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日本史についての雑文その186 皇国思想の変遷
「万世一系」の事実というハンデをカバーするために日本書紀において創作された「日本神話」では2つの大きな虚構が提示されました。1つは「天神による易姓革命」、もう1つは「天孫思想」です。このうち前者の「天神による易姓革命」は全く空想上で完結している話であるし、そもそもシナ人向けの虚構ですので、その後の日本人にはあまり影響は与えませんでした。
しかし「天孫思想」のほうは日本書紀完成後の日本人に大きな影響を与えることになったのです。つまり、もともとは日本人にとっては天皇家の統治の正統性は「首長霊の体現者」であることに起因するものだったのですが、日本書紀において「天孫思想」を提示したために「天皇の統治が正統であるのは天神の子孫だからである」という考え方が日本人に生じたのです。言い換えると「天神の子孫である天皇家の血筋で皇位を継承しなければいけない」ということになります。
これは価値観というよりは一種の「約束事」や「制約」のようなもので、「絶えることなく天皇家の血筋で皇位を継承することが尊い」というような「万世一系思想」のような考え方ではないのです。単に「皇位は天神の血筋しか継げない」という認識でしかなく、それを「尊い」と感じているわけではありません。「尊い」のはあくまで「天神」であり、天皇家が尊ばれるのも、あくまで「天神の子孫」であるからなのです。

この時代はまだ、単に「天皇家がずっと皇位を継承する」ということそのものだけで尊ばれるような時代ではなかったのです。その証拠となるのが日本書紀完成の約50年後の769年に起きた道鏡事件です。道鏡事件においては、「皇位を望んだ怪僧である道鏡の野望が阻止された事件であり、この事件によって皇位は天皇家の人間が継ぐという原則が確認された」というような理解がされていますが、これは角度を変えて見れば、この時代においては「有徳である」という理由だけで道鏡のような出自怪しい者でも皇位を窺うことが出来たということであり、そのような申し出に対して天皇家も大真面目に祖霊に伺いを立てたりしているわけで、この時代においては「有徳の者が皇位を継ぐべきである」という考え方も根強かったことが分かります。
この「有徳の者が皇位を継ぐべき」という考え方自体が、日本書紀においてしつこく繰り返された主張でもあったわけで、このことを見ても日本書紀が「万世一系思想」に凝り固まった文書であったということはなく、日本書紀完成の50年後に支配層にこういった徳治思想のメンタリティーが浸透しているという事実を見ても、日本書紀が「万世一系思想」を強調するための書物ではなかったことは明白であり、「万世一系思想」を強調するために皇室の系譜までもでっち上げたりする必然性は全く無いのです。
そしてこの道鏡の野望を阻止したのも「万世一系思想」ではなく、あくまで「天孫思想」のほうだったのです。つまり「有徳の者が皇位を継ぐべきではないのか?」という道鏡側の論理に対して、反道鏡派は「いや、とにかく天皇家がずっと皇位を継いでいることに価値があるのだ」などと漠然としたことを言っているわけではなく、明確に「皇位は天神の子孫が継ぐべきものと決まっている」と反駁しているわけです。
おそらく、この時点では「万世一系思想」などでは道鏡側を論破することは出来なかったでしょう。何故ならこうした漠然とした「万世一系思想」を根拠づける理論がまだ未整備であったからです。一方「天孫思想」のほうは国史である日本書紀に明確にその論理が示されているわけで、まさにこの「天孫思想」によって道鏡の野望は阻止されたのです。

この道鏡事件において「徳治思想」に対する「天孫思想」の優位が確認されたわけですが、これはあくまで「天神の子孫が皇位を継ぐべき」という思想であって、「天皇家が途切れることなく皇位を継ぐことそのものが素晴らしい」というような「万世一系思想」とは異質な考え方なのです。そういう価値観はこの時代にはまだ存在していません。存在していたのは「天神の子孫が皇位を継ぐべき」という考え方であり、だから日本書紀においても、「天皇家の祖先が天神である」という虚構をでっち上げるための努力は為されていますが、「天皇家の血統が一系で続いている」とか「しかも男系で続いている」とか、そのようなことをでっち上げる動機自体が存在しないし、そのようなことについての価値観も文中で全く主張されていませんし、実際そのような捏造が行われた確固たる痕跡も存在していません。それでも実際に日本書紀において記述された皇統譜が一系であるということは、つまりそれが単に事実であるというだけのことで、「万世一系」は事実なのです。

確かに、日本書紀の各天皇の記事には細部においては不自然な点や、考古学の知見や他の史料と整合性の取れない点もあります。しかし同時に非常に合理的な部分も多く存在し、考古学の知見や他の史料と一致する部分も多々あるのです。トータルとしては、一言一句間違いの無い不磨の大典であるとは言いませんが、大筋では信用に値する史料であるという印象を受けます。
不自然な記述については、日本書紀という文書の狙いというものを考えれば、だいたい意識的な嘘の部分は、まず「天神による易姓革命を強調するための嘘」がありますが、これは神代の巻に集中しており、歴史記述に関連する嘘としては「天孫思想を強調するための嘘」と「徳治思想を強調するための嘘」、そして「小中華思想を強調するための嘘」、その関連で「対外的に屈辱的な事実の改竄や隠滅」があり、そして最後に「日本書紀編纂時の政権にとって都合の悪い部分の政治的な捏造」があります。そしてこれらの何れにも該当しない不自然な記述については、それは意識的な嘘ではなく、単なる作業上のミスや史料の不備であると考えるべきでしょう。
「皇統を男系一系のものに見せかけよう」などという動機自体がこの時代には存在しておらず、皇統の継承に関連して不自然な記述があり、それが上記の「意識的な嘘」のどの項目にもあてはまらない場合は、それは単に些細な作業上のミスであると考えるべきでしょう。私はそういう意味では日本書紀や古事記は細部においては曖昧な部分があまりに多くて、その細かな内容をそのまま史実として扱うというのは無理があるとは思っています。ただ、だいたい大まかに「こういう時代にこういう人がいて、こういうことがあったのだろう」ということや、その親子関係や系譜についてぐらいはだいたいは信用してもいいとも思っています。それが公平な考え方というものなのです。

しかし戦後の歴史学者は最初から日本書紀作者が「万世一系をでっち上げてやろう」ということばかり企んでいるかのように疑ってかかり、どんな些細な不自然な記述を見つけても「ほら見ろ、やっぱり万世一系をでっち上げようとしていた」と鬼の首を取ったように騒ぐばかりです。これでは職務質問でうっかり住所を言い間違えたら逮捕されるようなものです。最初から犯人扱いなのです。
まるで、歴史学者のほうが「日本の皇室が万世一系であってはいけないのだ」という先入観を持って日本書紀を読んでいるようなのです。しかし実際は「万世一系」というものを尊ぶ考え方自体が17世紀以降の発明なのであって、「万世一系をでっち上げてやろう」という動機自体が17世紀以降の人間にしか持ち得ない動機なのです。ですから7?8世紀の人間である日本書紀作者には動機が存在しないのであり、この「万世一系捏造疑惑」の全ての疑惑は動機を前提としたものに過ぎないわけですから、動機が無い以上、疑惑は成立せず無罪は確定です。

実際の歴史においては、日本書紀によって「天神の子孫によって皇位を継承しなければならない」という制約が加えられ、その制約が道鏡事件によって確定的なものになったのですが、その後も徳治思想もまだまだ根強く残り、後醍醐天皇や北畠親房などはだいぶ徳治思想に傾いていたりしました。しかしそれでも、その一方で、そうやって天皇家の血統が皇位を継いでいくうちに、「天神の子孫がずっと絶えることなく皇位を継いでいるから天皇家の日本統治は正統である」という思想が生じるようになってきました。特にそれは南北朝の混乱や足利義満の皇位簒奪未遂、戦国期の皇室の衰微などを通して「正統とは何か」ということが問い直された結果、こういう思想の傾向が強くなっていきました。
そういうところに江戸時代に入ってから政治一般には儒学の徳治思想が普遍的な価値観となっていき、その儒学が日本的に変容していく過程で先述の正統思想が儒学の中に消化されて、異民族に征服されたシナと日本を比較して「異民族の征服や易姓革命を経ずに天皇家が絶えることなく皇位を継いできた日本こそが真の中華である」というコペルニクス的な発想の大転換に達したのです。「王朝が途切れることなく続いているというのは徳のある証拠だ」というわけです。

これは「天神の子孫」という前提条件を抜きにして初めて「万世一系」そのものを尊いものと捉えた考え方で、この17世紀半ばの時点が「万世一系思想」の誕生であるといえます。この時点で一旦「天孫思想」は不要のものとなりました。これは結局、儒学的な徳治思想が天孫思想に勝ったということなのであり、徳治思想を前提条件とした「万世一系思想」が成立したために天孫思想は不要になったということなのです。
そして、江戸時代後期になって今度は国学において、儒学批判の文脈で徳治思想を戦乱や革命を正当化する謬説として排除して、「天壌無窮の神勅によって万世一系の天皇が統治してきた日本においては、君主が徳ではなく血統で定まっていたので戦乱や革命を正当化する理論は生まれず世の中は平和に治まってきた」という理論が生まれて、ここでとうとう徳治思想をも前提条件としない全く自立した「万世一系思想」が成立したのです。
この国学的な「万世一系思想」の根拠となっているものは「天壌無窮の神勅」であり、これは「天神の子孫が日本を治めるべきこと」とした天照大神の神勅であったので、確かに「天孫思想」に繋がるものではあったのですが、よほど国粋主義的な国学者以外の一般にはこの神勅が意識されることはあまり無く、単に神武天皇以来の「万世一系の統治」自体が価値あるものとして受け取られることとなっていったのです。
そして基本的には、この「神武天皇以来の万世一系の統治」を尊ぶ思想が明治以降の近代日本を支える中心的なイデオロギーとなったのであり、そこには天孫思想や徳治思想は入る余地はあまり無く、それゆえ近代日本は安定して発展することになったのです。

どういうことかというと、つまり「徳治思想」というものは易姓革命を肯定する革命肯定思想であり、「天孫思想」というものは危機の時代に求心力を高めるために使う国粋主義思想なのであり、これらは双方とも危険な過激思想なのです。だから、これらの過激思想から離れて成立した「万世一系思想」は社会に安定をもたらして近代日本発展の礎となることが出来たのです。
ただ「天孫思想」は危機の時代に勢いを増してくるものであり、幕末の混乱期には「天孫思想」に傾倒した過激派が勢いを増していたこともあり、それが明治になってから落ち着いていたものが、明治末期にマルクス主義という一種の「徳治思想」つまり革命肯定主義が日本に入ってきて台頭してきたことに対応して再び「天孫思想」が強くなり、例えば学校でもそれ以前は穏健な「万世一系思想」に基づいて神武天皇以降の歴史のみを教えていたものを、大正期以降は天照大神など神代についても教えるようになり「天孫思想」の傾向を強めていきました。
それにつれてますます社会は不穏になっていき、昭和初期から大戦期には「天孫思想」の弊害はピークに達し、生身の天皇と天神を同一視する「現人神思想」にまで発展し、言論表現の自由を侵害し、「万世一系思想」によって平和に治まっていた近代日本を台無しにしてしまう戦禍を引き起こしたのでした。

そうして戦争は終わったわけですが、終戦によって危機のボルテージは下がると「天孫思想」も勢いを失い、その後は「万世一系思想」に軸足を置いた穏健な社会再建がやって来るはずでした。実際、1946年1月の昭和天皇の年頭挨拶においても、神話を離れて君臣の紐帯に重きを置いて五箇条の御誓文に立ち戻っての国家再建を目指す意思が示されており、明らかに「天孫思想」を排して「万世一系思想」への回帰が志向されていました。
しかし、こうした皇室を中心とした国家再建を快く思わず、「天孫思想」を排除した後は「徳治思想」つまり革命肯定主義を奉じて、暴力革命によって日本を変革していこうとするマルクス主義者のグループが、近代日本本来の健全な姿への回帰を妨害するために、「万世一系思想」への攻撃を開始したのです。
それが「万世一系思想」の大前提である「万世一系」という事実そのものを無き物にしようとする策動であり、そのために日本書紀などにある皇統譜自体を「日本書紀作者によるでっち上げ」というレッテルを貼って全面的に葬り去ろうとしたのです。いかにもマルクス主義者らしい姑息な策動でしたが、そもそも「万世一系思想」自体が17世紀以降の産物であるので7?8世紀に生きていた日本書紀作者が「万世一系思想」に基づいた歴史の捏造など行う動機も必然性も存在しないのであって、このような「20世紀の人間が17世紀の価値観をもって7世紀の人間を裁く」などという人類史上未曾有の嗤うべき愚行は国民の支持を全く得ることはなく、無残な失敗に終わったのでした。
しかし、戦後にマルクス主義者が歴史学会に撒き散らした嘘宣伝の数々は、一般世間から隔離された学会内では除去されることなく増殖し続け、今日においても日本書紀作者をまず「万世一系思想の信奉者」と決め付けて犯罪者扱いするような、一般社会から乖離した悪しき風潮が蔓延することになっているのです。
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