出来た当初は鉄器をもった出雲族により興されたとの説になっています。
 そうすると、がぜんあの有名な出雲の青銅器時代がおわり四隅突出墳丘墓が作られ鉄器の製造が行われたあたりに感心が行きます。当時は、西谷と安来-妻木晩田の2大勢力が形成され、そのどちらかがヤマト王権となったと考えられるのですがどちらなんだろうと思ったりもします。

【2008/10/20 09:07】 URL | 大和島根 #- [ 編集]


このコメントは管理者の承認待ちです

【2011/02/28 07:07】 | # [ 編集]



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一発で!!!

凄いな~!
一発で!!!【2007/04/10 02:24】






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