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日本史についての雑文その367 2つの倫理と近代科学
もともと1世紀初頭にイエスによって説かれた教えは戒律や神秘主義や民族主義などに凝り固まった典型的な「統治の倫理」であった当時のユダヤ教に対するアンチテーゼとして説かれたユダヤ教改革派の教えで、寛容な博愛主義を特徴とした「市場の倫理」でありました。
ユダヤ教というのはそもそもどういう教えなのかというと、ごく簡略化して言えば、遥か昔にヤハウェという神がユダヤ人の長であるモーセとシナイ山で「ユダヤ人が神の与えた戒律を守るならば神はユダヤ人をこの世で特別に優遇する」という契約を交わしたのですが、ユダヤ人がその契約を破ったので神は罰を与え、ユダヤ人は亡国の民となったので、亡国の民となったユダヤ人の祭司たちが「神の赦しを得るためにユダヤ人は神の与えた戒律を守らねばならない」と唱えたことが始まりとなります。

実際にシナイ山で神との契約があったのかどうか定かではありませんし、亡国前のユダヤ人たちがヤハウェ神のみを崇拝していたというわけでもないようです。確かなことは亡国という重大事態を契機にしてヤハウェ教の祭司階級が戒律重視の教えを説き始め、その根拠として「ヤハウェ神との契約→契約違反→亡国」というロジックによる過去の失敗説を唱え、その反動としてのヤハウェ神を唯一神として崇拝する教義を構築したということです。
しかし、「厳しい戒律を守ってまでも別に特別扱いなどしてもらわなくても結構」というユダヤ人もいたでしょう。そこで特別扱いしてもらわないと困るという状況を作るために「原罪」という概念が考え出されました。つまり最初の人類であるアダムとイブが神を裏切ったためにその子孫である人類はみんな罪人で神から見放されており、その中でユダヤ人だけが特別に神に目をかけてもらった「選民」なのだから、ユダヤ人は戒律を守れば「選民」として優遇され、守らなければ他の民族と同じ罪人の群れに戻ってしまうのであり、だから戒律を守ったほうが得なのだと唱えられたのです。実際、「旧約聖書」において最初に書かれたテキストはモーセの事績について書かれた「モーセ五書」であり、「創世記」のアダムとイブについて書かれた部分はそれより後世の作といいますから、ユダヤ教の教義構築の脈絡はだいたいこういう感じなのでしょう。

このユダヤ教の戒律重視主義と選民意識が極端になりつつあった1世紀初頭にイエスが現れました。恐らく当時のユダヤ教の中に派生した、戒律に加えて厳しい修行によって魂の救済を求めるような、厳しい戒律によって禁欲を強いるような宗教においては必ず派生するタイプの神秘主義的傾向を持ったグループ出身で、魂の救済を閉鎖された修行サークルにおいて特別な苦行によって達成するのではなく、日常生活における利他的な実践活動を通して達成しようとした宗教家であったのだと思われます。そこにおいて隣人愛が強調され、戒律や選民意識にこだわることは重視はされませんでした。
そのイエスの教えの人気が高まったので、ユダヤ教の主流派の祭司たちが「イエスはユダヤの救世主を自称している」と誹謗し、ユダヤの救世主というのは俗世国家を打ち立てる政治指導者のようなものなので、主流派からは非難され、非主流派からは期待されましたが、イエスにそんな気は無いので否定すると今度は非主流派からは失望され、しかも当時ユダヤを支配していたローマ帝国の当局に騒乱事件の首謀者として密告されてしまい、イエスは処刑されてしまったというのが真相でしょう。
イエスの死後、その弟子たちがその教義を受け継ぎ布教を継続しましたが、このユダヤ教イエス派といえる宗派の中でギリシャ人に布教したグループがありました。この際に問題となったのが「原罪」の問題で、ユダヤ人以外の民族は罪人なので救済されないのだから布教は無駄だというのが従来のユダヤ教の見解だったのです。それを乗り越えるためにこのグループは「イエスはその死をもって人類の罪を贖われたのであり、イエス以後は異邦人もまた、そのイエスによる贖罪という事実を信じることによって、すなわちイエスの教えに帰依することで救済可能になった」と唱えたのです。
こうした独自の教義に加えて、ギリシャ人信者獲得のためにユダヤ教伝統の戒律を無視することが多かったため、1世紀末にユダヤ教主流派はこのイエス派を破門しました。これによってイエス派はユダヤ人とは看做されなくなったため、「ユダヤの戒律を守れば神に特別に優遇される」という観念から解放され、ユダヤの戒律から自由になりました。つまり、もう過去のユダヤ人が犯した神との契約違反の罪に負い目を感じる必要が無くなったのでした。そしてイエスの死によってアダムとイブの原罪にも負い目を感じる必要が無くなったのでした。
だいたい共同体というものは共通の負い目を持った者たちが共通の掟を守ることで負い目を糊塗するというのが本質ですから、これらのユダヤ教特有の負い目から自由になったイエス派は完全にユダヤ教から離脱して、ギリシャのエピクロス派哲学と習合してユダヤ人以外の異邦人に布教するように変質して普遍的な教義を持つ世界宗教であるキリスト教となっていったのです。強烈な負い目に縛られたユダヤ教の「統治の倫理」から自由となったキリスト教は「市場の倫理」へと変質していったのですが、それが1個の求心力を持った教団として維持されていったのはキリスト教独自の「負い目」を共有していたからでもありました。それは「罪なくして人類の罪を一身に背負って死んでいったイエス」に対する負い目であり、それゆえにこそイエスに対する強烈な感謝と罪責の念を共有するという意味でキリスト教は信仰共同体たり得たのでした。

しかし、この原始キリスト教はユダヤ教からの破門以降も執拗にユダヤ教側からの迫害に遭ったので、3世紀にはユダヤ教への敵対意識により、またユダヤ教との差別化を図るためにも新プラトン主義を経由してグノーシス主義の反宇宙的二元論の影響を強く受けて独自の教義を持つようにもなったのでした。グノーシス主義の反宇宙的二元論とは「現世の物質世界の神は不完全な悪の神で、人間の肉体も不完全で穢れたものである。隠された霊的世界にいる神こそが真の神で善の神であり、人間の霊魂はこの善の神につながっているのだから、人間は魂を磨いて真の神と合一して物質世界の呪縛から脱出しなければならない」という世界観です。
すなわち原始キリスト教徒たちはこの反宇宙的二元論を援用して「ユダヤ教の神=物質世界の神=不完全な悪の神、キリスト教の神=隠された霊的世界の神=完全な善の神」であり、イエスは善の神がこの物質世界に遣わした救世主であったという終末論的な教義を持つようになったのです。これによってユダヤ教は悪の宗教であり、キリスト教こそが善の宗教であるという自己主張をするようになったのです。
その後、こうした考え方を更に発展させて、一般的に他の宗教の神全般を不完全な神として斥けてイエスを遣わした神を隠された真の神として信仰する教義が定着しました。それまでのユダヤ教やキリスト教では神は姿は見えないがこの物質世界で臨在するものとして描かれてきましたが、ここにおいて神は隠された異世界に住んでいるということになったのです。例えば聖書の中でも「ヨハネの黙示録」はこうしたグノーシス的な世界観に基づいて書かれています。
つまり3世紀ぐらいのキリスト教は明朗な博愛主義に則った相互扶助を専らとする「市場の倫理」を顕教とし、現世のあらゆる神を否定して別世にいる隠された神による来たるべき世界の終末後の救済を望んで隠された神との合一を図るべく魂の浄化のための修行をする「統治の倫理」的な神秘主義を密教として持つことになったのです。この顕密の両面ともが2世紀以降のローマ帝国後期の荒んだ世相に合致して多くの信者を獲得していきました。
ここで重要なことは、当初のキリスト教では「イエスの死によって人類の原罪は解消された」ということになっており、「イエスに帰依することによって誰もが救済される」ということになっていたはずが、このグノーシス化されたキリスト教においては人類の肉体は悪の神の支配する物質世界のものであるのだから、人類は物質世界にある限り、イエスの死ぐらいではその罪深さは解消されないのであり、単にイエスの教えを信じるだけでは現世における救済は不可能となったということです。
ではどうすれば救済されるのかというと、真の神の遣わした救世主イエス(=真の神)の教えを固く信仰したまま肉体を捨てて霊的世界に行く、つまり死ぬことということになります。これが一番オーソドックスな救済方法ということになります。しかし、これは来世救済であって現世救済ではありません。あえて困難な現世救済の方法を探るというのがグノーシス主義に代表される神秘主義思想というものの存在意義ですから、ここでは現世救済の方法ということで考えれば、まず現世で生きながら特殊な修業によって「肉体の死を経て魂を浄化させて再び現世に復活再生する」という境地を仮想体験し、魂を浄化して真の神と合一する境地に至るか、あるいは現世を支配する悪の神を倒して真の神を迎え入れるか、この2つのどちらかということになります。いや、悪の神を倒すには神と同等の力が必要ですから、その前提として神人合一の境地に達していないといけないということになりますから、これらは一連のものと考えてもいいでしょう。グノーシス化されたキリスト教の中でもこうした特殊な救済方法を探るのがよりグノーシス的な傾向が強い宗派で、オーソドックスな宗派は真の神への強い信仰を抱いたまま人生を終えて来世救済を望む傾向が強かったと見ていいでしょう。

その後、キリスト教は3世紀に同じくグノーシス主義の影響を受けてアカデメイア派哲学から生じた、唯一神による支配を強調した新プラトン主義と結びついたことによって「統治の倫理」の色を濃くしていき、更に古代ローマの代表的な「統治の倫理」であったストア派哲学と習合することによって古代ローマ帝国における代表的な宗教へと成長していきましたが、こうして体制側の「統治の倫理」に近づいていくにつれて、キリスト教の中でもグノーシス的傾向の強い宗派が持っていた極端に現世否定的なグノーシス終末論的な神秘主義の色を薄めて、むしろオーソドックスに神への信仰を強調する傾向の強かった宗派の教えを基にして、神の善悪や真贋、物質世界や霊的世界などの区別をあまり強調せずにただひたすら唯一神への帰依を強調するような宗派も生まれてきました。
そうした宗派の1つに三位一体説を唱えるアタナシウス派があり、これは神とイエスと聖霊という当時キリスト教において崇拝対象となっていた3つの存在を全て同一の存在と見なすという思想で、これは要するにアタナシウス派においては神の定義をグノーシス主義のように明確に善悪や現世神や別世神などと区別することなく霊肉全てを支配する究極的存在として、二元論を排して神への一元的な信仰を求めていたため、神のイメージの分裂に繋がるイエスや聖霊のような神的存在を神と別存在として放置しておくことを危険視し、神と同一存在としてまとめてしまったというものでした。
4世紀になってキリスト教がローマ帝国によって公認され、皇帝権力と一体化した宗教となっていくにつれて、このアタナシウス派の一元的な神の支配を強調する教義が皇帝独裁体制に神による権威づけを行うという帝国政府当局の思惑と一致して、アタナシウス派が正統とされ、他の宗派は異端とされて排斥されるようになりました。特にグノーシス主義派は「アタナシウス派の神こそが偽物の悪の神であり、隠された真の神は別におり、イエスはその真の神から遣わされた」と主張して最大の抵抗勢力となりましたが、5世紀には排斥され、アタナシウス派がキリスト教の正統の教義となりました。
このアタナシウス派キリスト教における救済とは、オーソドックスな宗派の流れを受け継ぎ、「唯一神への信仰を固く維持したまま天に召された魂が救済されて天国で神の国に入る」というもので、善悪の神の戦いや神人合一の秘儀などを強調したグノーシス色の強い教えは排斥されました。これが4世紀末にローマ帝国の国教となり、ローマ帝国の分裂後も東ローマ帝国でもそのまま国教となって東ローマ帝国の政治権力の「統治の倫理」と一体化した宗教となっていったのが、来世での救済に備えての厳格な信仰を求める、まさに「正統(オーソドックス)」という名で呼ばれる正教会であります。
そして、この正教会のローマ支部であったローマ教会が西ローマ帝国滅亡後の帝国無き西ヨーロッパでゲルマン民族の部族社会に寄生して生き残っていくために、ゲルマン部族社会の「統治の倫理」と習合して正教会の教義を修正しつつ、9世紀あたりに教会とゲルマン諸侯による共同支配体制構築に特化した独特の「統治の倫理」を確立してカルト宗教化していったのがカトリックでした。それは基本的に正教会と同じく来世救済を求めながら、「煉獄」という独自の概念の導入によって魂の救済における教会権力の裁量権を肥大化させたものでした。

しかしグノーシス主義は他のキリスト教の宗派とは異なり、キリスト教内部の宗派であると同時にもともとキリスト教成立以前から存在していた独自の神秘主義体系でもあったので、キリスト教の外部に独自に存在したグノーシス主義の集団に対してはアタナシウス派による弾圧もさほど効力を発揮せず、それらは5世紀以後も生き残り、グノーシス的な世界観は中世ヨーロッパ社会の伏流として存在し続け、時にはカタリ派などのような形をとって現れ、カトリックに脅威を与えていました。ただ、グノーシス主義は反カトリックであるがゆえに時には庶民の支持は得ていましたが、あくまで「市場の倫理」ではなく「統治の倫理」であり、内向的な神秘主義であり続けました。
12世紀になって十字軍遠征後のイスラム世界との交流の中でヨーロッパ人は黄金を求めるようになり、そこで入ってくるようになったイスラム科学の体系の中にあったアリストテレスの四大元素説を基にして黄金生成の秘法が試行錯誤されるようになり、これがグノーシス主義と結びついて錬金術という人間精神も含むあらゆる事物の浄化完成を目指す神秘主義体系が形成されることとなったのでした。
錬金術においてはこの世の全てのものは根源的な一者、すなわち「第一ヒュレー(質料)」から生じたものであるのだから根源的な混沌に戻してしまえばまた別のものに変成させることが出来ると考えられ、その根源的な混沌の中に「賢者の石」を見出すことが出来れば、それを触媒として完成された物質としての黄金が得られると考えられました。これは現実に存在するものが穢れて腐敗したものであることを前提に、それが腐敗し混沌に至った後に善なるものの導きで再生復活して素晴らしいものに昇華するという思想であり、現世をいったん否定した上での善なるものの復活再生を説くグノーシス主義の教義と同一といえます。
この錬金術の思想を人間精神の昇華という面で見てみると、悪の神に支配される現世における穢れた生を死という混沌でリセットした後に救世主たるキリストの導きによって魂は浄化され真の神のそばに至ることが出来るということになります。これだけだと単なる1つの死生観でしかありませんが、グノーシス主義や錬金術は神秘主義思想でありますから、この本来は現世では完結されない行程を、まさに石ころを黄金に変えるがごとく現世にありながらやりきってしまおうという実践論が本来のグノーシス主義や錬金術の趣旨となります。
何故そのような無茶をしなければいけないのかというと、グノーシス主義によって真理に目覚めた者はこの悪神によって支配された穢れた現世そのものを破壊して混沌へとリセットした上で真の神の支配する清らかな世界へと導いていく使命を負うのであり、その使命を果たすためには上記の死から再生へと至る精神的行程を生きながら神秘的な方法でバーチャル体験してその魂をキリストや神と合一させておく必要があるのです。そのための特別な「死と再生」をイメージする神秘的修行法が人間精神における錬金術というわけです。
カトリックにおいては「神への服従」こそが重視されるのですが、錬金術はもちろん神(といってもカトリックの神ではないが)への信仰はありますが、目指すべきものは「神人合一」であり、つまり「神になること」なのです。そしてカトリックでは「来世での救済」が目的とされますが、錬金術においては「神人合一」した賢者による「現世の改造」、いやもっとあからさまに言えば、偽神であるカトリックの神の支配する現世を破壊しての真の神の王国の建設こそが究極目標となるのです。

こうした錬金術の思想はカトリックの裏返しでありキリスト教の陰の部分として中世ヨーロッパにおいて秘かに受け継がれていきました。一方、十字軍遠征以降、ヨーロッパに入ってくるようになったイスラム科学が全てグノーシス主義と結びついたわけではなく、そのまま受容されたものはスコラ学を形成し、それを踏み台にして14世紀のルネサンスにおいて入ってきた古代ギリシャ思想を咀嚼して、とうとう17世紀前半にルネ・デカルトによる理性重視主義、近代合理主義哲学の形成をみました。これは神の存在をとりあえず排除して理性による検証によって現世の様々な事物についての真理を探究しようという思想で「市場の倫理」の一種でした。
一方、15世紀に起きた宗教改革で確立されたプロテスタントはキリスト教を原初の「市場の倫理」に回帰させたものでありました。つまり、プロテスタントにおいては「イエスの死によって人類は原罪から解放された」という認識が復活したのでした。いや、より厳密に言えばそれはカルヴァン派においてのことであり、ルター派の場合はそこまで極端に原点回帰していません。ルター派は反カトリックの立場からカトリック以前のキリスト教へ回帰していき、正教会やアタナシウス派も飛び越えて2世紀あたりの「グノーシス化されたキリスト教」の段階に回帰したものでした。それは人間を悪神(悪魔)の側に属する罪深きものとして認識し救済不可能とする絶望の陰鬱さと、その負い目と一体化した徹底的な禁欲主義と深い信仰、そして神人合一した超人願望、神が悪魔を倒す終末待望論など、ドイツ地方に特徴的な(神智学やナチズムを準備することになる)神秘主義的傾向を備えたものでした。
しかし西ヨーロッパ文明の主流派を形成することになったのはルター派ではなくカルヴァン派でした。だからカルヴァン派の動向がここでは重要になります。カルヴァン派はルター派よりも更に過去のキリスト教に回帰してグノーシス化される以前の「イエスの死によって人類は原罪から解放された」とするキリスト教に回帰したのでした。それゆえカルヴァン派においては「罪なくして人類のために死んだイエス」に対して感謝の念を抱き、イエスへの罪責の念の裏返しとしての多少の禁欲さえ維持していれば、あとは大した負い目も感じる必要は無く、世俗的な経済活動によって自由に利益を追求することが肯定されたのでした。こうしてカルヴァン派の教義は負い目の希薄な明確な「市場の倫理」の形態をとることになり、このカルヴァン派が西ヨーロッパの主流派を形成したことで、西ヨーロッパにおいて重商主義が興ったのでした。

しかし、人間というものは縦軸と横軸の両方の倫理によって律されていないと落ち着かないもので、特に最も原始的倫理である縦軸の倫理、すなわち「統治の倫理」が欠けた状態では不安定になるのです。言い換えれば人間は何らかの共同体に属していないと落ち着かないのであり、共同体を作るものは何らかの「負い目」であり、「負い目」を糊塗する倫理が「統治の倫理」であり、共同体を超える倫理が「市場の倫理」であるわけですから、ここではプロテスタントという「市場の倫理」を持った人々の作る共同体を維持するためには何らかの「負い目」と、それを糊塗する倫理、すなわち「統治の倫理」が求められたのです。
もちろんこれらの人々は何らかの現実世界の国家に属しており、それらの俗世国家の「統治の倫理」の下にあるのですが、ここで求められたのはそういうものではなく、言うなれば「プロテスタントの王国」という未知の共同体を作ろうということであり、その未知の共同体を作ろうという運動を律する「負い目」と「統治の倫理」が求められたのです。
この場合、プロテスタントは「統治の倫理」たるカトリックに反対する思想によって誕生したものですから、カトリック的な「統治の倫理」を採用することは問題外でした。そこで中世ヨーロッパにおいてアンチ・カトリックの「統治の倫理」として存在していた錬金術の思想、すなわちグノーシス主義の思想における「悪の神に支配された人間」という根源的な罪という「負い目」と、それを克服するためのグノーシス的解決法がプロテスタントにおける「統治の倫理」として採用され、これがカルヴァン派の「市場の倫理」における欲望の解放の度合いの大きさの反動によって、より極端化し、大きな明確な動きを引き起こすことが求められ、16?17世紀のイギリスにおいて「千年王国運動」という広範な思想運動を引き起こすことになります。
「千年王国運動」というのは、プロテスタントこそが来るべきキリスト再臨の前の混沌と騒乱の中で悪神の支配体制であるカトリック体制との戦いに勝利すべき「選ばれた者」となるべき者たちなのであり、その来るべき日に向けて準備をしなければいけないという思想運動でした。「選ばれた者」とは神と合一だとする強い確信を持った者たちであり、神人合一の境地に達した賢者たちでした。そうした神人合一した者たちが真の神の支配する世界の秩序をこの世に再構築するということが「千年王国運動」の目標であり、そして、そうした秩序構築運動の側面で、その準備が整ったならば一刻も早く悪しき神に支配された現世の秩序を破壊して騒乱や混沌を生みだすことによって千年王国の到来を早めるべきであるという過激思想の側面も併せ持っていたのでした。つまり、この「千年王国運動」は基本的には新秩序構築運動という意味で「統治の倫理」なのですが、現秩序を破壊するという過激な側面が表面化する時には共同体を解体する「市場の倫理」の側面も持ち合わせていたということになります。
例えばイギリスにおいて清教徒革命の混乱を増幅させたピューリタンたちといったのはこうした過激思想の持主たちでありましたし、名誉革命の前にカトリック勢力に対する過激テロに走った勢力や、そのシンパで名誉革命後にカトリック勢力排斥を正当化するために無理な理論を展開したジョン・ロックなどの過激カルヴァン派もそうした千年王国運動の過激派でありました。そして、このジョン・ロックとアイザック・ニュートンは交友関係にあり、ニュートン自身が科学者であると同時に錬金術を修めた神秘主義思想家でもあり、キリスト教異端のアリウス派の信徒を自認していたことからも、ニュートンもまた千年王国運動の思想を信奉していたと見てよいでしょう。

近代科学思想はデカルトの近代合理主義哲学の延長線上にあります。デカルトは17世紀前半に「神を介在させずに理性による検証を行う」という近代科学の方法論と、「真理の探究」、例えば物質の根源な何なのか、とか宇宙はどうやって出来たのかなどを探究するというような近代科学の目的を示したのであり、ここから近代科学思想はスタートを切りました。しかし17世紀後半にそれを引き継いだニュートンこそが近代科学思想を完成させるにあたって決定的な役割を果たすことになったのです。すなわちニュートンによってデカルトの近代合理主義哲学に基づく科学思想は微修正が施されて「近代科学思想」として完成したのです。
ニュートンの決定版的な主著といえば1687年の「自然哲学の数学的諸原理」であり、近代科学の方向性を決定づけた非常に重要な書物ですが、この中でニュートンは万有引力の法則や運動方程式について述べています。ここで重要なことは、ニュートンは物質の根源や宇宙の起源などにはあまり興味を向けず、物質の背後にある法則や定理の究明を重視したことです。そして、ニュートンのそうした傾向は近代科学思想の傾向として引き継がれることとなったということです。法則や定理への異常なまでの拘りこそが近代科学思想の大きな特徴であり、その起源はニュートンなのです。
ニュートンにとっては科学も錬金術の延長であり、千年王国運動の手段の1つであったとしたなら、現世の物質は悪しき神に支配されたものであるのだから、いずれは混沌に帰して別の物質に変成されるのであり、その根源が何であろうがあまり重要ではない。いや、そもそも根源は唯一神(隠された真の神)そのものなのであり、それ以上探究する必要など無いのです。また現世の宇宙も悪しき神が支配している以上、いずれは滅びて別の宇宙が生まれてくるのであり、その起源など問うても仕方なく、そもそも宇宙を創造したのは唯一神(隠された真の神)なのであり、答えはとっくに出ているのです。
つまり、デカルトにおいては真理の究明作業から神は排除されていた(これはデカルトが無神論者であるという意味ではない)のに対して、ニュートンにおいては神は排除されておらず(但し一般的なキリスト教の神ではないが)、神による創造は自明のことなのです。ただ聖書の創世記にあるような記述が事実であるとはニュートンは思っておらず、何らかの絶対者が何らかの方法で宇宙の秩序を維持しているのであり、その方法を探ることこそが科学の目的であると考えたのです。いや、より正確にそして過激に言えば、現世において隠された真の神の法則を発見して、その法則を駆使して現世を改造して新しい世界(千年王国)の秩序を構築することこそが科学の目的ということになります。
更に言えば、そうした真の神の法則を身につけた人たちこそが真の神人合一を成し遂げた人たちであり、悪しき神を倒して新たな世界の秩序を打ち立てる「選ばれた者」なのです。極論すれば、神の法則を手中にした人間が神と同等の存在となることが科学の目的だとも言えます。そもそも科学の目的がそういうものであるのですから、科学的探究や科学的発展のために現世の秩序が損なわれたとしても、現世は悪しき神の支配する世界であるのですから、何ら問題ではなく、むしろそうやって破滅や混沌を近づけることのほうが真の神の世界へと近づく正しい行いということになります。自然的に現世に成立している秩序が混沌によって失われたとしても、そこから生まれてくる新しい秩序が真の神の法則に沿って作られるならば、必ずそれは以前のものよりも素晴しいものになるはずなのですから、問題は無いのです。こうなると自然物をどんどん壊して人工物に置き換えていく行為は、それが神の法則に則っているのならば、また神に等しい人間の行いであるのならば善ということになります。
もちろんニュートン個人はそこまで過激思想の持主だったわけではなく、彼は隠された神の法則を発見していくことで真の神の存在証明としようというほどの動機であったようです。ただ、17世紀当時の千年王国運動の盛り上がりの中では、それは容易に神の法則を使った新秩序構築運動、ひいては現世破壊運動に発展していくのは当然のことであったのです。ただ、そうは言っても、デカルト以来の単に理性による真理探究の流れに属する科学的営為も多数派として存在したので、基本的に近代科学は真偽を判別するという意味で「市場の倫理」であり続けました。ただ、その核心部分にニュートン的な善悪重視、秩序重視の「統治の倫理」、それも「真の神の支配」という究極の「統治の倫理」を抱え込むことになったのです。これは、近代科学思想が千年王国運動の影響を強く受けたことによって、千年王国運動の「統治の倫理」でありながら「市場の倫理」の側面もあるという二面性を引き継いだということでありましょう。

この近代科学思想が科学的成果の蓄積と共に18世紀に入ってヨーロッパに広まっていき、同じようにヨーロッパに広まるようになった啓蒙主義思想と共鳴し合うようになり、特に近代科学思想の中の最も過激な部分と啓蒙主義思想の中のロック的民主主義思想とが、その根本に千年王国運動という共通の根っこを持つゆえに合体して18世紀後半にルソーの人民主権論が生まれたのでした。
ルソー思想もまた王権神授説やホッブズ、ロックの思想と同じく「主権絶対論」に属します。しかし同時に既存の主権を全面的に否定する思想でもあります。何故なら、それら既存の「主権」は現世の悪しき神である「主」の「権利」なのであり、悪しき神の支配する現世の既存の秩序を構成する各国の既存政府の行使する権利、特に王権神授説に則って言えば、悪の神によって国王に授けられた権利だからです。だからルソー思想において正当とされる真の主権は政府には存在せず、政府に存在しないということはそれは人民に存在するのです。
しかし人民に主権が存在するということになると政府は存在意義を失い、必ず混沌状態が出現します。しかしルソー思想においてはそれでいいのです。混沌への回帰は悪しき現世政府を破壊するために通るべき道であり、そこから真の神の法則(科学的法則)に則った理想の社会(既にそれは「政府」ではない)が生まれてくる、いや、真の神の法則に則って人工的に作られるからです。それは人民という混沌の中から「賢者の石」ともいえる「真の神の法則」を触媒として社会契約によって作られるのですが、その法則の内容をルソーは具体的に明らかにせず単に「一般意思」という漠然とした表現をして、その「一般意思」という神の法則を理解できる神人合一の境地に達した神に等しい「選ばれた者」である「立法者」のみがこの新しい人工的理想社会(千年王国)の秩序構築を独裁的に指導する権利を有するとしたのでした。
つまり、ルソー思想に従うならば既存の政府を維持している「統治の倫理」は全て解体されることになるわけですから、これは究極の反体制思想であり、共同体の枠を全て破壊するという意味で究極の「市場の倫理」であるといえます。しかしその混沌の次段階に必ず神的存在による独裁という究極の凶暴な「統治の倫理」がやってくるという点を考えれば、このルソー的民主主義思想は通常の「統治の倫理」の下にある間は「市場の倫理」としてそれなりに機能するのですが、これが暴走して「統治の倫理」を解体してしまった場合は、純粋なるルソー的民主主義思想は最凶最悪の「統治の倫理」となって人民に牙を剥く危険思想となるのだといえます。
いや、「人民主権」というルソー思想の基本テーゼを認めてしまえば、そこから立法者による独裁までは一直線に繋がるのであるから、やはりルソー思想は「市場の倫理」としても認めることは出来ないものです。ルソー思想がロック思想も包含して「民主主義思想」というものを形成していると見なすならば、「庶民の側に自由の侵害に対する抵抗権が存在し、最悪の場合は政府の行使する主権の変更をも求めることが出来る」というロック思想の部分を庶民の「市場の倫理」、あるいは「統治の倫理」の補助システムとして認めるあたりまでが精一杯で、それより少しでもルソー思想のほうに針が振れてしまえば一気に全体主義的独裁に堕する危険な「統治の倫理」の側面が表面化するものと考えればいいでしょう。純粋な「民主主義思想」とはそういう危険な取扱い注意を要するもので、他の思想とブレンドして上手に使うことがお勧めとなります。
この民主主義思想を純度100%で服用してしまったようなものがフランス革命で、純度100%で服用した後ですぐに中和剤を飲んで事なきを得たのがアメリカ独立戦争であったといえます。フランス革命の場合は何の薬も飲まなかったので最初は破壊的な「市場の倫理」として作用して破壊と混沌という症状をもたらし、その後に究極の「統治の倫理」という猛毒性を現し、弾圧と粛清、抑圧的な恐怖独裁体制、そしてその挙句のロベスピエールによる「最高存在の祭典」という真の神への崇拝儀式の挙行へと至るという重篤症状がやって来ましたが、結局は真の神の千年王国などは現れず、ヨーロッパ中に混沌をバラ撒いた挙句、革命政府もナポレオン政府も死んでしまい、もとの現世権力の支配する世界に戻ってしまいました。

フランス革命を主導したルソー思想の唱える「人民主権」こそが、これを略して「人権」であると考えてもいいでしょう。世間的にはそれぞれ違った定義の単語ということになるのでしょうけれど、実際は同じことです。何故なら、「人民主権」、すなわち主権が人民に属し、政府を介さずに人民が主権を行使するような状態は必ず混沌状態を意味するか、あるいは混沌状態を現出させ、混沌状態においてはホッブズが述べた「自然状態」の如く、各自の生まれ持った「自然権」が暴走して互いにぶつかり合う「万人の万人に対する闘争状態」が現出するのですが、この「自然権」こそがいわゆる「人権」と同義語だからです。つまり「人民主権」思想に則って進行したフランス革命は当然の帰結として「人権=自然権の暴走状態」、すなわち「自然状態」を現出させたのであり、それゆえフランス革命の達成宣言といえる政治宣言書は「人権宣言」と言うのです。これは「自然状態の闘争状態が出現した」ということを高らかに宣言する文書であったのであり、そして実際、その後、革命は「万人の万人に対する闘争状態」という形で進行していったのでした。
このように「人権」というものは本来的に人間に備わっている生存や生活や活動に関する「自然権」であるのですが、それはそのまま思いのままに行使すれば秩序を破壊して混沌をもたらす厄介なものでもあり、各自の「人権」を少しずつ制限していって譲り合って健全な人間社会というものは成立しているのであり、その延長線上に国家というものもあるのです。つまり、「人権」に対する制限や制約は国家や社会においては本質的には必要不可欠で善なるものであるのですが、その「人権」に対する制限や制約に著しい行き過ぎや不公平などが生じた場合にそうした過誤の部分のみ微修正していくというのが本来の国家や社会における「人権問題への取り組み」のあるべき姿であるといえるでしょう。つまり「人権」そのものの定義や在り方、実現状況などに関する原理主義的な議論が必要なのではなく、個別の社会制度の欠陥を少しずつ修正していく、「より健全で公平な人権の制御システム」を確立して健全な社会秩序を維持していくことで対応していくべき問題なのだといえます。
ところがフランス革命においては、グノーシス主義から千年王国運動、近代科学思想、そしてルソー思想に連綿と受け継がれた「反宇宙的二元論」の影響によって現世権力であるあらゆる現世政府の「主権」に正統性を認めなかったため、政府と対置される人民に「主権」が存するという解釈となり、人民の自然権である「人権」と「主権」が同一視され、「人権」が「主権」のような絶対的なものであるという解釈が生じたのです。そうすると「人権を制御して秩序維持を優先する」や「人権を過度に損なう制度の微修正を行う」というような発想は受け入れられなくなり、「絶対的権利である人権を何の妨げも無く完全に実現する」や「人権を制限する制度を全面的に撤廃する」というような極端な発想のほうが受け入れられるようになっていきました。それは事実上、人権(自然権)の暴走(万人の万人に対する闘争状態)の容認であったのでした。

これを「反宇宙的二元論の影響で人権と主権を同一視するという過ちを犯してしまった結果」と解釈するのは、あまりにも善意的解釈に過ぎるといえましょう。何故なら、ルソー思想にまで繋がる反宇宙的二元論そのものの中において「現世秩序の破壊」がプログラミングされているのですから、「人権」と「主権」の混用とその結果の「人権の絶対化」は確信犯的に行われたと解釈すべきでしょう。
フランス革命においてはこのように「人権」の暴走を意図的に引き起こして、「人権」の暴走を制御して成立していた既存の社会秩序を破壊することが第一の目的であったのでした。しかし、この混沌状態からホッブズの唱えるような「人民同士の合意によって」(実際にそんなことが可能であったのかどうかは不明だが)通常の社会契約で新秩序が創られるのであれば、混乱も一時のことであり、それほど破滅的な結果はもたらさなかったでしょう。しかしグノーシス主義の末裔たるルソー思想における秩序破壊後の第二の目的、いや最終目的は「真の神の法則」に則った独裁による新秩序の構築であったのですから、その究極の独裁体制の下では結局は「国家権力による人権に対する制限の著しい行き過ぎや不公平」が生じ、しかもそれが絶対的独裁体制下では是正されないという深刻に破滅的な事態を引き起こし、長期間継続することになってしまったのでした。そしてその挙句、革命と独裁の体制自体が破綻し、到来したのは破棄したはずの旧体制たる王政であり、そしてそれさえも長続きはせず政治体制は変転していき、結局19世紀の大部分をフランスは政情不安の中で過ごすことになるのです。
これは普通に考えてルソー思想の破産ということになるのですが、あくまで科学的に千年王国の建設を望む人達はそれでも諦めきれず、フランス革命の失敗はルソーが「神の法則」の内容を明確に示さなかったからだと考えるようになりました。そこでルソー思想を完成させるべく「理想社会へ至る絶対的法則」という賢者の石を探す思索的冒険が始まり、その結果、その法則の枠組みをより具体的に「弁証法」という形で示したのがヘーゲルであり、そして、ヘーゲルの弁証法を更に発展させて「唯物史観」という科学的法則を「発見」したのがマルクスであったわけですが、これらのヘーゲル思想やマルクス思想を実際に純度100%で使用して科学的に千年王国を目指した実験の、フランス革命を更に大きく上回る悲惨な結果については例えばナチス・ドイツ、例えばソヴィエト連邦、例えば共産シナ帝国など、歴史上で既に明らかになっていることと思いますし、また既に何箇所かで触れましたし、またいずれもっと詳しく触れることもあるでしょうから、ここで詳細に述べることは控えます。

ただ一つ確実に言えることは、自然科学にせよ社会科学にせよ、神の法則と称されるものを手にした人間によって作られた効率的で利便、快適で清潔な人工的社会、そしてその神と合一したはずの人間たちの反面における神という観念とはあまりにかけ離れた醜悪さが露わになってしまった20世紀において、科学というものに対して人々が抱いていたニュートン的幻想は消え去ってしまったのですが、同時に科学と一体化していた部分における神に対する幻想もほぼ消え去ってしまったということです。科学と一体化していなかった神の部分のほとんどは「偽の神」として既に葬られてしまっていましたから、科学と一体化していた「真の神」に対する幻想が科学に対する幻想と共にほとんど消えてしまった結果、特殊な立場の人々を除いては社会における神に関する共同幻想は消えてしまったことになります。科学はそれでも利便性という面で存在価値を残したのですが、もともとが共同幻想そのものであった神はこれによって消えてしまいました。つまりニュートンが真の神の存在証明としようとした近代科学思想は、結果的に「偽の神」だけでなく「真の神」をも殺してしまったのでした。
もちろんこれはほぼキリスト教の神が死んだという意味であり、我々日本人の内面にとってはそれほど大きな問題ではありません。また、キリスト教徒の西洋人についても各自の内面においては神は存在している場合も多々あることでしょう。また、かなり可能性は低いですが、今後の科学的発見によっては神の存在証明がなされることもあるのかもしれません。ただ問題となるのは、20世紀になって西洋社会において「神」による制約、すなわち伝統的な道徳が希薄になってしまい、伝統的共同体の解体との相乗効果もあり、それまで道徳の制約によって抑制されていた資本主義や全体主義の暴走のリミッターが外れてしまい、そうした西洋起源の道徳なき大衆社会が全世界を覆うようになってしまい、そうした時代に現在、我々が生きているということなのです。
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この記事に対するコメント

はじめまして
抄蛇殿と申します。
私も日本史を勉強している身ですので、
このブログには勉強させてもらいました
時間はかかるでしょうけど、全部読ませてもらおうと思いますので、よろしく願いします

【2008/06/07 22:46】 URL | 抄蛇殿 #OARS9n6I [ 編集]


医学用語では悪性新生物(悪性腫瘍) http://magnetograph.crosstudio.net/

【2008/10/28 08:01】 URL | 57 #- [ 編集]


海老は高たんぱくで低脂肪と代表的な健康食品です http://paederast.crosstudio.net/

【2008/10/28 23:55】 URL | 57 #- [ 編集]



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