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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第14話    人権侵害の定義
推進派がしばしば主張する人権擁護法案の修正案にある「人権侵害」のほうの定義は、「不当な差別、虐待その他の人権を侵害する行為」とされています。
このうち「人権を侵害する行為」はそもそも上述のように「人権」の定義が無効ですから、これもまた無効ということになります。しかし、こんなことは実際は推進派にとってはどうでもいいことなのでしょう。何故なら、推進派にとって重要なのは「不当な差別、虐待」を「人権侵害」と定義することのほうだからです。
まぁこのうち「虐待」はともかく、「不当な差別」については、推進派はやたらと詳しく具体例を列挙します。それにひきかえ、「人権を侵害する行為」については、上述のように「人権」の定義を憲法や国際人権条約を引き合いに出して少し説明するだけです。推進派にとっての重要度が「人権を侵害する行為」よりも「不当な差別」のほうにあるのが明らかなのです。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第13話    人権の定義
これで、推進派の人権擁護法案制定の根拠も無くなったのですが、それでもなんとしてでもこの法案を成立させたい推進派は自ら法案の内容を修正してくる可能性もあります。
修正しておいて反対派に何らかの取引を持ちかけるという政治的寝技です。推進派、特にその中でも創価学会などはこういうことを得意技としており、日本の保守派というものは何故かこのミエミエの手に簡単に乗ってしまうことが多いのです。
しかし、こういう取引はほぼ間違いなく悪質な罠です。推進派は譲歩したように見せて、その実は全く譲歩していないのです。人権擁護法案においてもそれは同じです。
国籍条項やメディア規制条項の部分での譲歩がその典型的な例ですが、それだけではさすがに反対派を騙せないと判断して、もっと一見大胆な譲歩をしてくる可能性もあります。
それは人権擁護法案の主要問題点である「曖昧性」に関するものであり、人権や人権侵害、差別などの定義を具体的に示そうとしてくる姿勢を見せてくることです。しかし、これはとんでもないインチキなのです。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第12話    国際的責任、政治責任
次に「国際的責任」、すなわち国連勧告ですが、国連勧告などに唯々諾々と従う国は世界でもそうそうありません。国連勧告などに大した権威は無いのです。
そんなに日本を国連勧告に従わせたければ国連が日本を経済制裁でもすればいいのです。国連分担金を20%弱負担し世界経済の要の1つである日本に経済制裁する力など、国連にはありません。国連なんてそんな程度のものです。
私が言いたいのは、外交はパワーゲームであり、国連といえどもそうしたパワーゲームの場の1つに過ぎないということです。他の国はみんなそのように考え、振舞っています。日本もそのようであるべきだということです。国連なんか適当に都合のいい部分だけ利用すればいいのです。そして都合の悪い部分は無視すればいいのです。だからこんな勧告は内容次第では無視すればいいということです。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第11話    政府責任
しかし、ここまで人権擁護法案の問題点、推進派の主張の矛盾が明らかになっても、それでも推進派は人権擁護法案の制定には根拠があると主張してきます。
特に彼らは「政府責任」「国際的責任」「政治責任」という「人権擁護法案制定への3つの責任」というものがあると、しばしば主張します。
これはつまり、それぞれ「政府の人権擁護推進審議会の答申」、「国連勧告」、「02年法案提出時の国会審議における与野党合意」の3つの事実がこの法案の制定の根拠となるのだという主張です。
まぁ、ここまで述べたようにこの法案が問題点だらけである以上、今さら「3つの責任」とか言われてもまともに取り合う必要も無いのですが、ゴチャゴチャ言われても小煩いので、この3つの責任についても検証してみたいと思います。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第10話    やはり廃案が適当
次に「この法案はそもそも憲法違反である」という問題点については、これは違憲部分を改めていくしかないのですが、これについては、展転社の『危ない!人権擁護法案』に百地章教授の詳細な論考がありますから、そちらを参考にしていただきたく思います。

次に「この法案はそもそも不必要であって税金の無駄遣いである」という問題点の解消方法は、まず完全廃案が一番いいのですが、どうしても対案を作るとなれば、出来るだけお金のかからない制度にすることが必要です。
具体的には、人権委員会やその事務局、人権擁護委員の新設や増員や仕事量の増加、その他、地方人権委員会その他の変な地方組織など、とにかく無駄なものは設置せず、現行の司法制度の効率的運用を図り、逆に無駄を省き出費を減らすくらいの気概をもって対案を作ることが必要です。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第9話    問題点解消のアウトライン
さて、以上色々と述べてきましたが、だいたいこの法案の問題点を箇条書きすると、以下のような13項目になるでしょう。

・人権委員会の独立性が強く、暴走に対する歯止めが無い
・人権侵害の定義が曖昧で、恣意的解釈がなされる可能性がある
・人権委員会や人権擁護委員の権限が強すぎ、新たな人権侵害を引き起こしかねない
・人権委員や人権擁護委員の選任過程が不透明で人選に偏向が生じるのではないか
・人権委員や人権擁護委員の資格や協力団体に偏りがあり公平性に欠ける
・人権擁護委員に国籍条項が無く、国益を損なう恐れがある
・メディア規制条項があるため、報道の自由を損なう可能性がある
・この法案はそもそも憲法違反である
・この法案はそもそも不必要であって税金の無駄遣いである
・そもそも人権という概念は暴走の危険性があり、法案の制定は慎重でなければならない
・日本社会の人権感覚や人権運動自体に歪みがあるので、きっとこの法案は悪用される
・この法案を推進している勢力が、逆差別事案や行政教育現場の混乱を引き起こしている
・この法案は結局、役人や政治家、その他怪しげな人権活動家の利権にしかならない

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第8話    人権感覚の歪み
そして、この法案の同じく最大級の問題点である「強権性」に至っては、全く根拠というものが存在しないうえに、その起源すら定かではなく、何時の間にか「強制力が無ければ差別は無くならない」という言説が何の根拠も裏づけもなく罷り通るようになっていたのです。
だいたい、この法案の根拠となり得るものとしては1996年の意見具申と1998年の国連勧告があるくらいですが、この双方とも、この法案にあるような人権委員会の強制力を伴った強大な権限などは求めてはいません。
そもそもこの法案において人権侵害の定義が不明である以上、取り締まり対象者に事前に人権侵害行為の自覚は生じないのであって、そうであるならば強制力による抑止効果など期待できないのであり、この「曖昧性」が解消しない限りは、こんな「強制力が無ければ差別は無くならない」などという無根拠の言説は本来はまともに相手にする必要もないのですが、これは部落差別に限っては、実際に強制力によって差別解消のある程度の実績を上げてきたという説があり、それが妙な説得力というものがあり、それが多少無視できない言説となっているのであります。
そこで、実際に強制が同和差別解消に有効であるのかどうかについて考察してみることにします。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第7話    6大問題点
さて、少し話が脱線してしまいましたが、ここで改めてこの法案の問題点を整理しますと、そもそも、この法案の最も主要な問題点は、便宜上タイトルをつけると「独立性」「曖昧性」「強権性」の3点となります。
「独立性」とは、人権委員会に対する抑止力が無く暴走の危険性があることです。
「曖昧性」とは、人権侵害の定義が曖昧で、どんなことでも人権侵害とされてしまう危険性があることです。
「強権性」とは、人権委員会の権限が強大で、強制力を伴っているため、濫用された場合に新たな人権侵害が生じる危険性があることです。また、あまりに強制力が強いために、告発だけでも被告発者にダメージを与えるため、実質的に人権委員以上にその下位にある人権擁護委員に強大な権限を与えるという危険性もあります。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第6話    マスコミの悪意
ただ、マスコミが人権擁護法案に対する消極的な支持表明をしていることについて、それは無知や無関心に起因するのだという好意的解釈もありますが、一方ではもっと悪意的解釈もあり、そもそもマスコミは国民に害意があって人権擁護法案に賛成したのではないかという疑惑もあります。
つまり、マスコミが今後も言論表現の自由を独占して恣意的な捏造報道で国民の情報を統制し続けるためには、メディアのみは規制対象から外した形での人権擁護法案を成立させるのが最も望ましいという計算があったのではないかという疑惑です。
国民が変に知恵をつけて情報を発信したり、マスコミを批判したりするのはマスコミにとっては不都合なことなので、人権委員会とマスコミとが結託して国民を愚民のまま管理していこうというのが人権擁護法案の目的なのではないかというわけです。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第5話    メディア規制条項
つまり、この「国籍条項の設置」という無意味な提案は、法案推進側が「我々はこれだけ譲歩したのだから、反対派も譲歩して法案成立を了承しろ」と妥協を持ちかけているのです。しかし、こんな国籍条項などには説明したように実質的にはほとんど意味はありませんから、こんな安っぽい妥協案には絶対に乗ってはいけません。あまりにも見え透いたワナだと言っていいでしょう。
だいたい、この第三部の冒頭でも述べたように、この法案自体の必要性もほとんど無いのですから、妥協案もへったくれもなく、粛々と廃案にすればいいのです。一切の取引に応じる必要などありません。
もう一つ、推進派がこの「国籍条項」の取引を持ちかけてきた理由は、「国籍」という争点をクローズアップすることによって、この法案に反対している者を単なる「偏狭な国籍差別主義者」に仕立て上げて、その影響力を減少させようとしているという事情があります。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第4話    人権擁護委員
このように人権委員会には様々な問題点があるのですが、しかしこの人権委員会などはまだ可愛いものなのです。それ以上に問題点の多いのが、人権委員会が各地方の人権侵害の相談や調査、情報収集を委託する全国で2万人にも及ぶ民間の人権擁護委員というものです。
人権擁護委員は市町村長が推薦するのですが、人権擁護法案の規定によれば、弁護士会などの意見を聞いた上で、「弁護士会や人権擁護を目的とする団体の構成員」の中から選ばれなければならないということになっています。
これでは、地域住民の代表である市町村長が選ぶように見せかけて、実際には弁護士会や人権団体などが人権擁護委員を選定しているようなものであり、非常に不透明な選定方法となっています。
だいたい、全国で2万人にも及ぶ巨大組織の構成員になる資格が「弁護士会や人権擁護を目的とする団体の構成員」というように制限されているのは、憲法に定められた「法の下の平等」の原則に違反している可能性も高く、非常に問題です。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第3話    人権委員会
人権擁護法案が韓国における親日反民族行為真相究明特別法のように恣意的な拡大解釈による暴走が懸念される根拠としては、まず第一にこの法案においては「人権」というものの定義がなされていないことがあります。
それも無理のないことで、上記のように「人権」とは元来定義不可能な概念だからです。法務省答弁によれば「人権の定義は人間に備わった権利として一定であり明らかである」となっていますが、これでは「人権は人権である」と定義しているに等しく、何も定義していないに等しいでしょう。
一方で法務省の担当者は「人権は人権という言葉を使わずに定義することが難しい。中身自体が拡大していく概念だ」と説明し、その定義は人権委員会の良識に委ねられることになると認めています。こちらのほうが正直な見解というべきでしょう。人権の定義は「一定」であったり「明らか」であったことなど一度としてないのです。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第2話    人権は絶対善か
このように本来は緩やかな救済型の法律であるべき人権擁護法案が過激な懲罰型の法律となってしまっている原因としては、この法案の基本コンセプトの底流に極端な「善悪二元論」が伏在しているという事情があるでしょう。
極端な善悪二元論が成立するためには、「絶対善」とそれに対応する「絶対悪」とが存在しなければいけません。「絶対善」とは、説明不必要かつ不可能なくらい無前提に善なるものであり、場所や時代によって「絶対善」の種類も千差万別です。一種の「魔語」ともいえるものであり、例えば戦後日本では長らく「平和」という言葉が「絶対善」でしたが、最近では魔力も薄れてきたようで、殊更に「平和、平和」と言う者は胡散臭い者のように見られがちです。

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国民覚醒の兆候 第三部 人権擁護法案 第1話    抗癌剤
さて、人権擁護法案とは、いったいどんな内容のものなのか、どういう問題点があるのか、どういう意味を秘めたものなのか、反対運動の詳細について述べる前に、まずはそれについて触れていかなければいけないでしょう。
まず、そもそもこの法の制定の必要性に疑問があります。現在日本において、このような厳しい処置を盛り込んだ法律を必要とするほど深刻な人権侵害の事例が生じているのか甚だ疑問です。世界各国と比較しても日本は差別や人権侵害の度合いが激しいほうであるとはとても思えません。
確かに幾らかの差別や人権侵害の事例は生じており係争事項とはなっていますが、現時点においては司法の場で充分に処理がなされているように思えます。どうしてわざわざ新しい法律によって新しい強制力を有した組織を作って人権侵害に対処する必要性があるのか明確な説明がなされていません。

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お知らせ
本ブログで連載していた「国民覚醒の兆候」ですが、現在大幅加筆の上で改訂中でして、やっと冒頭部分が形になったので順次UPしていきます。
まだまだ作業途中ですが、出来るだけ早く完成させるべく努力中ですのでご容赦ください。

なお、今まで掲載していた分は一旦削除いたしますが、お読みになりたい方は国民覚醒の兆候にてまとめてありますのでご参照ください。

なお、私の過去の作成文書については、KNブログ05年版旧KNブログなどを参照してください。