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日本史についての雑文その187 記紀の史料的価値
例えば、初期の天皇の異様な長寿に関する問題についても、継体天皇以前の天皇の部分の年代計算が1年を2年にカウントする農耕暦を使用した結果のことで、寿命や統治期間の異様な長さについては日本書紀に掲載してある数値を半分に換算すれば、だいたい考古学的な知見や外国史料から窺える日本列島の状況などとの整合性もとれるのであり、この「二倍暦説」をとれば天皇の実在を否定したり系図を否定したりするような根拠にはならないはずなのです。
しかし歴史学者は「二倍暦説では日本書紀における年次の矛盾を全て説明できない」という理由でこの説を退け、日本書紀という史書は全く信用ならない史書であるかのような主張をすぐしたがるのです。
しかし私は何も二倍暦説で日本書紀の全ての年次の正確性を証明出来るなどとは言っていません。そもそも、継体天皇紀よりも前の分の正確な年次の記録は残っていなかったはずで、だいたい天皇ごとにだいたいその時代に相当すると想定される事跡を割り振って、それらの天皇の治世期間の中で適当な年次にそれぞれの記事を配置していっただけのことで、日本書紀の継体天皇紀より前の分に関しては全く不正確な年次が書かれているのであり、中にはその天皇の時代の事跡でなく他の天皇の時代の事跡であるものも紛れ込んでいる可能性もあり、細部については到底信用できるものではないと思っています。
ただ、それでも二倍暦説で修正した各天皇の統治期間における日本書紀の記事から窺える大まかな時代状況と該当天皇の歴史的役割、それらから類推される内外の情勢と、考古学的知見や外国の史料から窺える内外の情勢が、細部はともかく大筋においてはだいたい符号するという結果から、継体天皇以前の時代に関しては、考古学的知見を基本にして、その補完史料として外国史書と同列に扱ってもいいレベルのものだと思っています。
それぐらいの扱いが妥当なところだと思うのですが、日本の歴史学者は日本書紀に関しては何故か極端に冷酷で、最初から話にならない偽書扱いをして、ことさらに無視しようとしているように見えるのです。日本書紀の記述内容はとにかく全部が万世一系を強調し皇室を崇拝し軍国主義を称揚するためにでっち上げられた虚構であるかのような決め付けが根底にあるのです。

そういう歴史学者にかかると、この初期天皇の長寿問題にしても、二倍暦を使ったものが修正されずに紛れ込んでしまった等の何らかの過失を想定するのが普通だと思うのですが、日本の歴史学者の中には「シナや朝鮮の建国よりも日本の建国のほうを古くするための作為」などと主張する人もいます。
しかし、そうやって引き伸ばした紀元前660年の日本建国はシナの殷や周の建国よりも全然後ですし、逆に引き伸ばさなかった場合の起源前74年は新羅や高句麗などの建国よりも既に前であり、どちらにしてもわざわざ引き伸ばす意味がありません。
また日本建国を革命の年とされる「辛酉の年」に合わせるために意図的に紀元前660年まで繰り上げたという歴史学者もいますが、辛酉の年は60年に一度巡ってくるわけですから、なにもそんなに、天皇の寿命に不自然が生じるほどに引き伸ばす必要はなく、微調整で足りるはずなのです。

だいたい、そもそも初期の天皇が荒唐無稽な存在で実在しないというのなら、どうして不自然な長寿の天皇が発生するようなことになるのかが不可解です。どうせ実在しない天皇であるならば、もっと挿入する人数を増やせば不自然な長寿の天皇など現れなくて済んだのであり、そうしたほうが「嘘」がバレなくて済むのです。そうならずに、不自然な長寿の天皇が発生するほど少人数の天皇しか「挿入」できていないということは、それは「挿入した」のではなく、元々がその人数であったのであり「嘘」ではなく実在した天皇だから人数を増やしたり出来ず、寿命が長いのは暦年のミスなどのせいだと考えるほうが自然ではないでしょうか。
また、初期天皇の中には比較的短命の天皇もおり、彼らが実在の天皇ではなく、単に王朝の起源を遡らせるために作為的に挿入された存在なのだとしたら、不自然なほどの長命の天皇と短命な天皇が混在しているのはおかしな話で、普通はその短命な天皇にもう少し長生きをさせて、長命の天皇のほうの寿命を不自然にならない程度に削るべきなのです。そうした作為が全く為されていないということは、その記載年齢はでっち上げではなく本当の年齢の二倍暦による倍数なのであり、つまりその天皇たちは実在したのだと考えるほうが自然でしょう。
「だいたいこのような長寿は常識ではあり得ないのは日本書紀作者も分かっているはずだからこんな記述は作為的な出鱈目に決まっている」という意見もありますが、果たしてそうでしょうか。当時は確かに平均寿命は短かったでしょうけれど、医学が未発達であったので逆に寿命に関する定見というものが無く、300歳や400歳のやたら長寿の仙人のような存在がリアリティを持っていた時代ですから、何百年も前の伝説的天皇が120歳ぐらいであったという記録が天皇家に伝わっていたとしても、日本書紀作者も案外「そんなものかもしれない」と素直に受け取った可能性も高いといえるでしょう。

そして、そもそもそのように作為的に王朝の始まりを繰り上げる理由が不明です。「シナや朝鮮の建国よりも日本の建国のほうを古くするための作為」と言いますが、そういう「古ければ古いほど価値がある」という考え方自体が17世紀の日本における「万世一系思想」誕生後の価値観であって、それが近代になってから日本からアジア諸国に輸出されて、今ではシナや朝鮮が一生懸命に起源の古さを競争していますが、そんな価値観はそもそも17世紀以前は存在しなかったのです。そんな価値観があればあんなに文化破壊を繰り返すわけがないのです。彼らにとっては易姓革命によって天命が降ることのこそ価値があるのであり、その度に過去をリセットするのが彼らの生き方なのです。それが近代になって日本の影響を受けて起源の古さにこだわっているだけで、もともとそうした競争意識は存在しないのです。競争意識が存在しないのに、そのような作為的な繰上げが行われるわけがないのです。

また、長寿問題とは関係ないですが、歴史学者による酷い言いがかりの例として、初期天皇の名前の問題があります。日本書紀には天皇の和風諡号が載っていますが、そこに使われるイリヒコやワケなどの言葉の共通項を抜き出して、すぐに王朝の系統を分けて血の繋がらない別王朝であると断定するのです。しかし名前が似ていないだけで血の繋がりが無いと即断する理由にはならないのであって、そんなことが罷り通るならば徳川家康と徳川秀忠も親子でないということになってしまいます。
名前などというものは、例えば舅の名前から一文字貰ったり遠い先祖から一文字貰ったりすることもあるもので、親子で似ないこともよくあることなのです。
他にも王宮の位置や墓の位置などで根拠地が違うと判断し、根拠地が違うから別王朝だとすぐ断定したがりますが、単に勢力範囲が拡大したり後ろ盾の氏族が変わったり、政治状況に合わせて意識的に遷都したりすることもよくあることで、いちいち別王朝だと考えるほうがおかしいのです。

また、例えば初期天皇が父子相続が多いのが不自然だから実在性が低いなどという意見もありますが、これも酷い言いがかりで、我が家だって代々父子相続で継承してきているのであって、ましてや昔のことですから一夫多妻であったでしょうから父子相続はそれほど困難ではなかったでしょう。後に仁徳以降に兄弟相続が増えるのは、王権が大規模になってくるにつれて政治的な思惑に左右されることが増えたからでしょう。初期の天皇は実質的には大王とはいえない存在で、相続で揉めるようなことも無かったのでしょう。
また、嗤ってしまうのが、日本書紀に載っている初期の天皇の名前に使われている文字が例えば「耕す人」や「海」を意味するような一般名詞なので、その天皇は実在の人物ではなく一般的な概念の擬人化に過ぎないという学者の意見です。そんな屁理屈が通るなら現代にも多く存在する「耕作くん」や「海くん」などのような人物はいったいどうなるのでしょうか。彼らもみんな実在していないとでも言うのでしょうか。
そもそも、初期天皇の名前の語彙が一般名詞と共通したものが多かったり、同じ言葉が何人もの天皇に重複して使われているのも、要するに古代においては日本語の語彙自体がまだまだ少なく、抽象的な概念を表す言葉がまだまだ少なかったからなのです。だから仕方ないことなのだと言えます。

こういう歴史学者の考え方というのは結局は「万世一系」というものをとにかく否定したいという大前提に縛られているものであって、また、長寿の問題にしても、とにかく何らかのミスで寿命が長くなっているのではなく、日本書紀作者が意図的に無茶苦茶な改変を行ったので日本書紀の年代は修正不可能で使いようがなく、日本書紀には史料的価値は無いということを言いたいわけです。日本書紀や古事記に史料的価値が無くなれば、それはつまり「万世一系」の根拠となる史料が無くなるということで、「万世一系思想」を潰すことが出来るということになります。万世一系思想は近代日本の健全な再建のカギですから、日本に健全な姿に再建してほしくない内外の人達が「万世一系思想」を疎ましく思っているのであり、例えばこのようにして「万世一系思想」を攻撃してきているということです。
彼らが「万世一系」を否定したいと思うのは勝手ですが、私としてはこのような恣意的なやり方で歴史的事実が否定されるということは許すことは出来ないのです。いや、この場合は事実は確定しているわけではないのですが、事実に近づくための適切な方法論がおかしな集団の政治的思惑のために閉ざされるのは良いことではありません。私は、日本書紀や古事記に関しては、継体天皇以前の分に関しては、その細部の描写は史実としては扱えませんが、明らかに虚偽を書く動機の存在しない部分に関しては、考古学的知見の空白を埋める参考史料や、時代のイメージを掴むための史料、イマジネーションの源としての史料としては十分に有用で、大いに使うべきだと思います。
そして、二倍暦を修正した後の各天皇の治世年数から割り出された各天皇の実在年代とその大まかな治世内容、そして様々な豪族に繋がる政治的恣意的操作の考えられる部分は除いた天皇の系図に関しては、外国史書から割り出された当時の国際情勢と合わせて、考古学的知見の空白部分を埋める参考史料としての価値は十分あると判断します。

それらを虚偽だとして攻撃する人達はおりますが、「万世一系思想」の存在しなかった日本書紀編纂時において、作者が古い時代の天皇の実在や系譜、在位年数などについて虚偽の記載をする合理的な理由は存在せず、記述が虚偽でない可能性が高いのだとすれば、考古学的知見を照合するべきであり、それにより何らかの整合性があれば、史料として有効活用すべきだと考えます。そういうことを試みずに、最初から先入観で日本書紀作者を根拠もなく嘘つきだと決め付けるだけでは日本書紀の記述を全否定するまでの理由には足りないはずです。史料を闇から闇に葬り去ろうとする態度は、過去の真実を裏切ろうとする行為であり、そういう者は必ず未来にも裏切られることになるでしょう。
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