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日本史についての雑文その232 フォッサマグナ
さて、ここから先は中部地方、つまり鈴鹿関、不破関、愛発関という古代三関よりも東という意味での「関東」、古代における東国に入っていきます。
この古代における西国と東国とでは天然自然の条件が大きく異なっています。それは日本列島の成り立ちの経緯に大いに関係のあることなのですが、まず山地山脈の向きが違うということです。

そもそも陸地というものは海底を平地と考えた場合、陸地そのものが巨大な山のようなもので、山というものは麓から山頂までどんどん先細りになっていくものですから、麓のほうの形の相似形が山腹や山頂の形になっていくのが自然なのであり、どこを切っても金太郎飴のように同じような形になり、ただ大きさが上のほうに行くにつれてどんどん小さくなるというだけのことなのです。基本的には山というものはそういうもので、途中であまり劇的に形が変わったりはしないものなのです。
つまり日本列島という陸塊が太平洋の西端の海底から屹立する巨大な山だとするなら、日本列島における山地山脈というものは、基本的には日本列島の形をなぞったものになるはずなのです。日本列島というものは細長い形をしていて、フォッサマグナを挟んで西南日本では東西に細長く、東北日本では南北に細長くなっています。ならば西南日本では山脈も内陸部を東西に細長く走るはずであるし、東北日本の山脈は内陸部を南北に細長く走るはずです。
また、もともと日本列島が7000万年前に中央構造線を境に北側の内帯と南側の外帯が合体して出来たものであるために、九州から関東にかけてのライン沿いの山脈はその南北方向の圧力の作用で東西に押し潰されて広がった形をとる傾向も強かったので、ますます西南日本や東海、関東の山脈は東西に細長くなるはずなのです。
そうやって出来たのが西南日本における九州山地、四国山地、中国山地、紀伊山地などの東西に走る山地であり、また東北日本の奥羽山脈、北上山地、阿武隈山地、出羽山地、越後山脈も列島の形に沿って南北に走っています。これらの山地山脈からは何本もの河川が海岸線に向かって平行して流れており、それらは上流部で連絡し合って西南日本ならば東西、東北日本ならば南北の内陸水路を使った移動を容易にしていたのでした。
ところが2500万年?1500万年前にかけて日本列島がユーラシア大陸から離れて日本海が形成される際に西南日本が時計回り、東北日本が反時計回りに回転してその中央部が複雑に捩れて圧迫され、フォッサマグナという地溝帯を形成し、その東西に加わった大きな圧力によって本来の日本列島の山地山脈の形態とは異質な形態の山地山脈としてフォッサマグナの西に両白山地と日本アルプスが形成され、フォッサマグナの東に関東山地が形成されたのです。

両白山地というのは近江国から越前国への内陸水路の乗り換え点である栃ノ木峠から三周ヶ岳、冠山、能郷白山、平家岳というふうに西から東へ連なる山地が、九頭竜川の水源である九頭竜湖と長良川流域との間で越前国と飛騨国の境の油坂峠のあたりで急激に北方へ稜線が繋がり、大日ヶ岳、白山、笈ヶ岳というふうに能登国と越中国の境にまで至る山地です。能郷白山を主峰とした東西に連なる峰と、白山を主峰とした南北に連なる峰によって構成されており、2つの白山のある山地ということで両白山地というのです。
この両白山地の東西へ連なる峰の最高峰である能郷白山の標高は1617m.で、他の山もだいたい高くて1200?1400m.クラスであり、紀伊山地や四国山地に比べればまだ低いほうです。しかし両白山地の南北に連なるほうの峰になると急激に標高は上がり、1600?1700m.クラスの山々がそびえ、最高峰の白山ともなると山頂は2702m.地点となり、一気に森林限界を突破してしまいます。

森林限界というのは背の高い木が生育できなくなる限界高度のことで、高緯度地方ほど森林限界は低くなり、例えば日本の中部地方あたりでは森林限界は約2500m.で、東北地方になると約1600m.になります。森林限界以上の高度地帯は高山帯といって、草や灌木のようなものしか生えません。またこれらの高山植物は氷河期の植生が高山帯にだけ取り残されたものですので、氷河期以降に火山活動などで高山となった富士山などのような山の高山帯にはそもそも高山植物すら生えていません。
そもそも日本列島の人々が高い山にわざわざ登ろうとした動機は、別に登山を楽しもうなどというわけではなく、主に木材という貴重な資源を得るためでした。それが得られることのない高山帯にはわざわざ人は行かないわけで、行く必要は無いし、立ち入るリスクも大き過ぎるのです。だから畏怖して立ち入らないようになります。神の領域であって人間が踏み込んではいけない霊峰であるという信仰が発生します。
一方、近畿地方の最高峰は八剣山の1915m.で、四国の最高峰は石鎚山の1982m.で、これは西日本最高峰でもあります。そして中国地方の最高峰は大山で1729m.で少し低く、九州の最高峰は意外ではありますが屋久島で、宮之浦岳の1936m.です。これらは全て森林限界に達していません。つまり木々が生い茂っているわけで、人々は木材を求めて立ち入ることになり、そこで山岳地帯の厳しい環境の中で耐えていくための信仰や修行を求めるようになります。そういう場所は修行型の山岳信仰を生み、それらが後に修験道の聖地となっていったのでした。
そういうわけで西日本の山々では立ち入って修行するタイプの山岳信仰が生じ、中部地方の森林限界を超えた高峰では禁足地として畏怖して崇拝するタイプの霊峰への信仰が生じたのです。日本三大霊峰といえば富士山、立山、そして白山となり、全て標高2500m.の森林限界を超える山頂を頂く山です。

ちなみに北海道の最高峰は大雪山系の旭岳の2290m.で、東北地方の最高峰は燧ヶ岳の2356m.で、関東地方の最高峰は日光白根山の2578m.であり、いずれも独立峰の火山であり、しかも福島県南西端の燧ヶ岳や群馬と栃木の境の日光白根山については中部地方の山塊と無関係とも言えず、中部地方の山塊と無関係の最高峰としては東北では秋田と山形の境の鳥海山(2236m.)で、関東では栃木と福島の境の那須岳(1915m.)です。これらはいずれも高緯度地方なので森林限界は超えていますが、とにかく北海道や東北、関東にも標高としては2500m.に及ぶ山はほとんど無く、2500m.以上の山々が幾重にも連なる中部地方の状況のほうが本来の日本列島の自然な状態からはかけ離れた異常な状態なのだと考えられます。
その異常な力が本来は中国山地の延長線上にあって東西に走っていたごく普通の山地であった両白山地に東から圧し掛かり、両白山地の稜線を途中で「く」の字型に捻じ曲げて南北方向に走らせて、しかもその南北方向の山塊にも東から強烈な圧力を加えて標高を一気に2702m.にまで押し上げたのです。
この異常な力の正体はフォッサマグナを形成した西南日本と東北日本の陸塊のそれぞれの捩れのぶつかり合いの圧力です。この力がフォッサマグナという地溝帯を形成しつつフォッサマグナの東西両側の山塊を歪ませてその標高を異常なまでに押し上げる作用を発揮したのです。
フォッサマグナの西端が糸魚川静岡構造線、いわゆる糸静線で、新潟県の糸魚川にある親不知から諏訪湖を経て静岡県を流れる大井川にまで至る南北に走る大断層線です。この糸静線の西側に強烈な圧力が加わって、それが西方にある両白山地を捻じ曲げたわけですが、両白山地は糸静線からはまだ離れており、それでもそれだけのパワーを受けたわけですから、糸静線に接した山塊はもっと巨大なパワーをモロに受けたわけで、それが生み出したものが日本アルプスなのです。
日本アルプスは北アルプスといわれる飛騨山脈、中央アルプスといわれる木曽山脈、南アルプスといわれる赤石山脈の3つの山脈によって形成され、飛騨山脈が糸静線の北部を、赤石山脈が糸静線の南部を、それぞれ糸静線の西に接して南北に走り、その間に割り込むように木曽山脈が南北に走っています。
とにかく両白山地の場合は途中で稜線が南北方向に捻じ曲げられるという程度で済んでいたのですが、糸静線に更に近い日本アルプスの3つの山脈の場合は、もう完全に全体的に南北方向に走る山脈になってしまっており、それだけ強大な力が西のフォッサマグナ方面からかかっていたということであり、その力はまた両白山地の南北稜線の標高を押し上げたパワーよりも更に強大な作用を日本アルプスに及ぼしたのだといえます。

越後国の西端の日本海沿岸部にある親不知に発して信濃国と越中国の国境部を北から白馬岳(2932m.)、槌ヶ岳(2903m.)、五龍岳(2814m.)、鹿島槍ヶ岳(2889m.)、剱岳(2999m.)、立山(3015m.)、薬師岳(2926m.)、野口五郎岳(2924m.)と峰を連ね、更に信濃国と飛騨国の国境部を大天井岳(2922m.)、槍ヶ岳(3180m.)、奥穂高岳(3190m.)と連なっていき南端の乗鞍岳(3024m.)、そしてその南に少し離れて付属する御嶽山(3067m.)まで至る飛騨山脈(北アルプス)、は、このように主要な山だけでも両白山地の最高峰の白山を遥かに凌駕する標高を誇る山々が名を連ねる山脈となっており、糸静線に直接接することにより受ける圧力が並々ならぬものであることを物語っています。
その飛騨山脈の南端の乗鞍岳の山裾から20km.ほど南東に離れた地点に木曽山脈(中央アルプス)の北端にあたる経ヶ岳(2296m.)の山裾が始まり、この山脈も飛騨山脈ほどではないが標高の高い山々が南北に連なり、木曽駒ケ岳(2956m.)、宝剣岳(2931m.)、空木岳(2864m.)、南駒ケ岳(2841m.)、越百山(2613m.)、安平路山(2363m.)と美濃国と信濃国の国境部を南へ連なり、南端の恵那山(2190m.)に至ります。恵那山の山裾の南端よりも南は三河国となります。なお、平安時代ぐらいまでは長野県の木曽地方は美濃国に含まれており、古代においてはこの木曽山脈が美濃と信濃の境目となっていました。
この木曽山脈が飛騨山脈ほどの標高にまで達していないのは、飛騨山脈とは違って糸静線に直接に接しているのではなく山塊一つ分を隔てているからなのでしょう。その山塊というのが赤石山脈なのですが、木曽山脈の北端の経ヶ岳の北東15km.ほどの地点に諏訪湖があり、東に20km.ほどの地点、つまり諏訪湖の南10km.ほどの地点に赤石山脈(南アルプス)の北端である入笠山(1955m.)の山裾があります。
この赤石山脈は飛騨山脈と同様に糸静線の西に直接接していますので、極めて大きな圧力を受けて標高が押し上げられており、また飛騨山脈や木曽山脈と同様に南北に稜線が連なっています。入笠山の南は北から順に駒ケ岳(2967m.)、仙丈ヶ岳(3033m.)、北岳(3193m.)というように信濃国と甲斐国の国境部を三千メートルクラスの山々が連なり、更にそのまま南へ向かい信濃国と駿河国の国境部を農鳥岳(3026m.)、塩見岳(3047m.)、荒川岳(3083m.)、赤石岳(3120m.)、聖岳(3013m.)、光岳(2591m.)と南下して、その南は少し標高が下がり遠江国と駿河国の境部を大無間岳(2329m.)、黒法師岳(2067m.)が連なり、南端の蕎麦粒山(1627m.)の山裾の南は太平洋から40km.ほどの地点となります。
そして糸静線より東のフォッサマグナ西エリアでは元来存在した山地がひしゃげて引き伸ばされたような地形になっており、妙高山(2454m.)、黒姫山(2053m.)、浅間山(2568m.)、蓼科山(2530m.)、八ヶ岳(2899m.)、岩菅山(2295m.)、白根山(2160m.)などが散らばり、それらの間に十日町盆地、長野盆地、上田盆地、松本盆地、佐久盆地、諏訪盆地、甲府盆地などの盆地が散在し、そして甲府盆地の南には独立峰である日本最高峰の富士山(3776m.)がそびえ、その山裾は太平洋近くにまで達しています。

これらの山々や盆地のあるフォッサマグナ西部エリアの東には関東山地があります。フォッサマグナという地溝帯の東端の断層線は新潟県の新発田から小出を経て千葉県の九十九里浜に至るという非常に湾曲したラインであり、この周辺には相当に歪な圧力が加わっていると思われ、それがフォッサマグナ東部エリアに存在する越後山脈や関東山地の歪みや標高となって現れているのだといえます。
越後山脈は新発田の南東にある二王子岳(1420m.)から始まり御神楽岳(1386m.)、守門岳(1537m.)、浅草岳(1585m.)魚沼駒ケ岳(2003m.)など越後国と陸奥国の国境部を南西へ連なり、更に続いて平ヶ岳(2141m.)、丹後山(1809m.)、巻機山(1967m.)、谷川岳(1974m.)、万太郎山(1954m.)、仙ノ倉山(2026m.)、平標山(1984m.)、三国山(1636m.)と越後国と上野国の国境を南西に連なり、更に三国峠を横切って越後と上野と信濃の国境にある白砂山(2140m.)を西端とする山脈です。
この越後山脈はフォッサマグナの東端の断層線の新発田から小出を結ぶ南西に向かうラインに沿っており、このラインの圧力によって隆起した山塊なのですが、ちょうど海岸線に平行に南西に走るような形になっています。ところがフォッサマグナ東端の断層線が小出を過ぎてから急激にカーブして南東方向へ進むようになり、そのまま千葉方面へ繋がっていくのですが、信濃国と上野国の境にある浅間山の南、軽井沢碓井峠の南から始まる関東山地はこの南東方向のラインの圧力を受けて、荒船山(1423m.)、御座山(2112m.)、三国山(1828m.)というように信濃国と上野国の国境部を、そして甲武信ヶ岳(2475m.)、国師ヶ岳(2592m.)、金峰山(2599m.)、雲取山(2017m.)、大菩薩嶺(2057m.)と甲斐国と武蔵国の国境部を、そして大室山(1588m.)、蛭ヶ岳(1673m.)、丹沢山(1567m.)というように相模国北部を、それぞれ南東方向へ連なる山塊を形成しています。
この関東山地の南端は相模国の秦野中井付近で、相模湾の海岸線に10km.にも満たない地点となります。この秦野中井の西方20km.ほどの地点には箱根山の山塊が東海道を塞ぎ、そのすぐ西方からは富士山の山裾が広がっています。
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