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国民覚醒の兆候 第三部 鳥取激闘編 第4話    皇室典範改悪問題
1/15に鳥取駅前でのOFF会を久々に再開しました。
この日はまだ新ビラが出来ていませんでしたから、受任者募集がトップ項目になった従来ビラを使っての活動になりましたが、ビラ配りというよりはもうこの頃からは街頭署名集めがメインになっており、ビラの種類はこの際あまり関係ないようでした。
この日、保守お嬢さんがご近所から集めた分も含めて、署名の新規増加分は、なんと786名分となり、この時点での総署名数は2560名分となりました。
保守お嬢さんの働きもすごかったですが、県内での動きに明らかに弾みがついてきたのが分かりました。やはり懇話会の報道や、知事までも条例停止に言及したことが大きいのだと思います。

署名数はだいたい週末のOFF会の時に大きく増えましたが、平日も全国からそこそこの数がyosimasa氏の家に届くようになっていきました。これは県内の追い風が原因というよりは、スレ上で方針を明確化してから、やはり署名数の増加となって跳ね返ってきたように思われます。
まぁ、それでも全国からの分に比べれば、この時期はどちらかというと県内の署名数の増加のほうが激しかったようです。これはやはりOFF会で街頭で集められるという強みもありましたし、今までが県内分は少なすぎたというのもあります。

実はこの1/15の鳥取署名OFFには私は行っていなかったのです。現地での地道な地上戦は現地組に任せていきたいと思っていましたので、この日は鳥取には行かず、私は京都で行われた皇室典範関連のOFF会に参加していました。
現地の動きは現地組がやり、県外組は後方支援に回るというのが、本来あるべき姿だと思いますし、クリスマスに街宣を終えた時に、そういう形に移行しようと決めていましたから、その方針に沿って、私は現地には行かないようにしたのです。

なぜ皇室典範関連のOFF会に行ったのかというと、それはもちろん興味があったからです。
私は民権活動家(自称)ですから、そんなに皇室問題全般に詳しいわけではありません。いや、この日本で皇室問題全般に通じた専門家など、皇族の方々を除いては実際には存在しないでしょう。
そういった専門家を排除した形で「有識者」などと僭称して好き勝手なことを言っている態度がまず有識者会議なるものの不遜極まりないところで、そういうところが許せないのですが。
まぁとにかく私は伝統とかそういう難しい話は詳しくは分かりませんし、分かる部分もあるんですが、それはここで述べることでもないので、私がそもそも皇室典範の問題に興味を抱く理由を、話が少し横道に逸れてしまいますが、ここでは民権活動家のスタンスで述べさせていただきます。
私としては今の日本政府というものはもう反日白丁ファシズム勢力に乗っ取られてしまっているので、日本国民にとって有害な存在でしかなく、もうこれは倒すしかないと思っているのですが、そういう「権力」に対して無力な一般国民が立ち向かう場合、これは絶対的に不利なわけで、そういう場合「権威」を後ろ盾にしたいものなのです。
また、いざ日本政府を倒したからといって、その後も政治は必要なのですが、私達が直接政治の現場で働けるわけではありません。官僚のようなものは必要となります。結局は新たな政府を作らざるを得ないのですが、それをまとめていくのに「権威」が必要です。それにも皇室が一番いいのです。
幕末と同じことで、皇室というのは、民衆による世直し運動の際に旗印になるために存在してきたとも言えます。これは幕末だけではなく、日本史全体を通じてそういう傾向があります。
「権力からは超然として民衆と直接繋がる権威」としてこそ皇室は存在意義があるのだと思います。そういう意味では、明治維新以降の皇室の在り方そのものが、実はやや不自然なものなのかもしれません。特に第二次大戦後は、皇室が政治権力に従属するような形になり、そのワイドショー的気安さとは違い、真の意味で民衆から遠い存在になってしまったことは大問題でした。
これは皇室の在り方の問題というより、日本という国の在り方として大問題であり、その最大の被害者は皇室ではなく、むしろ国民であったということを自覚していない人が多いのではないでしょうか。
すなわち、皇室が真の意味でその機能を発揮することと、日本的な民主政治の実現とは表裏一体のものであり、その仕組みが壊れてしまっているところに、今の日本政府のような歪な白丁専制政権が幅をきかせる根拠となってしまっているのです。
その歪みが頂点に達した現われが今回の皇室典範改悪問題であり、これは白丁勢力の傀儡となった日本専制政府が、その権力を磐石のものとするために、国民が権力に反抗する際に「御輿」とする皇室の「権威」を貶めて無意味なものにしてしまおうとして仕掛けた謀略なのです。
何故なら、皇室の権威の源泉はその「血統」にあるからです。個人の資質の優劣だけで言えば、皇族の方々よりも優秀な日本人などいくらでもいます。
また、単に神武天皇の血を引いているということで言えば、とにかく二千年以上(私は二千六百年などという非科学的数字は信じません。これは個人的嗜好ですが)の歴史があるわけですから、全国民、もちろん私だって何がしかの神武天皇のDNAは受け継いでいるはずであり、だからこそ一家の長として皇室を敬愛する心というものを全国民が共有する日本独特の感性というものが存在するのです。
だから、1個の一族としての日本民族の宗家としての皇室の権威を保障するものは、単なる「神武天皇の子孫」ではなく、「神武天皇の男系のみで繋がってきた子孫」という稀少性でしかあり得ないのです。
男系継承の社会的意味とか、Y遺伝子の生物学的意味など、私はよく分かりませんし、それを分かったような顔をして喋っている識者というものが、本当にそれを分かっているとも到底思えません。それは、それらをしたり顔で否定している識者も同じことです。
ただ、それは本当に奇跡のような稀少性なのであり、そういうものを二千年も維持してきたその執念というか情念のような得体の知れないものこそ「伝統」というものの正体なのかもしれないと思います。
私は全くの平凡な一般人ですから、そんな得体の知れないものに好感も親和性も感じませんけど、「権威」などという、これまた得体の知れない代物には、こうした気持ち悪い「伝統」というものがお似合いなのかな、という気はします。
とにかく今は、国民に害悪をなすだけの日本政府とかいう白丁の傀儡政権を倒して、この政権による皇室支配を終わらせて、皇室を国民が必要に応じて利用できるような本来の形を取り戻して、その後は、皇室の権威からは遠く離れて平凡な生活を送りたいと思うばかりなのです。
あくまで「権威」ですから、国民が気軽に好感を抱いて馴れ馴れしくするようなものであってはいけないのだと思います。ただ、その権威は国民とは距離は遠くとも直接繋がるべきであって、間に政治権力が介在するなどもっての他なのです。
ましてや、皇室を押さえつけて思い通りにしようなどという今回の皇室典範改悪の動き、ひいてはそれを可能としてしまっている「戦後天皇制」なるものには、国民は断固反対しなければいけないのです。
それは、「皇室を守るため」などという小さな目標のためではなく、「日本の真の意味での民主政治を守るため」の戦いの第一歩となるものなのです。これが民権活動家としての私の皇室論です。

結局、この皇室典範騒動は、この後大きく盛り上がろうとした矢先に2/7に秋篠宮紀子様の御懐妊が発表されたため、一旦水入りとなりましたが、保守運動家の方々は胸を撫で下ろされているようですが、私は高尚な保守運動家ではなく、下品な民権活動家に過ぎませんから、非常に残念に思っております。
この騒動がとことんまで大きくなれば、それが日本の本来あるべき民主政治の確立、および白丁傀儡政権打倒の第一歩となったかもしれないと思うと、この水入りは残念と言うしかありません。ただ、これは自然の成り行きでありますので、全く仕方ないことではありますし、紀子様には是非ともご無事に健康なお子様をご出産していただきたいと心よりお祈り申し上げます。
いずれにしても、この問題はまた再燃することは必至であり、現在の皇室の在り方に根本的に問題がある以上、このままでいいという訳はないのであって、逆に再燃してもらわないと困るのです。
是非とも、この問題を再燃させて、その際には、政府による皇室支配に終止符を打ち、国民の手に皇室を取り戻さなければならないと思っております。

以上、少し横道に逸れてしまいましたが、私の皇室論でした。しかしこれは皇室論であるのと同時に、この「国民覚醒の兆候」シリーズの主題である「国民の政治参加」へ至る重要なアプローチでもあるので、大きく紙幅を割くことといたしました。

また、前年12月から年明けを経て2月上旬まで、とにかく皇室典範問題が大騒ぎとなったために、今まで鳥取スレをROMっていたような人の多くが皇室典範関連スレのほうに流れてしまい、それによって鳥取スレが過疎ってしまうというような事態もあり、カンパや署名の伸びが予想より下回ってしまった時期もあったので、実際にはなかなか困ったものはあったのですが、署名追い込みの時期にはちょうど皇室典範問題が沈静化しつつあったので助かりました。
まぁ、こちらとしても、この時期に皇室典範関係の集会やデモ、1/29の西宮集会や2/12の大阪デモ、2/19の稲田朋美講演会などに多くの保守系の人達が集まったので、それに便乗して署名集めをやらせてもらったりして、署名数を稼ぐことが出来ましたので、助かった部分もありました。
私はこういう時は鳥取現地組とは別行動で大阪スレメンバーと一緒に署名を集めて回ることにしました。別々に行動したほうがより効率的だと判断したのです。
この時期はとにかく、現地での盛り上げなどよりも、なんでもいいから1つでも多くの署名を集めることを優先して考えていました。

さて、話を1/15に戻しまして、夜には京都から宝塚に帰宅しまして、PCを開いて鳥取スレでの新ビラ製作作業に加わりました。といっても、私は原稿案は既に11日の深夜には出してましたので、あとは校正ばかりしていたのであって、実際作業は相変わらず髑髏氏などがやっていたのですが、とうとう深夜には県内用、全国用ともに原版が出来上がりました。
これを1/16から印刷して、県内用ビラは1/22から街頭配布することにしました。また、1/21、1/22は鳥取市中心部、1/22、1/24は米子市中心部でそれぞれ新聞折込も実施しました。
一方、全国用ビラのほうは1/20からイラネ氏のほうで全国ポスティンガーに対しての発送受付を開始しました。
こうして、懇話会以降の方針転換をふまえて、大々的に署名を集めるための新ビラが流通し始めたのです。
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