KNブログ


プロフィール

KN

Author:KN
気紛れにエントリ更新してしまいました。これからはのんびり気紛れなペースで、書き上がり次第に更新していきます。

メールアドレスはこちら
jinkenbira@yahoo.co.jp 

未来のために生きながらも、引き続き



ブログランキング

人気blogランキングへ



FC2カウンター



最近の記事



カテゴリー



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


国民覚醒の兆候 第一部 歴史的変動 第2話    革新保守と守旧リベラル
21世紀最初の年は2001年ですが、その最初の月である1月にアメリカではジョージ・W・ブッシュ大統領が就任しました。これは20世紀の最後の四半世紀に始まった大きな歴史的変動の流れのひとつの帰結でした。
この大きな変動が始まったのは、1981年のロナルド・レーガンの大統領就任からでした。レーガン以前のアメリカや世界を作ったのはフランクリン・ルーズベルトでした。それはつまりリベラル派の支配する世界でした。レーガンは保守思想でもって、そのリベラル派の世界に挑戦し、勝利したのです。
それ以来、古い世界の支配思想であるリベラル思想と、新しい世界を模索する保守思想とが、競い合う構図になってきたのです。フランクリン・ルーズベルトが作った守旧リベラルと、ロナルド・レーガンが作った革新保守という、2つの世界観が1980年代以降、争い合ってきたのです。

「革新保守」とは、おかしな言い方だと思われるかもしれませんが、レーガン以降の現代においては全然おかしくないのです。リベラルこそが戦後世界という名の「旧きを守る」守旧思想であって、それを「新たに革める」保守こそが革新思想なのです。
守旧リベラルの世界観というものはどういうものかというと、要するに第二次世界大戦の戦勝国である連合国が世界を支配していこうという世界観です。連合国とはつまり国連のことですから、国連中心主義ということになります。
つまり守旧リベラルの世界観ではソ連やシナはアメリカの同盟国であり、日本は敵国です。アメリカやソ連やシナが連携して世界を取り仕切り、日本を世界全体の敵国として監視するというのが守旧リベラルの世界観です。
しかしソ連やシナは全く非民主的な国家であり、国連もそこで働く職員は全く民主的な手続きを経て就任するわけでもなく、また国連加盟国には非民主的な国家がたくさんあるにもかかわらず、そうした国家にも平等に1票が与えられています。国連も、それを中心に据えた守旧リベラルの世界観も、実際には非常に非民主的なシステムだったであり、民意を無視して力で世界を支配しようという思想だったのです。
国連のもともとの姿はルーズベルトによる「4人の警察官による世界支配」という発想だったのですが、その4人のうちの少なくとも2人(ソ連とシナ)は実は強盗だったのですからお話になりません。こういう世界観は全く非現実的であり、冷戦の開始によって早々に破綻しました。ソ連やシナとアメリカは敵対するようになり、国連は形骸化しました。
しかし、第二次世界大戦の勝利が巨大な成功神話となってしまったために、その守旧リベラルの世界観は現実性を喪失した後もなお影響力を保持し続け、またそれに変わるだけの新たな世界観の提示も無かったために、アメリカは迷走を続け、それによって世界は混乱し続けました。

そうした迷走が頂点に達した時にレーガンが現れて、新たな革新保守の世界観を提示したのです。それはつまり、国連中心主義を排して、高い道徳性や精神性を備えた国民によって正当に選ばれた主権国家の政府の有志連合が世界の平和を維持していくという世界観です。だからレーガンは宗教や道徳を重視し、民主主義を重視し、日本やイギリスなどのような真の同盟国を重視し、ソ連を「悪の帝国」と呼んで徹底的に断罪したのです。
独裁国家と妥協し野合することばかり考えていた守旧リベラルの連中は驚いて、レーガンをさんざんに誹謗中傷しました。守旧リベラルの連中とは、つまり東部の金融財閥やマスメディア、国務省の官僚、ハーバード大学に巣食う学者連中のことです。日本の戦後の社会の指導層は政界も官界もマスコミ界もほとんどがこうした守旧リベラル連中の影響下にあります。
日本の政界や官界や財界などで実権を握っている主流派の連中をよく「保守派」などと言いますが、それは全くの出鱈目であり、実際は守旧リベラル派の影響を受けた連中ばかりなのです。
しかし守旧リベラル連中がどんなに誹謗しても、結局はレーガンが正しかったことは歴史が証明してしまいました。レーガンが冷戦に勝利してソ連を潰してしまったことによって、革新保守の守旧リベラルに対する思想的優位はもう完全に確定したのです。
しかし守旧リベラル派がアメリカや国連、その他、世界各国の指導層、もちろん日本の指導層も牛耳っているという状況はすぐには変わりませんでした。ですからその後はもう守旧リベラル派の支配者たちの悪あがきの歴史です。
思想的には完全に劣位で、国民からも見放されているにもかかわらず、自らの既得権を手放したくないために必死の悪あがきで抵抗を続けるのです。何故なら彼らの既得権とは、非民主的な国家や集団との野合によって築いてきたものが殆どであり、全く民主的に手に入れたものではないので、革新保守が天下を取った暁には、全て剥奪されてしまうようなものばかりだったからです。
そうした守旧リベラルの悪あがきがアメリカでは1993年にクリントン政権を誕生させましたが、しかしクリントンはモニカ・ルインスキー事件、ホワイトウォーター事件などの数々のスキャンダルで大統領職を汚し、バブルのツケを残し、物質的繁栄ばかりを追い求めて国家の道徳的基盤を損ない、中東和平は破綻し、北朝鮮に対する宥和政策で脅威を増大させ、シナのスパイに対しては全く手も打てず大いに国益を損ない、結局はさらにリベラルの評判を落としただけで、何ら情勢を挽回することは出来ませんでした。
これに対して2000年の大統領選挙において共和党のジョージ・W・ブッシュは国家共同体の再生や道徳的価値観の復活、自由経済政策と国防重視の外交方針などを公約として大接戦の末、クリントンの後継候補ゴアに競り勝ち大統領に就任したのです。
この第一次ブッシュ政権の4年間で革新保守勢力は勢力的にも守旧リベラル勢力に対して完全に優位を決定づけることになりました。日米英同盟を強固にして北東アジアから中東までの不安定地域に対処するというポスト冷戦時代の外交方針も固まりました。今後、この方針が大きく変更されることは無いでしょう。
守旧リベラル思想は当初の空想的理想主義が破綻した後はひたすら堕落を重ね、結局は「利」に流される怠惰な個人主義に堕しました。それに対して革新保守思想(新保守主義ともいう)は、「義」や「理」や「道理」などの価値観に重きを置く考え方です。
守旧リベラル勢力が悪あがきすればするほど、そうした抵抗が激しいからこそなおさら、革新保守勢力はますます攻勢に出なければいけないのです。

こうしたブッシュ政権が誕生した2001年の9月11日に世界史の流れを変える重大事件が起こりました。イスラム過激派アルカイダの一味によってハイジャックされた複数の旅客機がニューヨーク世界貿易センタービルや国防総省ビルに突っ込み多数の死傷者を出したアメリカ同時多発テロ事件の発生です。
アメリカ合衆国の国家中枢の破壊を目的としたこのテロ事件にアメリカ国民および政府は衝撃を受け怒りを大きくし、事件の主犯であるアルカイダ指導者オサマ・ビン・ラディンがアフガニスタンに潜伏していることを突き止め、アフガニスタンを支配するイスラム原理主義政権タリバンにラディンの引渡しを要求されたが拒絶され、報復のためアメリカ軍を中心とした多国籍軍は10月8日にアフガン空爆を開始し、これにより対テロ戦争が始まったのです。
この事件以降、アメリカの世界戦略が新しく変ったことを受けて、日本としてもそれに対応した新しい防衛計画や国家戦略を作る必要が生じたのです。
アメリカの新しい世界戦略とは、テロとの戦いに勝利するために、朝鮮半島から中東を経て北アフリカまでのテロの温床地帯としての「不安定の弧」に迅速に部隊を展開できる機動性の向上を図ることです。そのための戦略拠点を欧州ではイギリス、アジア太平洋においては日本として、アメリカ軍はイギリスと日本の米軍基地から「不安定の弧」ににらみをきかせるのです。
このような「不安定の弧」という概念およびそれに対処する戦略というものはこのテロ事件以前からアメリカ政権内部では認識され練り上げられてきたものなのですが、このようなテロ事件発生によって現実的な脅威を強く認識したアメリカ国民によってこの新しい戦略は圧倒的に支持されていくことになったのです。そういう意味で、このテロ事件は歴史を変えたのだと言えます。
スポンサーサイト
人気blogランキングへ 応援のクリック 宜しくお願い致します。

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。