KNブログ


プロフィール

KN

Author:KN
気紛れにエントリ更新してしまいました。これからはのんびり気紛れなペースで、書き上がり次第に更新していきます。

メールアドレスはこちら
jinkenbira@yahoo.co.jp 

未来のために生きながらも、引き続き



ブログランキング

人気blogランキングへ



FC2カウンター



最近の記事



カテゴリー



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第1話    抗癌剤
さて、人権擁護法案とは、いったいどんな内容のものなのか、どういう問題点があるのか、どういう意味を秘めたものなのか、反対運動の詳細について述べる前に、まずはそれについて触れていかなければいけないでしょう。
まず、そもそもこの法の制定の必要性に疑問があります。現在日本において、このような厳しい処置を盛り込んだ法律を必要とするほど深刻な人権侵害の事例が生じているのか甚だ疑問です。世界各国と比較しても日本は差別や人権侵害の度合いが激しいほうであるとはとても思えません。
確かに幾らかの差別や人権侵害の事例は生じており係争事項とはなっていますが、現時点においては司法の場で充分に処理がなされているように思えます。どうしてわざわざ新しい法律によって新しい強制力を有した組織を作って人権侵害に対処する必要性があるのか明確な説明がなされていません。

この法律は非常に問題点の多い法律ではありますが、仮に百歩譲って、問題点がほとんど無かったとしても、この法律を制定しなければいけない必要性や、新しい組織を設立運営したり既存の組織に新たな職務を追加したりするような法律の条文の制定の必要性について、納得のいく説明がなされないのだとしたならば、それは税金の無駄遣いにしかならないのであって、無用な利権を生むだけのことであり、百害あって一利無しと見なすしかありません。

この法律の制定推進派は、制定の必要性の根拠として国連による勧告を挙げます。国連が日本を人権侵害国家であると認定してその是正を求めているというものでありますが、その信憑性には疑問があります。
そもそも国連がそのような勧告を出すことになった原因は、日本国内の特定の人権団体や政治団体が「日本における人権侵害」なるものの事例を幾らか国連に訴えたからであります。国連はそれに応えて是正勧告を出し、それに日本国内の特定の人権団体や政治団体が反応して、この法律の制定を推進することになったのです。
しかし、この最初に国連に「日本の人権侵害」を訴えた勢力と、国連勧告に反応して法律制定を推進した勢力とはほとんど同一なのであります。そして、国連は訴えられた「日本の人権侵害」なるものの実態調査をしたわけではなく、それが本当に厳しく対処すべき人権侵害の名に値するものであるのかについて検証したわけではありません。
つまり、国連は日本国内の法律制定推進派の申告した「日本の人権侵害」を無検証に認めてしまっているのであり、推進派に安易に国連勧告という「錦の御旗」を与えてしまっているのです。
こうなると、こうした一連の国連勧告に関する推進派の言動は、国連という権威を利用して法律制定を正当化するためのマッチポンプや自作自演というべきものである可能性も高くなります。日本人はどうも国連信仰の傾向が強く、国連勧告といえば無謬のものであると有難がってしまいがちですが、このような重要法案の審議の前には今一度慎重になって、本当に日本においてこのような法律を必要とするほどの深刻な人権侵害の事例が存在するのかどうかについて公平かつ綿密に再度検証すべきでありましょう。
特に、現在の日本においては差別や人権侵害の被害を言い立てる側の主張が過剰になり、結果として本来は加害側にある者がむしろ被害を蒙るような「逆差別」というべき状況も多々あるので、「差別」や「人権侵害」という表面上の言葉のイメージで単純に実態を決め付けるようなことは慎み、より慎重な判断が求められます。

公平かつ綿密に再度検証してみた結果、日本にこのような法律を必要とするような人権侵害が存在しなかった場合には、このような法律は無用の長物であるので制定する必要は無いでしょう。
「現時点では必要性が無くても、理念としては素晴らしい法律だから作っておけばいい」という意見もあるかもしれませんが、そのような程度の動機で法律を制定してもいいということになれば、この世は法律だらけになってしまい、窮屈極まりないだけではなく、無意味に利権の温床を増やすだけであり、社会の健全さがかえって失われることになります。
ましてや、この法律の場合、この法律に基づいて2万人からの人権擁護委員が大きな権限を行使するために動き回ることになる。その経費だけでも膨大なものとなり、それら委員たちの調査対象たる人権侵害が多く見込めないのであれば、全くその経費は税金の無駄遣い以外の何者でもありません。

また、もし公平かつ綿密に再度検証してみた結果、日本に深刻な人権侵害の事例が存在することが判明した場合、あるいは将来的に深刻な人権侵害が生じる可能性が判明した場合においても、全く違う意味でこのような法律は必要ないでありましょう。
何故なら、その場合にはどのような人権侵害が存在し、どのような被害を及ぼすことになるのかについて具体的なイメージが判明しているのであるから、このような漠然とした法案ではなく、より具体的に対象を絞り込んだ法案で対応したほうが効率的だからなのです。
鶏を捌くのに牛刀は必要無いのです。かえって大きな牛刀を振り回していては鶏に逃げられてしまう可能性が高いのです。獲物が鶏だと判明したならば鶏を捌くにふさわしい刃物を用意するほうが効率的なのです。
また別の喩えで言えば、この法案は抗癌剤であり、あるべき正しい人権擁護法案は外科手術なのであります。排除すべき癌細胞の正体がハッキリしているのであれば、外科手術で切除するのが一番なのです。病巣だけを一点集中で切除してしまえば他の組織は傷つけずに済みます。一方、抗癌剤は癌細胞だけではなく健康な細胞まで傷つけてしまいます。そういう意味でこの法案は、漠然として対象を絞り込めていないという悪しき意味で、まさに抗癌剤なのであります。
もちろん実際の癌治療においては、外科手術で病巣を切除した後で、転移を防ぐために抗癌剤も投与します。しかしそれは病巣を切除した後にあくまで「念のため」に投与するのであるから、深刻な副作用を起こさない分量に調節されています。
ところがこの法案の運用というのは、外科手術無しにいきなり抗癌剤を大量投与するようなものであり、深刻な副作用が生じて患者が衰弱してしまうことは必至なのです。まさに日本社会に対して高濃度の抗癌剤を大量投与するに等しい行為といえます。日本社会の癌細胞である人権侵害を撲滅する前に、正常な細胞である日本社会の健全さのほうが先に参ってしまう可能性が高いのです。
公平かつ綿密な検証によって日本社会における是正必要な深刻な人権侵害の正体が判明したならば、社会の健全さを損なわないように出来るだけ一点集中でその病巣を切除する外科手術的手法で解決を図るような法案を作るべきでありましょう。その上で、どうしても取りこぼしが生じるというのであれば、それを掬い取るような緩やかな救済法としてならば、社会普遍を対象とした補助的な法案も許容されることでしょう。
つまり、人権侵害が存在するというのなら、その人権侵害の具体的イメージを出来るだけ絞り込んで、それらに対しての具体的な対応策を示したような法案を作るべきだということです。人権擁護法案は、あまりにも人権侵害の具体的イメージが欠けているために、実際の人権侵害撲滅の効果に疑問があるうえに、社会に与える悪しき副作用が懸念されるのであります。

さて、実際に人権侵害という癌細胞を社会から除去するためにはどのようにすればいいのでしょうか。その方法論においても、人権擁護法案は大きな問題点を抱えています。
まず差別や人権侵害というものがどうして生じるのかについて考察してみます。差別と人権侵害はそもそも異なった性格のもので、差別は文化に起因するものも多く、あまり簡単に割り切って考えることは出来ないのですが、人権侵害の原因については割と簡単です。
端的に言えば、それはやはり極端な社会的弱者が存在するからでありましょう。だから極端な社会的弱者を消滅させることによって人権侵害も消滅するのだということになります。つまり「弱者救済」こそが人権侵害撲滅の正しい方法論だといえるでしょう。
しかし、現在提出されている人権擁護法案の場合、この「弱者救済」という方法論を採用せずに、むしろ差別や人権侵害の加害者である社会的強者の行為を規制し、懲罰を与えることに主眼を置いています。しかしこの方法論は誤っています。
その理由としてまず、このような強者懲罰による対処は結局はイタチごっこに終始する可能性が高いということがあります。Aという強者を懲らしめても、その間にまたBという強者がまた現れて弱者に対して人権侵害を行うのです。被害者となり得る弱者が存在する限りは、いくら加害者を懲らしめても結局は際限なく差別加害者は出現するのです。加害者をあちこち追い回すよりは、被害者を確実にガードしているほうがよほど効率的かつ確実なのです。
また、この世には絶対的強者や絶対的弱者というものは実は存在せず、強者や弱者というものは相対的なものだということがあります。Aという個人はBという個人に対しては人権侵害を行うような強者でありながら、同時にCという個人からは人権侵害の被害を受ける弱者でもあるというケースが多々あります。その場合、Bの受ける人権侵害を止めさせるためにAという強者を懲らしめたつもりが、実はAという弱者を懲らしめるということになってしまい、CによるAへの人権侵害を結果的に助長するようなことになる可能性が大いにあります。
このように人権擁護法案のような懲罰型の法律の場合、強者を懲らしめたつもりが実は弱者を懲らしめてしまっていたという倒錯したパターンが大いに予想されるのです。また、仮にそうした間違いが生じなかった場合においても、懲罰を受けた強者が懲罰の結果、弱者に転落して新たな差別や人権侵害の被害者になってしまう可能性も大いにあります。
とにかく懲罰を繰り返すことによって結果的には弱者が増えることになり、その上、肝心の弱者救済はなされていませんので一向に弱者は減らずに増加することになります。そのようにして社会的弱者が増えれば、それに合わせて差別や人権侵害の件数も増えていきます。つまり、人権擁護法案を行使して加害者への懲罰をやればやるほど、社会的弱者が増えてかえって人権侵害の件数も増加するということになります。このような倒錯的な状況は、非常に非効率的で非建設的だといえるでしょう。

やはり人権侵害への対処として最も有効な方法論は、「弱者救済」の思想に則って地道かつ愚直に被害者への補償を手厚くすることに尽きるのだと思います。人権侵害の加害者に対する憤りは理解できるが、差別や人権侵害は加害者側の内心に起因するものであり、法律や懲罰によっては人間の内心まで矯正することは出来ないし、そういうことはしてはいけないでしょう。
加害者の内心が歪んだものであった場合は、社会がそれを受け入れないことによって自然とその加害者は社会的制裁を受けるようになっているのです。人間の内心は法律によって裁かれるべきではなく、社会の慣習によって緩やかに裁かれるべきものだといえましょう。
もし社会が人権侵害加害者の内心を拒絶することなく受け入れるような場合には、その差別や人権侵害には何らかの歴史的あるいは文化的正当性というものが存在するのでしょうから、その加害者の内心まで裁くことは出来ないでしょう。但し、それでも実際に被害者が何らかの損害を受けているのならば、その損害についての補償は真摯に検討されるべきでありましょう。
あるいは、そのように差別や人権侵害に正当性を与えるような社会こそが歪んだ間違った社会であり、そうした社会を改造するためにこそ人権擁護法案のような法律が必要なのだというような考え方もあるでしょうが、それは不遜な考え方と言わざるをえません。法律によって社会を改造できるという考え方は思い上がった考え方というものであり、法律というものはその社会の歴史や文化に根ざしたものでなければ正統性を獲得できないものだと思います。
そういうわけで、人権擁護法案のような、日本社会の歴史的文化的経緯を無視して人間の内心を裁き懲罰を与えるような法律には正統性や有効性は無く、むしろ被害者への補償や救済措置を手厚くしたような法案こそが真に求められている人権擁護のための法案なのだといえるでしょう。

もちろん人権侵害行為の中には非常に大きな実害を及ぼす悪質なものもあり、被害者への補償だけでは済まされないようなものもあります。そうした行為そのものについては刑法を改正して刑事罰の対象として、警察と裁判所に対処を任せればいいのです。なにもわざわざ人権委員会や人権擁護委員会などという組織が動く必要は無いと思います。
また、国家権力による非常に悪質な人権侵害というものもあります。これについては緊急避難的に被害者の救済はなされるべきでしょうし、あまりにも悪質な場合は何らかの懲罰は必要になるでしょう。
そもそも真の意味で特別な機関によって救済しなければいけないような「人権侵害」といえるものはこうした「国家権力による人権侵害」のみであって、その他の上記に挙げたような私人間のトラブルといえるようなものは、司法の場で当事者同士で解決すれば十分なのです。司法の対処が十分でないというのなら、司法制度を改革すればいいのです。
このような国家権力による非常に悪質な人権侵害とは、例えばナチスドイツによるユダヤ人虐殺や、現在においては北朝鮮政府による自国民虐殺や、シナ政府によるチベット人虐殺や法輪功信者虐殺などが代表例ということになりますが、現在の日本にはこのような悪質な人権侵害は存在しません。ですから、日本には懲罰型の人権擁護法案などは必要ないのです。
スポンサーサイト
人気blogランキングへ 応援のクリック 宜しくお願い致します。

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。