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国民覚醒の兆候 第一部 歴史的変動 第4話    冷戦後の日米同盟
レーガンはSDI構想によってキッシンジャーのMAD理論を粉砕し、欧州にパーシング?とトマホークなどのINFを配備する構想を打ち出し、それによりソ連の西方における総合的な軍事バランスをアメリカ有利に逆転したのであり、それによってソ連は地上兵力の多くを欧州方面に回さざるを得なくなり、それによって日本は救われたのです。
この1980年代のレーガン時代に日米同盟は強化されますが、それは単にレーガン以前には希薄になっていた関係を、より親密なものに戻しただけであり、親密度はアップしたが質的な変化は大して無かったと思われます。
但し、親密度がアップするにつれて米軍と自衛隊の共同軍事行動の機会が増え、制服組同士の交流も進み、そこで培った相互の信頼関係が冷戦後の日米同盟の発展の基礎になりました。

何故、冷戦末期のこの時期に日米同盟に本質的な変化が生じなかったかというと、確かにレーガンも内心では日米同盟の一方的日本有利の状況に対して腹立たしく思っていたでしょうが、レーガンはソ連に対して日米同盟の親密度をアピールするほうを優先し、本質的な変化を求めて逆に日本を追い詰めて日米同盟が壊れてしまうことのほうを恐れたのではないかと思います。
それほどこの冷戦末期の時代のソ連の極東における攻勢は激しいものだったのです。それゆえレーガンは、極東においては攻勢に出るのではなく現状維持のほうが良いと判断したのでしょう。攻勢に出ようとして無理をして日本を失うようなことがあれば、極東でアメリカは絶対的不利に追い込まれ、アメリカの対ソ連世界戦略は破綻します。
そこまでしなくても、極東では現状維持でも、欧州方面での攻勢によって十分にレーガンには勝利の確信があったのでしょう。「ロン・ヤス関係」の親密さの実態とは、こういうものだったのではないかと思います。
ですから、ソ連の大攻勢という極東における脅威の重しが無くなった冷戦後の時代のほうが、却って日米同盟は本質的な変化を生じて発展することになりました。
つまり、アメリカとしては今まではソ連という脅威に備えるために敢えて言わなかった日本への不満をおおっぴらに日本へぶつけられる状況になったということです。
アメリカの不満とは、言うまでもなく、日米同盟において米軍が一方的に日本防衛義務を負わされているということへの不満です。1960年の新日米安保条約において日米が共同して日本と在日米軍基地を防衛すると定められているのもかかわらず、日本側がその義務を履行していないという不満です。はっきり言ってこれは条約違反であり、非は一方的に日本側にあります。
ですから1997年の新ガイドラインにおける日本防衛時と周辺事態における米軍と自衛隊の役割分担の明確化は、そうしたアメリカの不満を背景にした、新日米安保条約の目指す日米対等同盟という本来あるべき姿に向かっての日米同盟の正常化の営みの一歩として捉えるべきでしょう。
またアメリカはソ連との冷戦終結後、新たな世界秩序を作るために東アジアから中東を経て北アフリカに至る、いわゆる「不安定の弧」(この用語自体は2001年以降のものだが)への積極的関与を強めるようになり、そのための戦略拠点として在日米軍基地を使うために1996年の日米安保宣言において、日米安保条約の適用範囲を極東に限定せずにアジア太平洋地域、あるいは全地球規模にまで拡大しました。
日米安保条約の地理的適用範囲が拡がったために、その域内で展開する米軍が全体的に手薄になるようになりました。その手薄な部分を同盟国である日本にカバーして欲しいと望むのはアメリカとしては当然のことです。
そのアメリカの要望に応えるために日本としては「不安定の弧」に展開する米軍を支援する活動を自衛隊を使って積極的に行うという方針になったのです。これを日本政府は国際的安全保障環境の改善を目指す「国際的安全保障活動」と呼び、冷戦後の日本の防衛力運用の1つの柱として重視しているのです。その一例が2001年のアフガン攻撃の多国籍軍支援のための海自艦艇によるインド洋での給油作業であったり、2003年勃発のイラク戦争後の戦後復興事業のためのイラクへの陸上自衛隊部隊派遣などです。

おそらく日本政府はアメリカに盲目的に追随しているという認識ではなく、むしろ積極的に国際的安全保障活動を行っているはずです。
ただ積極的といっても、別に日本政府はアメリカの唱える戦争の大義名分に心から共鳴しているわけでもないし、日本が行うようなささやかな活動が中東の安定にさほど貢献するとも思っていないし、確かにここで少し協力しておかないと石油が買えなくなるのではないかという危惧は少しはありますが、本音では面倒臭いことに巻き込まれるのは御免だという思いは強いでしょう。
しかし、それでも積極的にアメリカに協力して国際的安全保障活動を行う理由は、遠い中東で国際的安全保障活動を行うほうが、まだ日本の防衛で応分の負担を求められるよりはマシだと判断しているからです。
つまり言い換えると、中東で自衛隊をボランティア部隊としてレンタルしますから、その代わりに、どうか日本の防衛は今まで通りアメリカにお願いしたい、ということです。
90年代に入ってから新日米安保条約の正式な履行、つまり極東における日米同盟の日米対等化を求めるアメリカの圧力が強まり、それをかわしきれなくなった日本政府が窮余の一策として、「不安定の弧」に対するアメリカの軍事行動の支援のために積極的に自衛隊をレンタルし、その見返りに日本防衛を米軍に押し付けようとしたというのが、この「国際的安全保障活動の重視政策」の正体でしょう。
おおかた日本政府当局者の頭の中は「昔は基地を提供するだけで日本を守ってもらえたのに、最近になって基地だけじゃなく、自衛隊ボランティア部隊も人身御供に提供しないと日本を守ってもらえなくなった」というような泣き言でいっぱいなのでしょう。
確かに、「不安定の弧」に米軍が展開することによって極東方面の防衛力が手薄になっている事がアメリカによる日本に対する日米同盟対等化要求の原因の一つではあるので、その前線である「不安定の弧」における米軍の負担を自衛隊で補うことによって日本防衛に回せる米軍の余力を確保するという考え方は、ある意味では筋が通っています。見ようによっては名案とも言えます。
いわば自衛隊は日本の安全のためにはるばるイラクまで出稼ぎに行っているようなものです。武器使用や戦闘行為に不当な制限をつけられて危険地域に行かされている自衛隊員に対する国家の遇し方として、こんなことでいいのだろうかという疑念は大いにあるところですが、それでも、こういう事情を正直に政府が国民に語るならば、まだ「イラクの平和のため」「世界平和のため」などという現実味の無い説明による場合よりは、少しは高い支持率が得られたのではないでしょうか。
「日本をアメリカに守ってもらうためには、自衛隊にイラクで働いてもらわないといけない。どうか国民の皆さん、理解してください」と言えばいいのです。これは確かに日米同盟の一面の真理であるのだから、正直に言えばいいのです。
しかし、日本政府は決してそういう本当のことは言いません。ここまであからさまに本当のことを言ってしまうと「なぜ自衛隊が日本を守らないのか?」という疑念を持たれてしまうからです。そういう論争が始まることを政府は恐れるのです。
自衛隊を出稼ぎに出してまで米軍による日本防衛を求めた理由も同じことです。日本政府は日米同盟の極東における対等条約化をとにかく恐れているのです。いや、対等条約化そのものよりも、それによって必然的に憲法9条改正の論争が起きることを恐れてきたのです。

日本政府が何故、憲法9条改正論争が起きることを恐れているのかというと、まず政権が保たなくなることを恐れています。そしてシナの機嫌を損ねることを恐れています。また政府内にいるシナや北朝鮮のスパイたちが精神的母国の危機を恐れています。
だから、日米同盟の対等化を避けるために、自衛隊をイラクに出稼ぎに出して、そのかわりにアメリカには今まで通り日本防衛をお任せしようとするのです。そうしておけば憲法9条は改正しなくてもいいわけです。シナのご機嫌も損ねずに済むわけです。
イラクでの自衛隊の活動なら戦闘行為ではないから憲法9条には抵触しませんし、仮に抵触したとしてもシナや北朝鮮にとって直接の脅威にはなりません。だから日本政府の連中は安心して自衛隊を送り出せるのです。
そんないい加減な送り出し方をされては、むしろ安心できないのは自衛隊員のほうです。
つまり「日本をアメリカに守ってもらうためには自衛隊にイラクで働いてもらわないといけない。理解してください」というのはウソなのです。すぐにウソが透けて見えるから、あえて政府はこういう説明はしないで「イラクの平和」「世界平和」とか言うわけです。
どういう意味でウソなのかというと、つまり本音は「憲法9条を守るためには自衛隊にイラクで働いてもらわないといけない。理解してください」なのです。
またあるいは「政権を守るためには自衛隊にイラクで働いてもらわないといけない。理解してください」も本音です。あるいは「シナを守るためには自衛隊にイラクで働いてもらわないといけない。理解してください」が本音なのかもしれません。しかしこんなこと、いくら何でも口が裂けても言えるわけはありません。
そういうわけで、日本政府は決して本当の理由は言わず、「イラクの平和のため」などと美辞麗句を並べて自衛隊を送り出したです。当然あまり国民の支持は得られませんでしたが、本当のことを言うよりはマシだったのでしょう。
とにかく、多少評判は悪くても、国際的安全保障活動の名のもとに自衛隊をこうしてボランティア部隊として差し出すことによって、アメリカが極東における日米同盟対等化を諦めてくれて、憲法9条が守られるのであれば、日本政府としては大成功なのです。
とにかく日本政府にとっては自衛隊を地の果てまで派遣してでも、そうまでして守りたいのが憲法9条であり、日本の戦争放棄の政策なのです。戦争放棄の政策が守られるならば、おそらく自衛隊員など何人死んでも構わないのでしょう。見事に倒錯した願いです。戦後日本の病理ここに極まれり、という感じですね。
しかし、この倒錯した願いは結局は日本政府の読み通りにはいかなかったと思います。つまり日米同盟対等化はどんどん進んだし、戦争放棄の政策もおそらく維持できないでしょう。それは、日本政府の現状認識が甘く、そして狭すぎるからです。日本政府の現状認識もまた、基本的な部分ではマスメディアや野党と大同小異なのです。
「冷戦後に唯一の超大国となったアメリカがなんだか日本に同盟の役割分担などで難癖をつけてくるようになったので、これもなんだか分からないがアメリカが強引に介入している中東に自衛隊でも送り込んでご機嫌をとれば、もう難癖もつけてこなくなるんじゃないか」というのが日本政府の認識だったのでしょう。
日本政府の人間が興味があるのは、いかに政権を守るかであり、そのために憲法問題に触れたくない。いかにしたら憲法問題に触れずに問題を解決できるか、というところからいつも思考が始まるのです。ですから極端に視野が狭くなります。
しかし、上記のような被害者意識丸出しの日本政府の現状認識は全く間違っています。世界情勢の現状も、アメリカの戦略も、日米同盟の意義も、もう何もかも分かっていません。だから日本政府の読みは外れたのです。
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