KNブログ


プロフィール

KN

Author:KN
気紛れにエントリ更新してしまいました。これからはのんびり気紛れなペースで、書き上がり次第に更新していきます。

メールアドレスはこちら
jinkenbira@yahoo.co.jp 

未来のために生きながらも、引き続き



ブログランキング

人気blogランキングへ



FC2カウンター



最近の記事



カテゴリー



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第11話    政府責任
しかし、ここまで人権擁護法案の問題点、推進派の主張の矛盾が明らかになっても、それでも推進派は人権擁護法案の制定には根拠があると主張してきます。
特に彼らは「政府責任」「国際的責任」「政治責任」という「人権擁護法案制定への3つの責任」というものがあると、しばしば主張します。
これはつまり、それぞれ「政府の人権擁護推進審議会の答申」、「国連勧告」、「02年法案提出時の国会審議における与野党合意」の3つの事実がこの法案の制定の根拠となるのだという主張です。
まぁ、ここまで述べたようにこの法案が問題点だらけである以上、今さら「3つの責任」とか言われてもまともに取り合う必要も無いのですが、ゴチャゴチャ言われても小煩いので、この3つの責任についても検証してみたいと思います。

まず「政府責任」、すなわち政府の人権擁護推進審議会の答申ですが、これは行政府内に設置された審議会が勝手に出した答申であり、その内容に対して批判的に議論していくのは、むしろ立法府の構成員たる国会議員にとっては当然の権利であり、義務ですらあるでしょう。だからこそ反対派議員というものは存在するのであり、それを応援する反対派国民というものの存在も正当なものなのです。
行政府の答申に立法府の議員は従わなければいけないという推進派の考え方は、三権分立の精神を無視したものであり、行政府に権力を集中させるファシズム的思考というべきでしょう。
自由民主主義国家において国民によって選ばれた選良たる国会議員ならば、行政府の出した答申を批判的に論じるのは当然であり、それを「行政府の答申だから」という理由で圧殺することは許されないことであります。それはファシズムなのです。
立法府の一員たる国会議員が従うべきは法律のみであり、審議会の答申などに従う必要は無いのです。だから現に4年前には国会で人権擁護法案は廃案になったのです。
時に推進派は法的根拠として「人権擁護施策推進法」というものを持ち出します。この法律によって人権侵害から被害者を救済する施策の推進は国の責務だと定められているというのです。
しかしこの法律は審議会設置法に過ぎず、この法律を根拠に先述の人権擁護推進審議会が設置されたという、それだけのことに過ぎませんし、しかもこの法律は時限立法で、2002年に失効しているのです。こんなものを今さら持ち出してくるのはいかにもインチキくさいのです。
しかも、この人権擁護施策推進法では「私人間の人権侵害」は適用対象として指定されてはいません。法学的には人権侵害とは「公権力による人権侵害」に限定されるものであり、この法律を根拠として人権擁護法案のような私人間の問題に介入するような法案の制定をするというのは論理的な飛躍が甚だしいといえるでしょう。
何故こんな飛躍が起きているのかというと、この、ごく普通の内容の人権擁護施策推進法に基づいて作られたはずの人権擁護推進審議会の答申においていきなり「私人間の人権侵害についても救済する」という方針が盛り込まれているからであり、人権擁護法案が私人間に介入する内容になっているのも、こうした答申内容を根拠にしているのです。
つまり、人権擁護施策推進法と人権擁護推進審議会答申との間に飛躍があるのであり、そういう意味でも、むしろ法学的に根拠が無いのは人権擁護推進審議会の答申のほうでありましょう。
しかも、この「私人間の人権侵害」部分に関しては、審議会の中間取りまとめの時点では存在せず、最終答申の段階で急に挿入されており、審議会の総意であったのかどうかも疑わしいのです。
だから、この政府答申に国会が無条件に従う必要というものは全く無く、特にこの「私人間の人権侵害も救済する」という部分には従う必要は無いのです。
ここに従わない以上は、人権擁護法案の制定根拠は一気に崩れ去るのですが、まぁここはとりあえず、その「政府の人権擁護推進審議会の答申」ですが、タイトルは「人権救済制度の在り方について」となっていますが、その内容を是々非々で検証していきましょう。

まず最初に「人権の実現とは、何よりも人権が尊重され、人権侵害が生起しない社会、すなわち人権尊重社会を築くことであり、そのために人権教育及び人権啓発が重要であることは言うまでもない」となっていますが、ハッキリ言って「人権侵害が生起しない社会」など絵空事のユートピアに過ぎません。
全ての人間に等しく人権というものが備わっているならば、常に人権と人権はぶつかり合うのであって、常に人権侵害というものは生起するのです。人権教育や人権啓発は、確かにやらないよりはやった方がマシではありますが、そんな教育や啓発くらいでは「人権侵害が生起しない社会」の実現、つまり「未然に人権侵害を防ぐこと」は不可能なのです。
よって、この答申でも続いて「しかし、残念ながら、現実には至る所で様々な態様の人権侵害が繰り返されており、被害者に対して実効的な救済を図ることが、人権教育・啓発と並んで、重要な課題となっている」となっているのは当然のことなのです。
その「様々な態様の人権侵害」に対応するためには「被害者に対して実効的な救済を図ること」が「重要な課題」であるという認識も、非常に真っ当なものです。
ただ、私にとって理解不可能なのは、答申のこの部分をもって人権擁護法案の制定の根拠とするような推進派の姿勢です。現時点での人権擁護法案が、「様々な態様の人権侵害」の「被害者に対して実効的な救済を図ること」に相当するとは、私には到底思えないのです。
だいたい、この法案は「様々な態様の人権侵害」に対して単一の法律で包括的に処理しようというものであり、これが「実効的な救済を図ること」とは思えません。こういう場合、「様々な態様」ごとに個別法できめ細かく対応するほうが、より「実効的な救済を図ること」に該当するのではないでしょうか。
例えば法務省による2003年度の「人権侵犯事件」統計資料を見る限り、人権侵害事件は18786件であり、人権侵害の内容は非常に多岐にわたっており、これを人権擁護法案のような単一の法律で解決しようとするのは、はっきり言って無理であり、またそんな措置を強行したとしても、決して効果的とはいえないでしょう。
つまり、答申のこの部分は人権擁護法案の制定の根拠にはならないのであって、答申のこの部分をもって法案制定の根拠とする推進派の姿勢は欺瞞なのです。
答申のこの部分を読む限りにおいては、「政府責任」とやらをもし果たす必要があるとするなら、それは個別法の整備をもってなされるべきなのであり、それが現実的かつ効果的な措置とういうものでしょう。

ところで推進派は、この18786件を「氷山の一角」として、まだまだ名乗り出ることの出来ない泣き寝入りの事案があるはずだとよく言います。
私もまだまだ表面には出てこない事案はあると思います。しかしその「表面には出てこない人権侵害事案」というものは、推進派が期待するような内容のものではないでしょう。
現在法務省に報告されている「表面化している人権侵害事案」というものは、部落解放同盟や日弁連など、その他のやや左翼系の人権団体のバックアップを受けて訴えられているものであり、そうした種類の人権侵害はもう出尽くしていると見ていいでしょう。
むしろ表面化していないのは、そうした人権団体のバックアップを得られない種類の人権侵害事案のほうではないかと思うのです。ハッキリ言うと、そうした左翼系の人権団体によって引き起こされる人権侵害事案の被害者、つまり「逆差別」の被害者こそが「放置され泣き寝入りを強いられてきた」人権侵害被害者なのではないでしょうか。
つまり、左翼系の人権団体が様々なことを「人権侵害だ」と騒ぎ立てることによって、実は人権侵害を受けている人達も存在するということです。人権というものは各個人レベルにおいて相対立するものですから、一方の人権を立てるためにもう一方を「人権侵害の加害者」として貶めすぎることによって、新たな人権侵害を生むのです。
表面化していない人権侵害事案、つまり氷山の水面下を占める大部分とは、このような、現在表面化している部分と表裏一体となった影の部分なのではないでしょうか。この部分が表面化することによって、人権侵害加害者への過度の懲罰をもたらす恐れのある人権擁護法案が、そもそも人権侵害をトータルに解決する法案としては不適当であるということを逆に証明することになるのです。

ちなみに、昨年、法務省は2004年度の人権侵害事件の概要を発表しましたが、まず受理件数が22877件となり、前年比21.8%増で過去最多となったそうです。これをもって推進派は、まだまだ人権侵害は増加傾向にあり、だから人権擁護法案が必要なのだと言っているようです。
しかしこれは、前年の4月の制度改正によって予備調査を廃止して全ての申し立てを無条件で受理するようになったのですから、受理件数が増えるのは当たり前なのです。
実際、前年に比べて増えた受理件数の約4091件のうち、3319件は「振り込め詐欺」に関する申し立ての増加分でした。しかし「振り込め詐欺」は「人権侵害」なのでしょうか。
何故「振り込め詐欺」が人権侵害として法務省に申し立てられたのかというと、法務省は「裁判所や法務大臣の名前を悪用したケースが多かったためではないか」とコメントしています。要するにこれは単なる「苦情」であり、こういうものは人権侵害の申し立てには普通はカウントされません。それが前年4月の制度改正の結果、人権侵害事案の中に紛れ込んでしまっただけのことであり、最終的には「非該当」か「侵犯事実不明確」の分類されるべきものです。
そうなると実質的増加分は772件ということになり、前年比で約4%の増加ということになります。しかしこれにしても前年4月の制度改正後に本来受理されるに値しなかったものが紛れ込んでいる事案が多く含まれていることが推測されることを勘案すれば、「それでもこの程度しか増えていないのか」というのが率直な感想であるべきでしょう。
このように、まず「人権侵害は決して増加してはいない」という点は押さえておく必要があるでしょう。
ただ、ここでまず問題にしたいのは、その内容です。「振り込め詐欺」は論外としても、まずインターネットでのプライバシー侵害は199件で前年比で2倍に増えています。まぁ制度が変わっていますから前年比にはあまり意味は無いのですが、それにしてもこういった新しいタイプの人権侵害が増加してきているのは事実でしょう。
こういった新しいタイプの人権侵害の「被害者に対して実効的な救済を図ること」が人権擁護法案によって可能であるとは思えないのです。やはり、個別法できめ細かく対処するべきではないでしょうか。
また、公務員や教職員による人権侵害が2070件であり、これは非常に多いのですが、人権擁護法案はどうも一般国民間のトラブルを念頭に置いた傾向が強く、こうした実情に効果的に対応し切れていないのではないかと思われます。やはり包括的な法律では、漠然としてしまい各自案に有効に対処していくことは出来ないのではないでしょうか。
また、このように例えば2004年度分の実質件数は19558件ですが、これに対応して調査などに動く人権擁護委員が現時点で14000人存在するという現状は、これは一体、適正な員数なのでしょうか。
これでは、1年間に1人の人権擁護委員が1.4件の人権侵害事案しか扱わないということになりますが、いくら無給とはいえ、これではいくらなんでも無駄が多すぎるのではないでしょうか。どう考えてもこんなに大勢の人権擁護委員は不必要でしょう。
人権擁護法案によれば、これをまた20000人にまで増やすそうですが、そんなに増やしてどうするというのでしょうか。
推進派はこの19558件もまた「氷山の一角」と言うのでしょうが、これほどの人数の人権擁護委員がヒマを持て余しているのですから、それほど言うのならば、彼らがせっせと氷山の下のほうを掘り起こせばいいのです。
もちろんそれを掘り起こしてしまうと、彼らにとって都合の悪い人権侵害事案が表面化してしまうからこそ、彼らはそういう労力を払おうとはしないのでしょうけれども、そういう労力も払わずに、委員の増員だけを求めるのは、いくらなんでも身勝手も度が過ぎようというものです。

人権擁護推進審議会の答申は「裁判所による人権侵害の救済は、必ずしも有効になされておらず」と言います。しかし、これは本当でしょうか。
2003年度の人権侵害事件のうち、刑事訴訟法の規定に基づく「告発」によって処理された事案はたったの2件でした。また2004年度には、「告発」は1件と、更に減少しています。
これでは「有効になされておらず」などと言いますが、実際には裁判所の出番自体がほとんど無いのであり、裁判所による人権侵害の救済が有効になされているのか、そうでないのかについては、現時点では判断の下しようもないというのが実情のはずです。
おそらくこの答申が言いたいのは、裁判所や裁判官に人権侵害事案を処理する能力が無いということではなく、刑法や司法制度そのものに不備があって、司法の場で人権侵害事案を適切に処理する態勢が整っていないということを言いたいのでしょう。この「告発」で処理される件数の少なさは、そうした不備の反映なのでしょう。
であるからこそ、答申の続きでは「人権侵害をできる限り司法的に救済できるような司法制度改革が進められるとともに、被害者の視点から簡易・迅速・柔軟な救済を行うのに適した、行政による人権救済制度を整備することが是非とも必要である」となっているのです。この部分、前半は全面的に賛成なのですが、後半は意味不明です。
もともと問題となっていたのが「裁判所による人権侵害の救済が有効に行えないような司法制度の不備」だったのですから、司法制度改革によって、裁判所による人権侵害の救済が有効に行えるようにすれば、本来はもうそれで話は終わりなのです。
だから答申のこの部分の前半にあるように「司法制度改革を進め」てさえいればいいのです。しいて言えば、更に刑法上の不備を補うために、個別法において人権侵害事案を刑事訴訟法に乗せるための法整備が行われればいいのです。
しかし答申のこの部分の後半の「行政による人権救済制度を整備」というのは余計なことなのです。ましてや「是非とも必要である」などとは、全く根拠の無い発言であって、どういう脈絡で突然にこのような案が出現したのか、答申では全く説明がなされていません。
あるいは推進派は、答申が「このような人権救済制度は、今日既に多くの国々にみられる」としていることをもって、このような制度の整備の根拠としているつもりかもしれませんが、外国は外国であり、日本は日本なのです。日本には日本の事情があり、それに見合った制度を整備すべきであり、日本の事情を忖度せずに単に外国の猿真似をしても、「人権侵害の被害者に対して実効的な救済を図ること」には繋がらないのです。
そういった日本の現状についての適切な説明をふまえた上で「行政による人権救済制度」の整備の必要性を説明せずに、唐突にこのような提案をするものですから、この答申は様々な誤解や曲解を生むことになるのです。
日本の現状ということで言えば、現時点でも司法制度で掬いきれていない人権侵害事案に対する「行政による人権救済制度」はとっくにちゃんと機能しているのです。
先述の法務省の2003年度の資料によれば、「援助」「説示」「非該当」「侵犯事実不明確」「排除措置」「処置猶予」「勧告」「告発」というように、全ての人権侵害事案を何らかの形で処置しています。
このうち「告発」以外は、司法制度に依存せずに法務省によってちゃんと処理されており、このように「行政による人権救済制度」はしっかり機能しているのです。この機能はもちろん2004年度も変わりなく機能していました。
このように現時点でさえちゃんと機能している「行政による人権救済制度」ですが、この上に、答申にあるように今後「人権侵害をできる限り司法的に救済できるような司法制度改革が進められる」ということになれば、司法によって処理される件数が増加することになるわけですから、その分、「行政による人権救済制度」によって処理される件数は減ることになります。
そうなれば、この現在でも充分に機能している「行政による人権救済制度」を更に強化したり拡充する必要性など無くなるということです。
しかも、司法制度改革が進んで司法によって救済される人権侵害が増えることになれば、それはおそらく重大・深刻な事案から順番に司法による救済の適用を受けることになっていくはずです。
そうなると、「行政による人権救済制度」の守備範囲にある人権侵害事案における重大・深刻な事案の占める比率は、現時点よりも司法制度改革が進んだ後のほうが低くなるはずです。
ましてや、2003年度統計においては、全ての人権侵害事件のうち94.8%は「援助」という「法律扶助に関するあっせんを含む法的助言を行うこと等」という最も軽い処置で対応されるような軽微な事案であり、実質的に加害者に対して何らかの働きかけがなされた「説示」「排除措置」「勧告」の事例を全部合わせても全体の2.3%に過ぎず、強権的に対応しなければならないほど特に重大悪質な事案に対応する「勧告」は7件しかありませんでした。
これが2004年度になると、やはり全ての人権侵害事件のうち9割以上が「援助」で処理される軽微な事案であり、「勧告」に至っては、なんと前年度の7件から減少して1件になっています。
このような現状を考えますと、司法制度改革によって司法による人権救済能力が向上すれば、現在「行政による人権救済制度」において「説示」「排除措置」「勧告」などで対応されているような事案は全部司法の守備範囲に飲み込まれることになり、「行政による人権救済制度」によって処理されるべき案件は「援助」で処理すれば事足りるような軽微な事案しか残らないのではないでしょうか。
そうなると、現時点で機能している「行政による人権救済制度」をさらに強化拡大し強権化しようとする人権擁護法案の制定の必要性というものは、この答申の主張するように司法制度改革と同時進行するのならば、全く根拠の無いものになると言わざるを得ません。
だから、この答申をもって人権擁護法案の制定の根拠とする推進派の主張には、何ら正当性は無いのです。
スポンサーサイト
人気blogランキングへ 応援のクリック 宜しくお願い致します。

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。