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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第14話    人権侵害の定義
推進派がしばしば主張する人権擁護法案の修正案にある「人権侵害」のほうの定義は、「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」とされています。
このうち「人権を侵害する行為」はそもそも上述のように「人権」の定義が無効ですから、これもまた無効ということになります。しかし、こんなことは実際は推進派にとってはどうでもいいことなのでしょう。何故なら、推進派にとって重要なのは「不当な差別、虐待」を「人権侵害」と定義することのほうだからです。
まぁこのうち「虐待」はともかく、「不当な差別」については、推進派はやたらと詳しく具体例を列挙します。それにひきかえ、「人権を侵害する行為」については、上述のように「人権」の定義を憲法や国際人権条約を引き合いに出して少し説明するだけです。推進派にとっての重要度が「人権を侵害する行為」よりも「不当な差別」のほうにあるのが明らかなのです。

つまり「人権」も「人権を侵害する行為」も単なるダミーであり、推進派がこの人権擁護法案で真に実現したかったことは、「不当な差別」を取り締まることだったのです。つまり「差別禁止法」制定こそが推進派の本当の狙いなのです。
この「不当な差別」を上手く紛れ込ませるために、「人権」や「人権を侵害する行為」についての、一見もっともらしい、しかし実際には全く中身の無い憲法や国際人権条約の話をしているのです。
しかし「人権侵害=不当な差別」という定義は、全くの虚構です。だいたい、この「不当な差別」という文言は唐突に出現したもので、この前段で行った「人権」に関する定義とは全く縁もゆかりもない概念です。
本来なら、せっかく「人権」について定義したのですから、「人権侵害」の定義としてはシンプルに「上記の人権を侵害する行為」としておくのが自然なのです。そこに何の根拠もなく突然に「不当な差別、虐待」などというものが割り込んでくるほうが不自然なのです。
繰り返しますが、この「不当な差別」というものは、「人権」の定義とは全く無関係に唐突に現れたもので、何ら根拠の無い概念です。こんなものをどうして人権擁護法案において取り扱うべき「人権侵害」として定義できるというのでしょうか。
しかし推進派にとっての「人権侵害」とは、実質的にはこの「不当な差別」のことを指しているのであり、推進派は「人権侵害」という名目で「不当な差別」を取り締まるのが狙いであり、もっと言えば「不当な差別」という名目で自分たちが気に入らない言動を取り締まるのが真の狙いなのです。
しかし、それを支える「人権侵害=不当な差別」という定義には根拠は無く、推進派が勝手に言っているだけなのです。
なお、ちなみにここで「不当な差別」と「虐待」を同列に並べている狙いは、明らかに悪の行為である「虐待」を前面に出すことによって、人権擁護法案の必要性を強調し、その勢いで「不当な差別」を取り締まる「差別禁止法」的なものをドサクサ紛れに作ってしまおうということなのでしょう。
しかし「虐待」こそ究極の人権侵害であり、「不当な差別」とは根本的に性格の違うものなのです。

このように「差別」と「人権侵害」というもともとは全く別個の概念を一緒くたにして混同させるのは推進派の常套手段なのですが、これは運動方針としては便利なのかもしれませんが、問題解決方法としては根本的に間違っています。
「人権侵害」とは侵害事実が明確にあるものであり、「差別」は内心や制度に関わる一種の文化的問題なのです。
「人権侵害」というものは「差別」に比べれば本来は非常に深刻な状態のものであり、「差別」が甚だしくなると、「差別」が「人権侵害」を引き起こすことはあり得ます。しかし「差別」はあくまで「人権侵害」の誘発要因であって、「人権侵害」そのものにはなり得ません。
「差別」そのものによって侵害事実が生じることは無いのです。「差別」は原因であり「人権侵害」は結果なのです。但し、「差別」を原因としない「人権侵害」というものも存在します。児童虐待などはその例です。
つまり、「人権侵害」と「差別」は全く別のカテゴリーのものとして対処すべきなのです。その解決解消のためのアプローチもそれぞれ全然違うのです。
「人権侵害」は出来るだけ顕在化させて厳罰をもって規制することによって解決していくべきであり、逆に「差別」は異端化や特権化を解消していき、相互理解と相互交流を促して風化を図ることによって解決していくべきなのです。
もちろん「差別」が原因になって「人権侵害」まで引き起こした時には、両方のアプローチが必要になりますが、それでもその2つのアプローチは的確に使い分けられなくてはなりません。侵害事実を引き起こした「人権侵害」部分に対しては「人権侵害」用のアプローチを、原因となった「差別」部分に対しては「差別」用のアプローチでもって臨むべきなのです。
そのようなデリケートさが、推進派には全く窺えないのです。「不当な差別」も「人権侵害」も全く一緒くたにして、「人権擁護法案」という単一の法案で一括処理しようとしているのです。これでは「人権侵害」も「不当な差別」も、両方ともまともに解決できるはずがありません。やはり、個別法でこれらはきめ細かく対処するのが、「人権侵害」の解決のためにも、「不当な差別」の解決のためにも、最適な選択だと思います。
特に「差別」に関しては上述のように異端化や特権化を解消し、相互理解と相互交流を促すことが解決へのアプローチであるのに、この人権擁護法案のような強権的アプローチでは、逆に被差別者の異端化や特権化を推し進め、この法案によって圧迫される一般国民の側の持つ差別感情がますます内向化し、それにつれて隠微に過激化して、決定的に相互理解と相互交流の道を閉ざすのは間違いなく、最悪の選択だと断言してもいいでしょう。

また、推進派のよく主張する「不当な差別」の内容自体にも大いに問題があります。
推進派の言う「不当な差別」の定義は「人種等に基づくあらゆる区別、排除、制限、又は優先であって、平等な立場での人権を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有する行為」とされています。
しかし、世の中から「あらゆる区別、排除、制限、又は優先」が無くなるなどということはあり得ないことであり、世の中は、あらゆる区別や排除や制限、優先などによって成り立っているとも言えます。そういうものが文化を形作っているのです。
例えば「極端な区別、排除、制限、又は優先」を「不当な差別」とするのなら、まだ話は分かるのです。まぁそれでも何をもって「極端」とするのかという曖昧性は残るわけですが、それでもまだ常識の範囲内とは言えるでしょう。
しかし「あらゆる区別、排除、制限、又は優先」を「不当な差別」と定義して人権擁護法案による取締り対象とするというのは、これはもう立派な「文化破壊行為」であると言っていいでしょう。
「あらゆる区別、排除、制限、又は優先」を「不当な差別」と定義できるのなら、世の中のあらゆる行為は解釈の仕方によっては全て「不当な差別」とされてしまう恐れがあり、これは「人権侵害とは人権を侵害する行為である」という定義よりも、ある意味では更に甚だしい曖昧性を有する、最悪の定義だといえます。
そしてもちろん、このような曖昧な定義によって生じてくる無数の虚実織り交ぜた「不当な差別」なるものが全て「人権侵害」と定義されて人権擁護法案による取締り対象になるとしたならば、社会は大混乱することは確実であり、このような悪法は到底認めることは出来ません。よってこの定義は無効とすべきでしょう。
また、「平等な立場での人権を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有する行為」を「不当な差別」と定義することも到底容認できません。これも極めて曖昧性を有する定義だからです。
例えば「平等な立場での人権を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する行為」を「不当な差別」と定義するのならばまだ理解できます。それでもこれは単なる「差別」であり、「不当」とするためには、まだもう少し文言を追加する必要はあるでしょうが。
しかし、更にそれに加えて「目的又は効果を有する行為」までも「不当な差別」の範疇に含めるというのは、あまりにも適用範囲が広く、どのような行為であっても、どうにかこじつけて全て「不当な差別」と決め付けることが可能になります。よってこの定義もまた非常に曖昧性が大きく、社会に混乱を引き起こす恐れの強い、問題の大きい定義だといえるでしょう。よってこのような定義は無効とすべきでしょう。
そして、仮に百歩譲って、いや、千歩譲って、それらが全て正当な訴えであったとしても、これらのような曖昧性の甚だしい定義によっては千差万別の「不当な差別」や「人権侵害」が訴えられることになり、そういった多岐にわたる人権侵害を人権擁護法案のような単一の法案で処理することは不可能であり、そんな無理を強行すれば、きめ細かな対応が出来ずに、「人権侵害の救済」という本来の目的を達成できないということになります。
よって、「不当な差別」を「人種等に基づくあらゆる区別、排除、制限、又は優先であって、平等な立場での人権を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有する行為」とする定義は、人権擁護法案という単一の法案における定義としては無効であると断ぜざるを得ないのであります。

そうした「不当な差別」の定義の曖昧性や恣意性をいっそう確信させるのが、推進派の主張する「人種等」の定義です。
つまり「不当な差別」の定義としての「あらゆる区別、排除、制限、又は優先」が何に基づいてなされるのかについての定義が「人種等」です。これがある程度限定されていれば、「あらゆる区別、排除、制限、又は優先」の範囲も一定程度限定されて、まだこの定義自体がもう少しまともなものになるのですが、推進派の主張する「人種等」の定義はあまりにも多岐にわたっているために、その曖昧性は決定的になってしまいます。
推進派の言う「人種等」の定義は「人種、民族的若しくは国民的出身、皮膚の色、言語、国籍、在留資格、性別、妊娠、出産、婚姻上の地位、家族構成、信条、容姿等の身体的特徴、社会的身分、門地、職業、出身地、現在若しくは過去の居住地、所有する土地、障害、疾病、遺伝子情報、性的志向、性的自己認識又は公訴の提起若しくは有罪の宣告を受けた経歴」となっています。
これらに基づく「あらゆる区別、排除、制限、又は優先」が「不当な差別」となり、それが「人権侵害」となって人権擁護法案によって取り締まりを受けるとしたら、それこそ、ありとあらゆる言動が「人権侵害」として告発され得ることになります。
あまりにも、この「人種等」の定義は多岐にわたり広範囲すぎます。これはおそらく、人権擁護法案の数多くの推進勢力団体が、それぞれの団体の利権としている分野を全部ここに書き込んだために、このような異様に膨れ上がった定義になってしまったのでしょう。全く浅ましいの一言に尽きます。
それにしても、これだけ多岐にわたる項目の羅列に「人種等」という表題をつけて、冒頭に「人種、民族的若しくは国民的出身、皮膚の色、言語、国籍、在留資格」あたりをもってきているあたり、この人権擁護法案を推進している勢力の中で、どういう団体が主導的役割を果たしているのか、そしてこの法案が何を目的としているのか、どういう勢力にとって不都合な言動を「不当な差別」の名のもとに取り締まろうとしているのか、明白に窺い知ることが出来ます。
計らずも人権擁護法案の正体が見えた感じです。人権擁護法案は日本国内における反日的な外国人を特権化するための、他国からの侵略法案なのではないかという疑惑が湧いてくるのです。
それにしても、ここまで広範かつ多岐にわたる人権侵害事案を具体的に列挙できるのなら、それぞれの事案ごとにケースバイケースで個別法できめ細かく対応したほうが、よほど「人権侵害の救済」という本来の目的に適うのではないでしょうか。
ここまで多岐にわたる項目の人権侵害ならば、それぞれの事案ごとに状況は異なってくるはずであり、その対処も当然多岐にわたってくるはずです。それなのに「人権擁護法案」という単一の法律で一括して網をかけて扱うようなことをすれば、必ず運用上のトラブルが起きてくるのは明らかです。どうして「人権擁護法案」という単一の法案にこだわる必要があるのでしょうか。
真に人権侵害や差別を円滑に解消していこうとするのなら、個別法で対応するのが一番いいのです。
推進派の示す人権侵害事案のイメージが漠然としたものであるうちは個別法について検討することが出来なかったのですが、こうして具体的イメージが示されると、どのような個別法が必要であるのか構想していくことが可能になります。
ただ、誤って人権侵害と見なされている事案や虚偽の申告もあるかもしれませんし、既に現行法で対処済みのものもあるかもしれないので、この推進派の具体例をベースにして、更にこれを検証し、除くべきは除いて、本当に個別法での対処が必要な事案だけに絞って、それぞれの事案に対応する個別法の在り方を考えていくべきではないかと思います。
例えば大部分は現行法のちょっとした改正で対応出来るのではないかとも思いますし、ごく一部は新たに個別法の立法も必要なのかもしれません。
とにかく、推進派の主張する「不当な差別」の定義の明確化もまた、包括法としての人権擁護法案における「人権侵害」の定義としては不適切なものだといえるでしょうし、かえって個別法での対応が望ましいと自ら証明する結果となってしまうのです。


●第三部終わり 第四部「自由民権運動」につづく
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