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日本史についての雑文その185 創生神話
そして更に日本書紀作者は、この時点での日本神話ストーリーの冒頭に来ていた「天岩戸神話」の更に前に、天神や悪神などもひっくるめた日本全体の創生神話を挿入することにしたのです。
これは当時の唐代のシナの歴史観を意識した構成で、司馬遷の「史記」においては黄帝から始まる「五帝」という5人の聖人の列伝である「五帝本紀」が全体の冒頭に掲げられていましたが、3世紀ぐらいからこの「五帝」に先行する存在として「三皇」と呼ばれる3人の神が存在したと考えられるようになっており、唐代に入って司馬貞が「史記」の注釈書を著した際には「五帝本紀」の前に「三皇本紀」を付け加えるようになっていました。

この「三皇本紀」によれば、三皇は伏義、女媧、神農の3神であり、このうち伏義と女媧が最初にいたことになっています。伏義と女媧は雲南省で信仰されていた神で、その伝説は東南アジア全体に分布する類似の洪水伝説の1つのバリエーションと考えられます。それによると伏義と女媧は夫婦とも兄妹とも言われており、洪水によってこの兄妹を除いて人類が滅亡したので兄妹は結婚し人類の祖となったとされています。
こうした始祖神話を日本神話としても冒頭に設けるべきではないかと日本書紀作者は考えたのでしょう。そこで伏義と女媧の伝説に類似した神話を日本国内で探したところ、見つかったのが淡路島の海洋民に伝わる島生み神話でした。陸地が海中に没したままの状態のところに兄であるイザナギと妹であるイザナミの2神が交わって瀬戸内海の島々を生み出していくというのが元々のストーリーで、この神話も元々は伏義と女媧の神話と同様、東南アジア方面、おそらくはスンダランドの水没と関係する旧モンゴロイドの古層に起源を持つ海洋民の神話だったのでしょう。

このイザナギ・イザナミの島生み神話を日本書紀作者は話を膨らませて日本列島全体の「国生み神話」として日本神話の冒頭に持ってきて、更にシナ世界で3世紀以降ポピュラーであった盤古神を主人公とする「天地開闢神話」の要素を付け加えたのです。
3世紀に成立したシナの神話集「三五歴記」にある盤古神の天地開闢神話によれば、天地がその姿かたちをなす前、全ては卵の中身のようにドロドロで、混沌としており、その中に、天地開闢の主人公となる盤古神が生まれたということになっています。この冒頭の描写は日本書紀の冒頭の文章と全く同じで、但し、そこから生まれてくるのが日本書紀の場合は盤古神ではなく、造化三神と呼ばれる原初神などの一連の抽象的な神々であり、その流れの最後にイザナギとイザナミが生まれてくるということにしたのです。つまり日本書紀作者はシナの天地開闢神話を「国生み神話」のイントロとして使っているのです。
ちなみに、この原初の抽象的な神々はおそらくシナ世界における「天」の非人格神的、抽象的イメージと類似した存在を原初の造化神として据えることによって、日本神話も究極的にはシナにおける「天」に関する思想を共有したものであり、日本の天皇家もまた、究極的には「天」によって「天命」を受けた存在であるということを再度アピールする狙いがあったものでしょう。

そして更に日本書紀作者は、「国生み神話」を単なる国土創生神話で終わらせずに、あらゆる事物を生み出す創生神話に発展させていきますが、それもまた盤古神の天地開闢神話にインスパイアされたもののようです。すなわち、「三五歴記」にある盤古神の天地開闢神話の続きによれば、盤古神が死ぬと、その死体の左目が太陽に、その右目は月に、その血液は海に、その毛髪は草木に、その涙が川に、その呼気が風に、その声が雷になったということになっています。このように神の体からあらゆる自然物が生み出されるという描写は日本書紀の「国生み神話」の後半部分でも、国土を生み終わった後のイザナギとイザナミから自然神が生み出される描写で踏襲されています。
そしてこうした自然物の創生が「神の死」という代償を前提にしているということから、火の神を生み出した時にイザナミが死ぬことになり、そのイザナミの死に関連して「黄泉国神話」が展開されることになります。それは死んだイザナミを生き返らせようとイザナギが黄泉の国のイザナミを訪れ、見てはいけないと言われた儀式を覗いてしまったためにイザナミ復活に失敗し、怒ったイザナミに追い回されるという話ですが、これは世界中に広く分布するオルフェウス型の黄泉往還神話であり、日本においても葬送儀礼に関連してこの類の土俗的神話が存在したのであろうと推測され、ストーリーの展開上、ここに挿入したものでしょう。

それよりもここで日本書紀の作者が巧みであるのは、盤古神の死体の左目が太陽になり右目が月になったという天地開闢神話の描写を利用して、「国生み神話」の最後の部分で太陽神でもある天神の天照大神の誕生を描いて、そこから、天照大神が主人公として活躍する「天岩戸神話」へ上手くストーリーを繋げている点でしょう。
日本書紀や古事記においても、イザナミの追跡を振り切ったイザナギが左目を洗うと太陽神の天照大神が生まれ、右目を洗うと月神の月読尊が生まれたという描写になっており、盤古神の天地開闢神話と同じモチーフで話が展開しています。これは単なる盗用というわけではなく、シナ世界では太陽神は創造神の左目から生まれるものだという固定観念があったのでそれに合わせた措置であると考えるべきでしょう。月読尊の誕生もそうしたシナ式の固定観念に合わせたものでしかなく、実際、このような重大な場面で主神の天照大神とほぼ同格の扱いを受けていながら日本神話の中でこの後、月読尊はほとんど登場することはありません。この「国生み神話」のこの場面のためだけに創作された神なのであり、もともと日本書紀編纂時点で月読尊という神への信仰が存在したというわけではないのでしょう。
また、日本書紀作者の秀逸な点は、この盤古神の天地開闢神話をモチーフにした場面でイザナギが鼻を洗った際に暴風神としてスサノヲを誕生させ、その荒れ狂う様子と父神のイザナギの叱責などからスサノヲの悪神としてのイメージを強調しておき、イザナギによる根の国への追放処分によって本来のスサノヲの神格である「出雲神話」でのスサノヲのポジション、つまり「根の国の主神」という姿との整合性をつけて、またここで天照大神の弟神という位置づけをすることによって、次の「天岩戸神話」の冒頭でスサノヲが根の国への道すがらに高天原の姉神のもとを訪ねて、それがきっかけで天照大神の岩戸隠れの騒動を起こし、そこでまた悪神のレッテルを貼られて高天原を追放されて、根の国へ落ち延びていく途中で出雲国でヤマタノオロチを退治して出雲でオオアナムチに繋がる架空の王朝を作ってから根の国へ落ち着き、こうしてオオアナムチの王朝が悪神の系譜を引き継ぐことによって「国譲り神話」で天照大神に日本の統治権を禅譲するという展開に整合性を生むという、こうした複数の神話を繋ぐキーマンとしてのスサノヲという神を創造したことです。このスサノヲという便利な神をあちこちの神話で有効に機能させることによって、複数の神話を無理に繋ぎ合わせたことによって生じた矛盾や隙間を解消して、日本神話のストーリー全体の一貫性を保つことに成功したのでした。
このように、淡路島の島生み神話を発展させた「国生み神話」にシナの「天地開闢神話」、そして「黄泉国神話」を組み合わせて日本神話独自の「創生神話」を作り上げ、それを「天岩戸神話」の前に挿入することによって、現在知られている「創生神話」「天岩戸神話」「出雲神話」「国譲り神話」「天孫降臨神話」「日向神話」という日本神話の一連のストーリーの原型は完成したのでした。

ここで再度、この日本神話のストーリーの概略をまとめてみますと、まず「創生神話」の冒頭で混沌の中からシナ的な「天」に相当する造化神が生み出され、その造化神からシナの伏義・女媧に相当するイザナギ・イザナミの2神が生み出され、イザナギ・イザナミの2神から日本列島と自然神、そして天神である天照大神と悪神であるスサノヲが生み出され、次の「天岩戸神話」では天神である天照大神の復活物語が語られるのですが、これはある意味では天神の誕生物語でもあるわけで、これによって天神の権威を高め、同時に悪神であるスサノヲは根の国に追放されます。
続く「出雲神話」では悪神であるスサノヲが日本列島を統治し、スサノヲが根の国に去ってからはオオアナムチがそれを引き継ぎます。そして続く「国譲り神話」では天照大神が易姓革命を起こし、悪神の系譜を引くオオアナムチから日本列島の統治権の禅譲を受けて、天神である天照大神に日本列島を統治する「天命」が降ります。
そして次の「天孫降臨神話」において、天神である天照大神が自分の孫、つまり天孫であるニニギへ日本列島の統治権を継承し、天神から日本列島統治の「天命」を受けたニニギが日本列島へ降り立ちます。そして最後の「日向神話」において、ニニギから曾孫のイワレヒコまで日本列島の統治権が継承されます。そのイワレヒコが初代天皇の神武天皇であり、その後、神武天皇から歴代の天皇に日本の統治権は継承されていくのです。

このストーリーを見てみると、「天命」が2回降りていることが分かります。1回目は「国譲り神話」において、「易姓革命」を通して「天」から「天神」へ「天命」が降されており、2回目は「天孫降臨神話」において、「首長霊継承秘儀」を通して「天神」から「天孫」へ「天命」が降されています。
これらのうち、1回目の「易姓革命」による天命降下はシナ人に向けて、2回目の「首長霊継承秘儀」による天命降下は日本人に向けて、それぞれ天皇家の日本統治の正統性をアピールするためのものでした。
シナ人には日本的な世襲のみによる正統性の継承は理解できず、どうしてもシナ人向けには易姓革命による正統性の獲得という要素を付け加える必要がありました。逆に日本人向けには易姓革命のみによる正統性の獲得というのでは不足で、たとえ神話の中のこととはいえ、ちゃんと首長霊を継承する宗教的儀式を経た継承でなければ正統とは認められないのでした。それでこのようにシナ人にも日本人にも「いい顔」をするために、2回「天命」を降ろす描写を入れることになったのです。

これらのうち、シナ人に向けての説明にあたる1回目の天命降下、つまり易姓革命によって「天」から「天神」に天命が降下された分に関しては、要するに「天神」である天照大神が王朝の始祖に当たるという解釈ということになります。
つまり、例えば殷周戦争においては殷王朝の紂王が悪政を行い徳を失ったので周の武王が易姓革命を起こして紂王を放伐し、天は武王にシナを統治するように天命を降して、武王は周王朝を開いたわけですが、「国譲り神話」では紂王に相当するのがオオアナムチで、武王に相当するのが天照大神ということになります。そうして天照大神はこの場合は禅譲ですが、とにかく易姓革命によって天から日本を統治するように天命を受け、日本の統治に着手することになります。
ところで周王朝においては王朝の始祖の武王は天命を受けたわけですが、その後の周王朝の歴代の王達はいちいち天命を受けているわけではなく、武王に降された天命によって得られたシナの統治権を世襲していっているだけなのです。すると同様に天照大神の場合も、天照大神は天から日本を統治するようにという天命を受けましたが、その子孫は天命によって得られた日本の統治権を世襲していけば済むわけです。
そして実際、日本書紀においては天照大神から孫のニニギへ、そしてニニギから曾孫のイワレヒコを経由して、イワレヒコから歴代天皇へ統治権が世襲されてきたことが明記されているわけですから、これを読んだシナ人は天皇の日本統治の正統性がシナ皇帝のシナ世界の統治と対等の正当性を持つことを認めることになるのです。
但し、単に漫然と世襲していけばいいというわけではありません。王に徳が無くなれば殷の紂王のように天によって統治権を剥奪されて統治の正統性を失い易姓革命によって王位を追われてしまいます。ですから歴代の天皇たちも、単に天照大神の統治権を世襲していくだけではなく、自らが常に有徳性を示していく必要があります。日本書紀の全編、各所に渡って散見される潤色表現、小中華思想、瑞兆に関する記事などは、こうした歴代天皇のそれぞれの有徳性の確認のためのものであったのです。
日本人のみに向けての説明ならば、こんな手の込んだことはしなくても、天神である天照大神からニニギ、そしてその後のイワレヒコを経由して歴代天皇への首長霊継承だけ、つまり神話部分としては「天孫降臨神話」と「日向神話」だけで正統性の証明としては十分なのですが、シナ人を納得させるためには「天」と「易姓革命」、そして「有徳性の確認」の要素がどうしても必要だったのです。

まず、この「創生神話」の冒頭に登場する混沌のイメージとそこに現れる非人格的かつ抽象的な造化神のイメージがシナにおける「天」のイメージに酷似していることや、そこから現れるイザナギ・イザナミという男女の兄妹神のイメージがシナにおける三皇のうちの2神である伏義・女媧のイメージに酷似していることなどは、日本神話において語られている至高の存在とはシナにおける「天」と同一のものであるという印象をシナ人に与えることを狙ったものなのです。
つまり、シナにおける「天」と日本における「天」は結局同じものであり、「天」はシナにおいては歴代王朝の始祖に天命を降して歴代王朝のシナ統治に正統性を与えてきたが、同時に日本においても天照大神に天命を降してその子孫である天皇家の日本統治に正統性を与えてきたということになるのです。つまりシナの皇帝も日本の天皇も対等の「天子」であり、シナと日本は対等の「中華」だというわけです。
そういう「天」の日本での事跡をシナの人達は今まで知らなかったようだから、それを教えてあげようという文書が日本書紀だということになります。「実はおたくの天は日本では天皇家の統治に正統性を与えていたんですよ」というシナ人も知らなかった新事実を披瀝するのが日本書紀の使命というわけです。こういう書き方をされればシナ人としても自分達の王朝を正統化している天を否定するわけにもいきませんから、天皇家の日本統治の正統性を認めざるを得ないのです。
但し、シナ人は自分達の「天」の性格をよく知っていますから、その性格とあまりにかけ離れた記述では信用されません。つまりシナ人だって易姓革命も経ない王朝に「天」が統治権を与えるはずがないという反論をすることは出来るのです。だから日本書紀作者はどうしても易姓革命を書きたかったわけで、そういうわけで「創生神話」「天岩戸神話」「出雲神話」「国譲り神話」の部分が必要であったのです。

しかし、この日本神話の前半部分の大部分は、実際に現実の歴史において王朝交替が起こっていれば本来は不要なはずなのです。もし王朝交替が起こっていたのなら、「創生神話」の冒頭に混沌から生まれた「天」からすぐに天照大神が生まれて、そのまま「天孫降臨神話」に飛んで、天照大神がニニギに首長霊を引き継いで、「日向神話」でニニギの子孫のイワレヒコを経由して、そこから歴史時代に入り、イワレヒコの子孫の誰かが悪逆の前王朝を倒して王朝を打ち立てる物語を描いて、その英雄に対して「天」が「天命」を降せばいいのです。
いや、あるいは神話部分は「創生神話」の冒頭の「天」の誕生部分だけで、そのまま一気に歴史時代の記述に入って、天皇家の王朝の創始者の英雄によって悪逆の前王朝を倒す易姓革命のストーリーから始まってもいいかもしれません。
何にしても、もし現実に王朝交替があったのだとしたら、少なくとも「出雲神話」と「国譲り神話」は不要だったはずで、それらが現実には日本書紀に残っている以上、現実には王朝交替など無かったということになります。つまり「万世一系」は事実であったということになります。
むしろ、当時としては「万世一系」という事実はほとんど価値のあるものではなく、王朝の正統性という面では「易姓革命が無かった」というマイナス要素のほうが大きく、こうした「万世一系」というハンデの存在が、「日本神話」というものを創作する必要性を高めたのだといえます。
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この記事に対するコメント

 出雲の意宇というところは、記紀でも国生みの言い伝えがあり、風土記でも国引きの神話がある不思議なところですよね。

【2007/10/02 23:22】 URL | 阿太加夜 #- [ 編集]


 いまの島根県安来市あたりですね。そうですよね不思議ですね。

【2007/11/20 02:53】 URL | 取り鉄 #- [ 編集]



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