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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第5話    メディア規制条項
つまり、この「国籍条項の設置」という無意味な提案は、法案推進側が「我々はこれだけ譲歩したのだから、反対派も譲歩して法案成立を了承しろ」と妥協を持ちかけているのです。しかし、こんな国籍条項などには説明したように実質的にはほとんど意味はありませんから、こんな安っぽい妥協案には絶対に乗ってはいけません。あまりにも見え透いたワナだと言っていいでしょう。
だいたい、この第三部の冒頭でも述べたように、この法案自体の必要性もほとんど無いのですから、妥協案もへったくれもなく、粛々と廃案にすればいいのです。一切の取引に応じる必要などありません。
もう一つ、推進派がこの「国籍条項」の取引を持ちかけてきた理由は、「国籍」という争点をクローズアップすることによって、この法案に反対している者を単なる「偏狭な国籍差別主義者」に仕立て上げて、その影響力を減少させようとしているという事情があります。

朝日新聞などは奇特なことにこの法案に賛成していますから、そういったキャンペーンを張っており、それはそれなりの効果を上げているようであり、特にテレビ局社員などは朝日の読者が多いので、自民党内の法案反対派の言い分を「差別主義者の戯言」程度にしか認識していない者も多くいるようです。
彼らにしてみれば、今は自民党内の差別主義者がレベルの低い反対論を振り回して事態を混乱させているが、すぐにこうした混乱は収まり、国会の場で本来の争点である「メディア規制条項」について堂々とした論戦が繰り広げられるだろう。その時こそ我々マスコミの出番だ、というような認識を持っているのでしょう。アホとしか言いようがありません。その時にはもう全ては終わっているのです。
アホなテレビ局社員は、推進派と朝日新聞の仕掛けたワナにまんまと嵌っているのですが、一般国民は彼らほどアホではありませんし産経新聞も読んでいますから、幾らかは真実を理解している者もいます。
法案反対派が問題視しているのは「日本国籍を持たない者が人権擁護委員になれること」などのような瑣末な問題ではなく、「人権擁護委員の資格が反日傾向の強い勢力に偏しておりその選定も不透明であること」であり、そしてさらに「人権擁護委員や人権委員会の権限が大き過ぎること」であり、そしてもっと根本的には「人権侵害の定義が曖昧で恣意的解釈による暴走の虞があること」を問題視しているのです。これのどこが「差別主義者」なのでしょうか。非常に真っ当な民主主義的な疑問提起だと思われます。
法案反対派を偏狭な差別主義者として中傷するような姑息なキャンペーンは、愚かなテレビ局社員くらいは騙せるかもしれませんが、一般日本人は騙せるものではなく、おそらく毎度のことですが、きっと失敗することでしょう。

そのアホなテレビ局をはじめとして、新聞社なども含めたマスコミが、この人権擁護法案における「真の争点」として問題視しているのが「メディア規制条項」です。
つまり、人権委員会の特別救済手続きの対象に「報道機関による人権侵害」も含めるという規定であり、報道被害はもちろん、取材時の反復的つきまとい、待ち伏せ、見張り、押しかけ、電話、ファックス送信などまでが特別救済手続きの対象となるのです。
これらの規定を総称して「メディア規制条項」と言い、こんな条項が人権擁護法案に盛り込まれたら報道の自由が失われてしまうというわけで、マスコミ各社は強い反発を示しているのです。
この「メディア規制条項」は、原案においては健在だったのですが、与党の推進派である「人権問題等に関する懇話会」において凍結する方針を決めました。だからとりあえずは法案が成立してもマスコミは規制対象からは外れるのですが、条項自体は存在するので、更なる立法措置によって凍結を解除すれば何時でも規制対象となり得るのであって、だからマスコミは「凍結」ではなく「削除」すべきだと主張しているのです。
ちなみに野党である民主党はマスコミと同様に「削除」を求めています。民主党の中には確信犯的にこの法案を推進している議員もいますが、多くの議員はおそらく気軽に「人権=善」という固定観念に基づいて、碌に条文も読まずに賛成しているのでしょうが、民主党は常にマスコミに媚びる傾向がありますから、「削除」方針もおそらくその程度の動機によるものでしょう。
マスコミとしては最大野党である民主党が「削除」方針なのだから、この法案が国会に提出されれば与党と野党とで「凍結」か「削除」かを賭けて大決戦が繰り広げられると予想しているわけです。その時に全マスコミは華々しく民主党支持の大キャンペーンを張って国民世論を動かして、必ずや「削除」を勝ち取ることが出来ると思っているのです。マスコミにはそれだけの影響力があるのだというわけです。全くお目出度い。

しかし「凍結」か「削除」かという論点に絞って考えれば、マスコミ側の主張には無理があります。マスコミは人権擁護法案の趣旨そのものには賛成しているのですから、人権侵害は規制しなければいけないと考えているはずです。
ところが実際に挙げられている人権侵害の事例のうちの多くはマスコミの誤報や捏造報道による報道被害や、取材時におけるトラブルに起因するものであることもまた事実なのです。
人権侵害に対する規制には賛成していながら、その大部分を占めるマスコミによる被害については規制対象から除外しろというのでは、あまりにもご都合主義であり、だいたいせっかくの人権擁護法案の意義が半減してしまいます。
そういう意味では、法案成立を優先させてマスコミ懐柔のためにメディア規制条項を「凍結」しようとしている与党側の主張も同様におかしいのですが、それでもまだ「削除」まで求めるマスコミ側の身勝手ぶりに比べればマシだといえます。このようなマスコミの身勝手な態度が国民の支持を得ることが出来るなどと思うほうがどうかしていると言わざるを得ないでしょう。
だいたい「ペンによる暴力」から国民を守る規制は不可欠であり、それに関しては「凍結」でも「解除」でもなく、しっかりと実施していくことを主張するのが筋の通った態度というものでしょう。国民を縛る規制には賛成しながら、自分を縛る規制に対してだけは反対するというような態度では、国民の目から見れば「自分が可愛いだけではないのか」というように映っても仕方ないのです。
「ペンによる暴力」から国民を守る規制は不可欠です。但しそれは、その規制する法律がまともな法律であった場合の話であって、今回の人権擁護法案のような問題だらけの法案の場合は話は別です。
「メディア規制条項」そのものには本来は問題点は無いのであってそういう規制は不可欠なものなのですが、それを含んだ人権擁護法案に問題点が多く、恣意的な運用が「メディア規制条項」にも及ぶ危険性があるという文脈でこそ反対意見を述べるべきなのです。
人権擁護法案には賛成だがメディア規制条項だけは反対だというのでは単なる身勝手というものですが、人権擁護法案に反対するからこそメディア規制条項にも反対するというのならば筋は通るのです。
現在提出されている人権擁護法案はここまで述べてきたように人権侵害の定義の恣意的な拡大解釈によって国民の言論や表現の自由が侵害される危険性がありますから、そんな法律の規制対象にメディアも含まれていた場合、本来の「ペンによる暴力」を規制するという正しい目的を逸脱して、報道への不当な弾圧のために「人権侵害」の概念が悪用されてしまう可能性が極めて高いのです。
だから国民を人権の暴走から守るために人権擁護法案に反対するのと同じ理由で、メディアを人権の暴走から守るために人権擁護法案にもその中のメディア規制条項にも反対するのです。メディア規制条項に反対するのならば、そういう文脈での反対意見でなければ決して説得力は無いのです。

こんな簡単な理屈を理解することもせずに、そもそもどうしてマスコミは人権擁護法案のような問題点だらけの法案をメディア規制条項を除いては支持しているのでしょうか。アホなのでしょうか。
多分、大部分のマスコミ人はある意味アホであり、深い考えもなく従来からの「人権=善」という固定観念に従って、反射的にこの法案を支持しているのでしょう。アホというよりも、他の時事問題に興味を奪われていたり、プライベートが忙しかったりして、この法案にそもそも興味が無いのでしょう。
興味が無いので条文の詳細など知らず、なんとなく「人権擁護法案」というタイトルのイメージだけで「善」と決め付けてしまっているのでしょう。せいぜい朝日新聞でも読んで「自民党の中では差別主義者たちが反対しているらしいが、多分こいつらは悪い奴らなんだろう」という程度の認識も付け加えていれば結構物知りになったつもりにもなれるのでしょう。
この法案の本質的な問題点を認識している人間から見れば、こういう連中のことをアホと呼ぶということになるのでしょうけど、あんまり他人のことをアホアホ言うのはいいことではありません。たまたま興味が無かっただけなのです。これから興味を持てば問題点を認識出来る可能性は大いにあるのですから、あまり見放してはいけません。
こういうアホじゃなくて、興味の薄いマスコミ人達も、こと自分の商売に関連することとなると途端に興味が沸いてくるようで、メディア規制条項についてだけは問題意識を持っています。「そんな条項が成立したら我々の商売がやり難くなるじゃないか。けしからん」ということなのでしょう。彼らにとっては「人権擁護法案=メディア規制条項」なのだと言っても過言ではありません。
こういうマスコミ人達から見れば、人権擁護法案の争点はメディア規制条項のみということになります。メディア規制条項以外の人権擁護法案の条文を知らないのですからそれも無理もありません。だから彼らには自民党内部の論争など全く重要なこととは思えないのです。というより、何を言ってるのかすら理解できないのです。だからますます興味が沸かずに遠目で傍観するだけということになるのです。
彼らにとって大事であり理解の範囲内なのはメディア規制条項だけですから、それについての論争でも起きればすぐに飛びつくのですが、自民党内の論争ではメディア規制条項など枝葉末節の論議は誰からも顧みられることもなく放置されています。しかし彼らマスコミ人の曇りきった目から見れば、自民党内の論議こそが本質から外れたどうでもいい論争のように見えるのでしょう。
そういうわけでマスコミでは産経新聞を例外として、自民党内の論争についてまともな報道がなされないのです。
彼らマスコミ人は実はメディア規制条項についての論争を早くしたくて堪らないのですが、自民党ではそういう論争を全然やってくれないので、彼らとしては「もうどうでもいいから自民党はいつまでも本質から外れた話ばっかりしてないで早く法案を了承して国会に提出しろよ。早く国会で民主党とメディア規制条項についての本質的(?)な論争をしろ」と思っているのです。だから自民党内の反対派に対してはなんとなく冷淡なのです。

彼らは国会での論争を待ちかねているのです。そして彼らマスコミ人にとって最もハッピーな結末は、メディア規制条項を削除した形での人権擁護法案の成立なのです。マスコミの望むことというのは常に民主党の望むことでもありますから、民主党もそういう結末を望んでいます。
与党である自民党や公明党は、もちろん自民党内が一本化されたらという前提ですが、そういう結末は望んでいません。その場合の与党の望む形は、メディア規制条項を凍結した形での人権擁護法案の成立です。
もちろん国会における議席数では与党側のほうが多く、そのまますんなりと採決されればメディア規制条項凍結を主張する与党側が勝利するに決まっています。しかしマスコミは充分に逆転することが可能だと思っているのでしょう。マスコミがメディア規制条項削除の大キャンペーンを行えば国民世論は動き、風は民主党とマスコミに吹いて、与党側は必ず譲歩を強いられることになるだろう、と。
しかしこういう考え方は甘すぎると言わざるをえません。おそらく国民世論はマスコミの扇動では動かず、従って風は吹かず、無風状態の中で粛々と法案は数の論理によってメディア規制条項を凍結して成立することになるでしょう。マスコミと民主党はあえなく敗れることになるでしょう。
何故そうなるのかというと、国民はその段階ではもう白けてしまっているからです。国民はそもそも人権擁護法案が国民の言論表現の自由を不当に侵害する法案であることから、その成立自体を望んでいないのです。しかしマスコミや民主党はその成立に賛成することによって国民を裏切っているのです。そういうマスコミによる扇動に国民が乗ることなど有り得ないのは当然でしょう。
ましてや、メディア規制条項の削除を求めるキャンペーンなど言語道断でしょう。国民感情としては「我々国民の自由を奪うような法案の成立に賛成したクセに、自分たちマスコミだけはその規制から除外してくださいというのか。自分たちさえ助かれば我々国民はどうなってもいいというのか。なんて身勝手な連中だ。そしてその身勝手な願いを叶えるために我々に協力せよというのか。なんて恥知らずな連中だ」という気持ちでしょう。
もちろん法案を推進する自民党や公明党に対する怒りも大いにあります。しかしそれ以上に身勝手なマスコミと、それに媚びる民主党に対してはさらに大きな怒りと、付け加えて軽蔑の感情を抱くことでしょう。
もともと2005年1月に発生した朝日新聞捏造報道問題の時における各マスコミの「捏造報道や偏向報道をする自由」の声高な主張と、あまりにも一方的な朝日新聞擁護とNHKバッシングの報道を見て、国民の多くはマスコミ業界全体に対する不信を募らせ、さらに続くライブドア騒動における各マスコミの堀江崇拝の軽薄さと公共意識の欠如ぶりを見せられて、国民は日本のマスコミに絶望していたのです。
そこへもってきて、人権擁護法案に関する報道における「自分さえ良ければいい」と言わんばかりの身勝手な振る舞いによって、マスコミは国民の支持を決定的に喪失したのです。
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